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駅で
「邪魔なんだよ、どけよ!」
突然、後ろからぶつかってきた中年男性の怒声。
「あ、すみません……」
と精一杯心の中で返す…
詩音は慌てて頭を下げる。心がざわめく。思わず小さく呟くように、また唱える。
“……それでも、人生にイエスと言う……”
それは、誰に向けたわけでもない。ただ、自分の心を守るための呪文だった。
だが次の瞬間、別の通勤客が肩をぶつけてきた。
「チッ……何考えてんだか」
その衝撃で、手からノートが滑り落ちた。足元でひらりと舞い、線路に向かって落ちていく。
「あ……!」
詩音は反射的に手を伸ばした。ホームの縁ぎりぎりまで身を乗り出した瞬間、足元が滑った。
重力が彼女を引きずり、視界が傾いた。
耳に、駅の警笛が響く。
薄れていく意識の中、詩音は思った。
――せめて、言葉に救われたこの想いが、誰かに届きますように。
風がホームに吹いた。線路に落ちたノートのページが一枚、空に舞い上がる。
そこには、詩音が一番好きだった言葉が記されていた。
> “心が自然と再び通いあうとき、 わたしたちは言葉の中に、世界を築いていく。”
(ワーズワース『ティンターン寺院』より)




