読むという祈り フィエナのことば
目を覚ました詩音は、藁の上に横たわっていた。薄暗い天井、薬草の匂い。異国のような、けれどどこか懐かしい気配に包まれていた。
「起きたかい」
声の主は白髪混じりの年老いた女性だった。表情は優しく、どこか慎ましく、しかしその目は鋭い洞察力をたたえていた。
「あんた、倒れておったんだよ。名前は?」
「…………………」
「しゃべれないのかい…」
混乱と動揺と恐れで言葉などでてくるわけなかった。
それが、詩音とこの世界での“最初の人”との出会いだった。
老女はフィエナと名乗った。村の外れにひっそりと住み、薬草で生計を立てている。
フィエナは詩音を看病しながら、少しずつこの世界のことを教えてくれた。食べ物のこと、水の大切さ、火の起こし方、
最初の頃は言葉がでてこなかった。
話せても前と同じように、ハイとかいいえぐらい。それでもフィエナはなにも言わずいつも、ずっと詩音に話しかけていた。
そのうち、少しずつ言葉が出るように。
誰にも否定されず、誰にも笑われない、馬鹿にされない、厭きられない、誰からも中傷されない。
それが彼女の言葉に対する壁を少しずつ溶かしていった。
詩音はふと、自分のノートを開いた。
「私……ここにはわたしが好きな言葉文章が書いてあるんです。この言葉達から励まされたり、力をもらってきました。これだけが私と一緒にここにきたのはなんでなんでしょ…」
詩音はすらすらと話してる自分に気がついた。
あれ?私こんなに話せるんだ…
不思議だった
彼女はページをめくり、静かに一文を読み上げた。
> “人は苦悩の中においても、 美と意味を見出す力を持っている。”
(ヴィクトール・フランクル『夜と霧』)
フィエナは驚いたように詩音を見つめた。
「……あんたの声には力があるね。言葉が生き生きしてた。踊るようだったよ。私にはみえるよ。響いて、まるでゆれるようだったよ」
詩音は戸惑いながらも、ノートの別のページをめくる。フィエナは目を細めて、うなずくように言った。
「言葉にそんな風に心を込められる子は、もう長く見なかったよ。あんた、大切にしてるんだね。言葉を。心を」
その瞬間、詩音の目に涙が浮かんだ。
「……私……誰にも言われたことなかった。そんな風に、言葉を大切にしてるって、褒められたこと……なかった……」
抑えきれず、詩音は泣き崩れた。乾いた心がなにかで満たされていく気がした。やっと自分の言葉が認められた…それがただただうれしかった。
フィエナは何も言わず、そっと詩音の背を撫でた。
そしてフィエナはこの世界において「言葉」が持つ力の変遷について詩音に教えてくれた。
「昔、この世界には“言葉の精霊”と呼ばれる存在がいたんだよ。善き言葉、美しい言葉、人を励ます言葉を使う者には、その精霊がそっと力を貸してくれた。だがな……今ではそんなこと誰も信じなくなってしまった」
詩音はフィエナのもとで暮らすことになる。




