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伝統の行進

2学期が始まって文化祭の準備に追われる毎日になった。いろいろな文化部に首を突っ込んでいたせいもあって、クラスの出し物の「焼きそば屋台」のほかに、軽音楽部、鉄道研究部、茶道部、山岳部、美術部、それに文化祭実行委員会主催の校内ラジオ、生徒個人の研究をアリーナで発表する学芸発表会、学校主催の学校説明会、その他もろもろの手伝いをしていた。文化祭当日はあちこちに走り回ることもあって、タイムスケジュールをしてもらう後輩くんをひとりマネージャーにしていた。

 文化祭は盛大に3日間開催された。その初日、いつもより早い5時35分の電車に揺られて、それでも学校に着いたのは7時15分だった。2年目なので勝手もわかっていたはずだけれど、やはりいつもとは違う校舎の装飾と、もうすでに忙しく準備をしている生徒たちを見ると僕もわずかにソワソワと湧き上がるものがあった。マネージャーにした後輩くんは伏見俊介という男子だった。俊介は野球部で、つまり僕がいつもお邪魔していたような校舎にいる部活でもない。かといって文化祭の委員でも、生徒会でも、学芸会のスタッフでもないから、どこで出会ったのかはもはやわからない。そんな細かいことは何でもいいくらいに親しい後輩だった。

約束していたわけではないが、俊介は僕のタイムスケジュールを本当に管理していてくれたみたいで、僕が最初にクラスの屋台の下準備に行くことを見越してキッチンルームの前に待っていた。キッチンに来るかもしれないと思ってはいたものの、まさか先に来て待っているとは想定外で朝から大きな声が出た。

「え?俊介!なんで待ってんの?」

「チトセさん、どこに集合か教えてくれないですもん。もう迎えに来るしかないじゃないですか」

「至れり尽くせり、いいマネージャーだよ」

「ホント、荒く使わないでくださいね」

「そんな僕を想像できるか?」

「したいと思ってもできなそうですね」

俊介は素直なやつで、先輩への少しの良い嘘を言うことを必要としないほどそのままで話せば可愛がられるやつだった。

「自分のクラスは何するの?」

「なんか、ジューススタンドやってますよ」

「その手伝いは?」

「部屋の装飾とか、メニューのデザインとか、準備の手伝いをやりまくったので、本番は免除ですよ」

「そう、でも本番免除なんてことあるんだ」

「チトセさんがマネージャーしろって言うからですよ」

「え?僕が頼んだからなの?よくクラスのやつらはOKだしたな」

「ホントですよ。言い出すのビビりました」

「なんでOKなの?俊介ってクラスに友達いる?」

「失礼なこと言わないでよ。OKもらえるように事前準備に全力出したんですから」

「お前、いいやつだな」

俊介が僕の肩に無言で拳をあてた。


 せわしなく動き続けた2日目の夕方、ホールでは軽音部中心の中夜際ライブがスタートした。オープニングアクトを毎年、先生たちで構成されたブルースバンド「ロックおやじ」が飾ることになっていた。ドラムの有田先生は英語の、ギターの玉川先生は日本史の先生で軽音部の顧問、ベースの森垣先生は公民、ギターボーカルの渋川先生は国語の先生だ。玉川先生こと「マナブくん」と、渋川先生こと「おやじ」は1年生の時に僕も授業で教わっていた。軽音部に用もなく顔を出していたり、中夜際・後夜祭の委員会の担当教員が「おやじ」だったりと何か縁がつながって、僕はクタクタになった2日目の最後、中夜祭の照明係を任せられていた。

「タイミングよくたのむぞぉ、チトセ」

「おやじ、僕でいいんですか?もっと慣れた人いるでしょう」

「がはは、慣れたやつはいるけど残念ながら今年は出演者だ。今頃ドキドキで震えてるさ」

「軽音部の先輩に任せれば良かったんじゃないですか?」

「なに、チトセに任せればあと5年安泰だからな、がはは」

ちなみに、僕は高校2年・3年では出演者側になったので、この目論見は外れている。

「おやじは5年後も中夜祭出てよね」

「定年までやるさ」

そう言い残して、ステージへ出て行った。機材のセットを終えて緞帳の後ろ姿を睨むと、おやじは大きく息を吐いて両手を振った。緊張してるんだ。毎年演奏しても、毎日40人の前で授業をしていても、ライブは緊張しているんだ。マナブくんと目が合った。含んだ笑顔を隠すようにして小さく跳ねていた。マナブくんは楽しんでいそうだ。

「時間です!あげます!」

俊介が気付いたら、緞帳を上げる係になっていた。後で聞いたが、なぜその係になったかはよくわからないらしい。手元の照明のコントロールパネルを一通り確認して、ホール全体の照明を落とした。生徒の絶叫がひとしきり響いてから、俊介は緞帳を上げた。僕は、ブルースのオープニングに似合う青のライトを客席に向けて照らした。おやじが生徒、改めオーディエンスを両手で煽った。楽器はまだ一音も鳴っていないがホールは熱で満ちていた。森垣先生の目の前、最前に文子が見えた。ああ見えて音楽イベントは好きなので、最前列にクラスメイトといるのも納得だった。有田先生のカウントののち、マナブくんのギターが啼いた。電飾を白と赤に変えてゆっくりと動かした。

「初めてですか?チトセさん」

俊介が叫んだ。僕はステージを見たまま頷いた。

「なんかとってもそれっぽいです!」

俊介は拳を上げてマナブくんのギターに応えていた。余裕などなく、僕は「ロックおやじ」の音楽に最高の装飾を捧げようと奮迅した。すべての曲が終わったとき、メンバーに入った心地でいた。

そう、だから僕は出演者になったのだと思う。


3日目、やはり5時35分の電車に乗った。日曜日開催の最終日は保護者、受験生の小学生や中学生、他校の生徒が最も集まる最繁忙の一日だ。学校につくと茶道部に行った。大量のお客さんに抹茶を立ててお菓子をふるまうらしく、その在庫を茶道室まで運ぶ手伝いをした。学校の冷蔵室は1階の教室棟の外、茶道室は購買や図書館のある本館の5階だったので、対角線に当たるところだった。搬入を1往復終えたところで俊介が来たので巻き添えにした。

「チトセさん、朝からきついですよ」

「野球部がそれでいいの?」

「まだ、これから強くなるところですよ」

ヘラヘラしている声だが、決意は籠っていた。

「期待しとくよ。一年生大会あるんでしょ?いつ?」

「11月。秋季大会のあとですね」

秋季大会は新チームで初めての大会、一年生大会はその名の通り野球部の一年生だけで作ったチームで挑む大会らしい。

「出るの?」

「秋季?」

「一年生大会。」

俊介が一つ自慢げな顔になった。

「出ますよ。ちなみに秋季も」

「一年で背番号もらったの?」

「はい、こう見えてやるやつなんですよ」

「レギュラー?」

「いや、ベンチ」

「そっか」

「一年生大会は1桁もらえると思います」

自信があるようだが、その声には不安も混じっていた。

「文子と見に行くよ」

なるべく、それが当たり前だと聞こえるように言った。

「一年生大会?」

「両方」

それでちょうど茶道室に着いた。俊介は満面の笑顔になった。

「いいデートになるようにがんばりますよ」

「余計なお世話だよ」

「井坂先輩、来てくれますかね」

「文子は来てくれるよ、僕のことは全部お見通しだから」

空になった手のひらに、まだお菓子の重さの余韻があった。次の荷物を取りにまた階段へ向かった。

「そうですね。井坂先輩なら、チトセさんについて来てくれそうですね」

「俊介に分かるのか?」

小走りになった俊介が僕を抜いていった。

「まあ、何となくわかりますよ」

明るいその一言が、僕の耳にはむず痒かった。


 放送ブースで校内ラジオに出演し何でもない話を高2の先輩として校内に垂れ流した。美術部の副部長が校内ラジオの責任者だったらしく、なんやかんやあって、台本を差し込む係からその場で出演者に決まった。時間いっぱいになった頃に、関わっている部活動5つと、学芸発表会、学校主催の受験生に向けた学校説明会の宣伝をして、忘れているものはないかと俊介に目くばせをした。俊介はOKサインを作ってうなずいていた。

「あと、ついでですけど、中1がジューススタンドを南館3階でやってますので、ぜひ飲みに行ってあげてください」

俊介は驚いていたが、すぐに手を合わせて「ありがとうございます」と口だけ動かした。後日、クラスの面々に「焼きそば屋台」の宣伝をしなかったことを冗談半分で叱られた。


 ラジオの後は、学校説明会の会場になっている視聴覚室に急いだ。入口に立って説明会に参加する親御さんに資料一式の入った封筒を手渡しする係だった。

「なんで僕なんです?」

学校の広報部長をしている、豊川先生にたずねた。豊川先生は中1の時の数学の先生だった。そして、なんだかんだ高校3年まで職員室に数学を聞きに行くときは豊川先生のもとへ行くようになっていた。その頃は教頭先生になっていた。

「おまえ、外づらと愛嬌だけは冴えてるからな」

「ひどいこと言ってますね」

「褒めちぎってるだろ」

「そうは聞こえませんね」

「それは捻くれすぎだぞ。ほら、親御さんいらしたぞ」

「あ、いらっしゃいませ。こちら資料一式でございます。席は自由となっておりますので、お座りなってお待ちください」

親御さんは、笑顔で丁寧にありがとう、と言って部屋に入っていった。受験生なのであろう小学生はお辞儀してから母親についていった。

「ほら、外づらと愛嬌は最高じゃないか」

豊川先生はにやにやしている。

「それは、どうも。僕の武器ってことにしておきますよ」

ちょっと膨れながら僕は豊川先生の丸いお腹をつついた。それからは途切れなく説明会の会場に親御さんが訪れた。この中に、将来の後輩がいるのかと思うと嬉しくなった。

「説明会、僕がしゃべりましょうか」

豊川先生におふざけで言ってみた。

「僕ほどこの学校を使い倒して楽しんでいる生徒いないでしょ」

「だめだね」

豊川先生は考える間もなく言った。

「なんで?」

豊川先生は僕の肩に手を置いて、すこし膝を落とした。

「おまえじゃ参考にならないよ。特殊すぎる。説明会は学校の良さと平均値を見せないと。それが分かった頃、そうだな、お前が高1くらいになったら頼むことにするよ」

その時は何が言いたいかよくわからなかった。けれど、その言葉はとても喜んでいいものなんだと直感した。

「わかったよ。高1になったらね」

これはこの後、そのまんま実現することになる。豊川先生は教頭になっていて、「チトセしかいないですよ」と職員会議で言ってくれたらしい。本人から卒業式の後で聞いたから、多分本当だ。


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