黙ることを覚えた5歳
幼い詩音は、まだ五歳になったばかりだった。
ある日の午後、母親はキッチンの隅に座っていた詩音に声をかけた。詩音の手には、分厚い絵本が一冊。それでもページをめくる指先はおそるおそるで、目は活字の森に迷い込んだようだった。
「その単語の意味、理解して読んでいるの?」
母の声は優しくも高揚しておらず、まるで面接官のようだった。
詩音は、顔を上げて首をすくめると、小さな声で「うん……たぶん」と答えた。
すると母は即座に眉をひそめた。
「“たぶん”は不正確。断定できないなら、その理由を明確にしなさい」
母の声に怒気はなかった。だが、寒さのように肌を刺す厳しさがあった。
詩音は目を伏せる。まだ「なぜ自信がないか」を言葉にする技術を持たない、ほんの幼児だった。
そこに父親が帰宅した。革靴を丁寧にそろえ、ネクタイを解きながらリビングに入ってきた。
「今日の読書は何ページまで進んだ?」
詩音は黙ったままページ数を指さした。
「口頭で、正確に報告しなさい」と父。
「……に、にじゅうにページ……まで……」
「22ページ“まで”という言い方は、日本語として曖昧だ。“22ページを読み終えた”か“23ページの途中でやめた”か、正確に伝えなさい」
詩音は目を潤ませ、震えた声で「……22ページの最後の行まで」と言い直した。
父は無表情のままうなずいた。「良い。だが、“最後の行まで”という表現も、場合によっては主観に左右される。数字で表現する訓練をしなさい」
母が補足するように言った。
「あなたの言葉は、相手にどう届くかまで責任を持つものなの。幼いから許される、という逃げ道はうちにはないのよ」
その晩、詩音は小さな手で、自分の持っている言葉のなかから「正しい言葉」を探し続けていた。
でも、正しい言葉が見つからなかった。
誰かに伝えたかっただけなのに。自分が何を感じていたか、それだけだったのに。
ページの上に落ちた涙の跡が、小さなにじみをつくった。
詩音は、まだ幼かった。
けれど、その夜、彼女は“黙ること”を覚えた。




