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酒場で蠢くノイズ

シオン達はあちこちの村や街で朗読をしながら旅を続けていた。

ことばが力を、それも比喩でも何でもなく、本当の力を持つ世界、力を行使できる世界…

その世界では邪悪なことばが比喩でも何でもなくその通りの力を持っていた。



酒場の隅。

黒い靄に取り憑かれた男は、椅子に腰かけたまま笑い始めた。

ひくつく口元から漏れる声は、もはや彼自身のものではなかった。


「……あいつ、お前のこと笑ってるぞ」

「本当は、ずっと嫌ってたんだ」


低く、湿った囁きが酒場に広がっていく。

その声を聞いた隣席の男が、無意識に隣人を睨む。


「……今、俺のことか……?」

「いや、そんなつもりじゃ……」


曖昧な返答がさらに火種となる。

沈黙が気まずさに変わり、互いの目線が敵意を帯びていった。


(なぜだ……なぜ疑われる?)

(やっぱり、あいつは俺を見下してたんだ……!)


誰も声を荒げない。

だが、低く漏れる悪口と疑念の言葉が、酒場の空気をじわじわと黒く染めていった。


「裏切り者……」

「盗人……」

「おまえの妻は他の男とねていた……」


声の主が誰なのかも分からない。

ただ、誰かが呟くたび、黒い靄がゆっくりと膨らんでいく。

それは床に溶けるように広がり、椅子の足を這い、客たちの足首にまとわりつく。


「う……」

冷たい感触に足をすくませた男が、必死に靴を擦り合わせた。

だが周囲は誰も気づかない。

ただそれぞれが、自分の隣人を疑い、睨みつけ、陰口を叩き続けていた。


――その言葉の屑が、すべてノイズの餌となる。


黒い靄はうごめき、肉を持ち始める。

醜く泡立つ泥のように、形を作りかけては崩れ、再び蠢く。

やがてそれは、まるで巨大な胎児のような塊となり、酒場全体を覆おうとしていた。

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