煽動者を捕らえよ
王の間は、深い沈黙に沈んでいた。
燭台の炎が風もないのに揺れ、長い影を石壁に映し出す。
その中央に座す国王は、背をわずかに前に傾け、何かに耳を澄ませているように見えた。
――声。
柔らかく、慈愛に満ちた声。
だがその奥底には、粘りつくような甘い毒が潜んでいる。
(私はおまえを理解している……誰もおまえを信じなかったが、私は違う。おまえは国を救う者だ)
幾度も、幾度も、同じ言葉が囁かれてきた。
数か月の間、夜も昼も、食事のときでさえ、夢の中でさえ。
その声に侵され、王の思考は少しずつ塗り替えられていった。
かつては朗らかだった。
若き日に見せていた優しい眼差しは、裏切りと謀略の中で硬く閉ざされ、やがて憎悪と猜疑心だけを残した。
それでも――完全に消えたわけではなかった。
ノイズはそこに潜んだ「優しさの残骸」を巧みに利用した。
「おまえは孤独ではない。私はそばにいる」
その囁きが、王の心を縛り付けていったのだ。
今、その成果が玉座の間に結実する。
王の顔は沈鬱で険しく、瞳には深い疑念が宿っていた。
だが――その瞬間、表情が変わる。
まるで長く張り詰めた糸が切れるかのように、ひと呼吸で。
疑いに歪んでいた口元が、歪んだ笑みに変わり、瞳に熱を帯びる。
「……シオンと、その一党を捕らえよ」
その言葉は、冷え切った石壁に反響し、空気を震わせた。
「彼らは人心を惑わし、国を乱す扇動者だ。正義の名の下に捕らえよ!」
広間に緊張が走る。
家臣の一人は即座に頭を垂れ、「ははっ!」と声を張り上げた。
その声音には、待ち望んでいたかのような歓喜さえ滲んでいる。
だが、別の臣下は眉を寄せた。
(愚かな……あの者たちはむしろ人々の心を鎮めていたではないか)
口に出すことはできず、ただ視線を落とし、沈黙に逃げ込む。
年老いた宰相は唇を噛みしめていた。
しわだらけの拳が震え、机の縁を白くなるほど握りしめる。
「……陛下……」と漏れかけた声は、すぐ隣の若い文官に遮られた。
「お控えください……命が危うくなります」
末端の兵士たちもまた動揺していた。
「え、シオン様を……?」と小声で交わす者もいれば、唇を噛み黙り込む者もいた。
ある者は、遠征の折に偶然詩音の朗読を耳にした記憶を思い出し、胸を締め付けられる。
「人心を惑わすだと……いや、あの声は……」
反応はさまざまだった。
賛同、驚愕、疑念、そして反発。
しかし――誰一人、表立って王の言葉に逆らう者はいない。
その沈黙こそが、この場の恐怖を物語っていた。
玉座に座す王は、その反応さえ見えぬかのように、うっとりとした表情で遠くを見つめていた。
耳元で囁く“声”に応えるように。
「正義は、ここにある……」
その呟きは誰にも届かず、ただ冷えた大理石の床に落ちていった。




