シオンの生きる意味
夜の野営地。
焚き火の火が小さく揺れている。
リゼルは少し離れた場所で眠っていた。
アルヴェンは、向かいに座るシオンを見つめる。
「……話がある」
静かな声だった。
シオンは、少しだけ肩を強張らせる。
「何?」
「お前の力だ…どうなっている…」
沈黙。
焚き火の薪が、ぱち、と弾ける。
「あれは……もう…」
一瞬アルヴェンの言葉が途切れた。
「なに?」
シオンが促すようにアルヴェンに聞いた。
「あれは…武器だ…」
シオンの指先が、ぎゅっと握られた。
(武器?武器って…)
「リゼルが怖がっている…」
アルヴェンの声は低い。
「お前の言葉は、前と違う。前は、誰かが幸せになればいいって、祈るみたいな言葉だった…」
シオンの視線が揺れる。
「今は違う。相手を倒すための言葉だ…」
沈黙。
そして。
「……それが何?」
顔を上げたシオンの目に、わずかな苛立ちが宿る。
「私は、リゼルを守る」
はっきりと。
「アルヴェンみたいに剣は使えない。だから、私は言葉で守る。あなたは剣で、私は言葉で…」
焚き火の光が、彼女の瞳を赤く染める。
「今の私の役目は、それ」
アルヴェンは何も言わない。
シオンの呼吸が少し荒くなる。
「そうして、この世界を、邪悪な言葉の力から守る…力で守る…そうしないと…」
声が強くなる。
「そうしないと、意味がない」
「意味?」
「私は……前の世界で死んでるはずなんだよ!」
その言葉に、アルヴェンの目が揺れる。
「ここで生きてる。ここにきた!だったら、何か意味があるはずでしょ?」
焚き火が大きく揺れる。
「なんでもいい。役目でも、使命でも、代償でも」
声が震え始める。
「誰かが……私を必要としてくれるなら…ここに来て初めて、優しい言葉かけてもらった…優しい言葉に触れた…私は話せた…この世界の人を…守りたい…私のように傷ついてほしくない!」
沈黙。
前の世界でのひどい毎日…
誰も私の言葉を必要としてくれない。
汚い言葉を投げつけられ、優しさなんてなかった。
彼女は思い出していた。
そして、堰を切ったように言葉が溢れ出す。
「私は、ちゃんと使おうとしただけ…」
アルヴェンは動かない。
「言葉を。相手に分かるように。間違って伝わらないように。正確に。誤解なく…」
声が次第に熱を帯びる。
「それがいいことだって思ったから!パパも!ママも!そうしなさいって!」
拳を握りしめる。
「でも、そんなの必要なかった!」
感情が噴き上がる。
「結局、私は言葉で傷つけられた!言葉の暴力で!」
焚き火の火が揺らぐ。
「でもそれは、血が出るわけじゃない。骨が折れるわけでもない。命がなくなるわけでもない」
息が乱れる。
「だからみんな、平気で振るった!」
目が潤む。
「でも本当は、心から血を流してたのに!傷ついてたのに!」
声が割れる。
「目に見えないから、誰も気にしなかった!」
焚き火の火が、強くはぜる。
「この世界も同じじゃない!」
叫びに近い。
「邪悪な言葉は、人を傷つけてる!殺してる!」
涙がこぼれる。
「私は前の世界で弱くて、傷つけられてばかりだった!」
息が詰まる。
「この世界でも、それを放っておいたら、また私みたいなのが生まれる!私もまたそうなる!」
「それなら――」
シオン立ち上がっていた。
「この力があるなら、使う!」
「言葉の暴力をなくさないと、私はここにいる意味がない!この世界から言葉の暴力を消してやる!」
胸を押さえる。
「私は死んでる!」
涙が止まらない。
「でも生きてる!」
震える声。
「生きていく!」
そして。
「だったら――
この力で、邪悪な言葉を排除する!」
荒い呼吸。
シオンは肩で息をしていた。
肩が大きく上下していた。
「だから…だから…私は…もう…誰にも…傷つけ…」
呼吸がおかしくなっていた。目が血走ってきた。それでも彼女は。
「傷つけ…られる…くらいなら…言葉で…たたか…う…」
シオンがゆっくりと倒れた。
「シオン!」
静寂。
焚き火の音だけが響く。
アルヴェンは、ゆっくりと目を閉じた。
そこにいるのは、
守りたいと願う少女。
だが同時に――
自分の存在証明のために戦おうとする、危うい魂。
夜風が吹き抜ける。
アルヴェンはようやく口を開く。
「……この世界で生きていい意味…それは力で証明するものじゃない…その力はそんなものなのか…」
だがその言葉が届いているかは、分からなかった。
シオンの胸の中では、
まだ嵐が吹き荒れていたから。




