表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/44

シオンの力目覚めの地図



村は変わった。


詩音がこの地に降り立ってから一年。言葉に沈黙していた村は、いまや囁きと笑顔に満ちていた。


ある朝、小さな家の窓から優しい声が聞こえた。


「“それでも、世界は美しい”、だって。……ねえ、お母さん、この言葉、好き」


「そうね……この本は、あなたのおばあちゃんの大切な宝物だったのよ。昔はこういう言葉が、普通に使われてて、読まれていたの」


「わたしも読んでいい?」


「もちろん。いつか、この言葉を誰かに読んであげられる人になってね」


母が子に、美しい言葉の載った古い本を読んで聞かせる。


子どもがその響きを真似して、ぎこちない言葉を繰り返す。


そのやりとりが、まるで空気を柔らかく包むように、家の中に満ちていく。


精霊たちはその声に集まった。


かつて沈黙の深みに沈んでいた“言葉の精霊”たちが、今や村の風の中で囁いている。


「ありがとう」「また明日ね」「それ、素敵だね」――他者を思いやる、優しさが詰まったそんな何気ない言葉のひとつひとつが、彼らの羽を震わせ、光を灯すのだ。


詩音はその変化を、村の広場から静かに見守っていた。


自分が知らなかった“優しい日常”が、今この村に確かに生まれていた。


それは詩音が決して手にできなかった時間だった。幼いころから、言葉が引き金となり、心を切り刻まれ、笑顔を奪われてきた。


けれど、ここには確かに「救われた子どもたち」がいる。


アルヴェンが隣に立ち、ぽつりと呟いた。


「おまえの言葉が、この村を変えた。だが……他の地でおまえを待つものがいる…」


詩音は黙っていたが、その目には迷いがあった。


「他のって?……私はここにいても、いいかなって思うの。やっと、居場所ができた気がして」


その言葉に、そっと背後から手が触れた。


「そう思ってくれて、うれしいよ」


フィエナだった。彼女は静かに腰を下ろし、炉の灰を見つめながら語り出す。


「私はね、昔から思っていた。人が変わるのは、特別な何かをされたときじゃなくて、ただ誰かがそばで、言葉をくれたときだって。

あんたの言葉が、この村を、あの子たちを、ほんの少しずつ救ってきた。

でもね……あんたが救ったのは、ここだけじゃない。もっと遠くにも、あんたの声を待ってる子がきっといるよ。

あんたと同じように、言葉が怖くて、でもほんとは信じたいって思ってる子が。

……ここはもう大丈夫。

けど、あんたがいなかったら、大丈夫じゃない場所がきっとまだある」


詩音は膝に置いた手をじっと見つめた。


「……そんなこと………」


フィエナは笑った。「怖いのかい?ここを離れるのが…おまえはなんでここに来たのかね…私はずっとそれ思ってたよ…最初は私もなにがなんだか(笑)でも、あんたのことばと声を毎日聴いててだんだんわかったよ…これを待ってたんだね…この村の人も…待ってる人はいると思うよ…そんな気はする…ここにいてもいいんだよ…それでもなんでかわけらないけどあんたの声をことばを独り占めしちゃいけない…この村だけのものじゃない…そう思うんだ…大丈夫(笑)…また帰ってくればいいんだから…」


その晩、詩音は雑記帳からいくつかの言葉を選び、書き写した。

それから数日詩音はいつものように広場で朗読を続けた。

アルヴェンもフェイナもあれ以来何も言わなかった。

他の土地で待つ人たち…

私はそんなことできるわけがない…

私はそんなに強くない…

やっと居場所ができたのに…離れたくない…

そんなある日あの不思議な少女の夢をみた。

少女は詩音の手を取り一緒に歩いていく…

二人が歩いていく方向だけが照らされていた…

突然少女が走り出す…

詩音を招く素振りをして…

詩音は少女のあとを追った…

どれだけ走っただろ…

突然明るくなった…

そこで少女がいろんな人と楽しそうに踊っていた…

そんな夢をみた…



>

いよいよ詩音がこの村を旅立つ日がやってきた。

詩音は旅立ちの朝一人の少女に手紙を渡した。


「また、おはなししてくれる?」


「……もちろん。また帰って来るから…だから、この手紙はあなたに託すね」


その後、村の広場に全員が集まり、詩音の旅立ちを見送った。


フィエナは詩音に深く抱きしめられ、「言葉を信じてくれて、ありがとう」とそっと囁いた。


子どもたちは「がんばって」と手を振り、大人たちも「また帰ってきて」と声をかける。


詩音は何度も頭を下げながら、目に涙を浮かべていた。


一歩、一歩、村を離れるその背中に、人々の感謝と祈りが込められていた。


村を出て、森道に入る。


詩音はうつむき、ぽろぽろと涙をこぼしながら歩いた。


やがてそれは声をあげる泣き方に変わり、足元さえ覚束なくなる。


けれど、詩音は止まらない。歩き続ける。


少し前を歩いていたアルヴェンが、その足音に気づいてふと振り返った。


詩音の泣き顔を見て、彼は何も言わず、また前を向いて歩き出した。


二人の旅は、静かに、しかし確かに始まっていた。


“この世で一番強い人間とは、孤独の中で微笑むことができる人間である。”

> ――トルストイ


> “苦しいときには、耐えることでしか前に進めない時もある。

> だが、その一歩はやがて希望になる。”

> ――ヴィクトール・フランクル


> “世界が闇に包まれても、言葉だけは光を灯し続ける。”

> ――アレクサンダー・ソルジェニーツィン

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ