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新しい仲間



黒い騎士たちから逃れたシオンは息が切れるまで走り続けた。

街道の先にある人の気配は、すべてが恐怖の影に見える。

人の集まる場所へ行けば、また罵声が飛ぶ。

また石が飛んでくるかもしれない。

また捕らえられるかもしれない。


だから彼女は、街道を外れた。

森の奥へ。

誰も来ない場所へ。


――そこで見つけたのが、小さな廃村だった。


崩れた家々。

風に軋む扉。

誰かが暮らしていた痕跡だけが、時間に取り残されたように残っている。


けれど、幸運もあった。

井戸はまだ生きていた。

土の匂いがする冷たい水は、シオンの唯一の救いだった。


フェイナに教わった生きる知恵――

食べられる実の見分け方、枝で罠をつくる方法、乾いた草を集めて火を起こす方法。

それらが、かろうじてシオンの命をつないでいた。


壊れかけた家屋の1戸1戸を探して使えるようなものを見つける。

壊れた壁や天井にボロボロの布を張って雨風を防ぎ、

錆びた鍋でお湯を沸かした。

割れた椀で薄いスープをすすりながら、彼女はただ、日々をなんとか過ごし始めていた。

なにも考えず、ただ今日をそして明日を生きることだけを…

夜は怖くてシオンは覚えていることばを口に出していた。

そしていつの間にか歌っていた。

『手のひらを太陽に』を




そんな日々が、どれほど続いたか…

私…帰りたいのかな…

また一人になってる…

みんなにバカにされて笑われて…お母さんの言葉もお父さんの言葉も…私には辛くて…

それでもあそこに…

私の世界じゃないしここは…

ここがどうなっても私には関係ない…

少し浮かれてたかな…

やっと認めてもらったとか…

喜んで…

言葉に力がとか言われて…

周りにおだてられて…

でもそれはうれしかったな…

元の世界はそんなこと、そんな気持ちになったことになったし…

みんなが喜んでくれるのがうれしかった…

ただそれだけ…

世界を救うなんて私のやることじゃない…

私はただ素敵なことばが好きなだけ…

それだけ…

やっぱり…

私は所詮余所者…この世界の人じゃない…

この世界のことはこの世界の人で…

あの村に帰ろうかな…帰りたいな…

でもみんなに送ってもらったし…


そんなことを思いながら…


シオンはいくつ朝を迎えただろう…




季節が変わったのかどうかさえ曖昧なある朝、シオンはいつものように井戸へ向かった。


そこで――


井戸の影から人が現れた。


「ひっ……!」


声にならない息が漏れ、シオンは反射的に背を向けて逃げた。

草をかき分け、息を荒げ、ただ遠ざかろうとした。


「シオン!!」


名前を呼ぶ声。


(……呼んだ? 誰が……?)


足がもつれた。

その一瞬に、後ろから腕が伸びてきて、シオンの身体を捕らえた。


「や……っ、離して……離して……!」


恐怖で涙が滲む。精一杯の力で抵抗する。それでも力尽きて全身の力が抜けていく。

捕まれば、またあの石が飛んでくるのかもしれない。

また罵詈雑言を浴びるのかもしれない。



「シオン、俺だ。落ち着いて……俺だ、アルヴェンだ。」


「……アルヴェン……?」


その名を聞いた瞬間、シオンは固まった。

恐る恐る顔を上げる。

汚れた布の隙間から覗くのは、あの日と同じ、深い緑の瞳。


「ほんとに……?」


「ほんとに、俺だ。」


その言葉を聞いた途端、身体が勝手に動いた。

シオンはアルヴェンの胸元にすがりついた。


「……っ、アルヴェン……アルヴェン……!」


押し殺していた涙が一気にあふれた。

喉の奥からしゃくりあげるように。

肩が震え、声にならない声が漏れる。


それは、生き延びてきた恐怖が解ける音だった。

一人で死ぬかもしれないという孤独がほどける音だった。

そして――アルヴェンを諦め、忘れようとした日々が崩れ落ちる音だった。


アルヴェンはただ黙って、シオンの背を優しくさすった。


どれほど泣いただろう。

涙が枯れたころ、シオンは顔を上げ、ふと気づいた。


アルヴェンの背後に――誰かが立っている。


シオンの身体がビクリと跳ね、反射的に逃げようとした。


「待って!」

アルヴェンがシオンの手を握る。

「大丈夫だ。この子は敵じゃない。仲間だ。」


「……なかま……?」


驚くシオンの前で、アルヴェンの後ろに隠れていたその人物が、そっと歩み出た。


それは――


ひとりの少女だった。

年はシオンより少し下かもしれない。

栗色の髪を三つ編みにし、緊張したように指先を握りしめている。


しかしその瞳は、シオンを見つめて微かに震えていた。

少し怯えているようだった。


少女は小さく頭を下げた。


「……はじめまして。

 わたしはリゼル

 あなたにどうしても……会いたかった。」


シオンの胸に、また別のざわめきが生まれた。


アルヴェンが静かに微笑む。


「シオン、俺たちは……もう一度始められる。

 君はひとりじゃない。」


廃村の朝の光は、いつもより少しだけ暖かかった。



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