言葉の灯を届ける旅
ルエンの町をあとにして、シオンとアルヴェンは静かに歩き出した。石畳の道が少しずつ草に覆われ、遠ざかる灯の代わりに朝の光が差し込む。詩音は時折後ろを振り返った。まだ胸の奥で熱い涙が揺れていた。
「……あの町は、きっともう大丈夫だね」
シオンの言葉に、アルヴェンは静かに頷いた。
「ティオリスがいる。言葉を灯す者は、他にもきっと現れる」
シオンは小さく微笑むが、その瞳は疲れていた。連日の朗読、ノイズとの対峙、そして何よりも人々の中に巣くう不信や恐怖に触れることは、彼女の心を削っていた。
だが旅を止めることはできない。それは彼女自身が決めたことだった。
「……次の場所でも、誰かに言葉を届けられるといいな」
彼女のは胸元のボロボロになったノートをぎゅっと抱きしめていた。
その夜、二人は林にテントを張った。焚き火の火が小さく揺れている。
アルヴェンは空を見上げながら問いかけた。
「シオン。お前があの雑記帳を持ち続けていたのは、なぜだ?」
シオンは少し考えてから、ゆっくりと答えた。
「……あれに書いてある言葉に、救われたから。たとえ誰かの言葉でも、私には必要だった。あの言葉がなかったら、私は……たぶん、もういなかった」
アルヴェンはしばらく黙っていた。そして火を見つめながら言った。
「お前の世界でも、言葉には力があった。けれど、それに救われなかった者もいたはずだ」
シオンの目が揺れた。
「……うん、そうだと思う。だから…私がここでできることなら…ここでいいなら…救われなかった人もいたけど…ここで救えるなら…私は言葉を届けたい…それでいいなら」
シオンはわずかに微笑んでいた。
自分を自分で納得させた充足感みたいなものがそこにあった。




