詩音ちゃんは小さなおばさん ことばの痛みを知る
昼下がりの園庭。砂場では子どもたちがシャベルとバケツを手にして、「おだんご屋さんごっこ」で賑わっていた。
その輪の外、少し離れたところに詩音はいた。
いつものように、きちんと結わえられた三つ編みに、リボンの付いたワンピース。膝にノートを置いて、何かを小さな声で読み上げている。
「この“土壌”の質では、水はけが悪く、造形の保持に影響するかもしれない……」
近くにいた子どもたちの動きが止まった。
「え? いまなんて言ったの?」
「“どじょう”? 魚?」
「ちがうちがう、“ぞーけー”って言ってた!」
一人の男の子が顔をしかめて言った。
「おまえ、何しゃべってんの? 先生みたいでキモイ!」
「詩音ちゃんのしゃべりかた、変なのー!」
女の子たちは笑いながら指をさす。
詩音は、手にした小さなノートをぎゅっと閉じて、うつむいた。何が変なのか、どうして笑われたのかがわからない。ただ胸の奥がチクチクと痛んでいた。
砂場の向こうで、保育士二人がこっそり話していた。
「詩音ちゃんって、なんか……小さいおばさんみたいだよね」
「わかる。“感情が高ぶっているの”とか、“その発言は適切ではない”とか言うのよ」
「でも、かわいげがないっていうか……あれじゃ友達できないわよね」
詩音は、近くのベンチに腰を下ろしたまま、ひとり膝の上で手を組んだ。
耳には、まださっきの子どもたちの笑い声が残っていた。
そして心の奥で、「言葉が浮いている」自分を、はじめて自覚した。
彼女の「ことば」は、まだ誰の心にも届かないまま、ひとりぼっちで揺れていた。




