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アウスコトマ  作者: 屋形湊
第一章
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金目

「金目?」


怪物の、異形の双眸を思い出す。

煌々と黄金に輝く瞳は、普通に考えれば美しいものだろう。だが実際のそれはただただ不気味でしかなかった。直視することも憚れるほどの嫌悪感を抱かせる、ひたすらに気色の悪い代物だ。

思い出だけでも震えがくる。

知らず、道隆は二の腕を擦る。


「あの後、金目は私が処理しました。綾瀬さんは気を失われていましたので、ここまでお連れさせていただいたのです」


「……いきなりツッコミどころ満載だな」道隆は頭を掻きむしる。「君が僕を運んだ? その細腕で?」


「私には力がありますから。綾瀬さんも見たはずですよ」


「それに、あの後って言うのは僕が――あれしたときのことだろ? 気を失っていたで済むような騒ぎじゃなかったはずだ」


白亜はつと道隆から目を逸らし、先ほど床に置いた文庫本の表紙を撫でた。


「道隆さんの傷は、私が治しました」


「白亜ちゃんが? どうやって?」


「私には力があります。それを使ったと思ってください」


「いや力って……」道隆は首を傾げる。「RPGの回復魔法みたいなものってこと?」


「ゲームにはあまり明るくないのですが、そのようなものと受け取っていただいて構いません。金目に切り裂かれた綾瀬さんは、私が治しました」


道隆は腕組みし、白亜の横顔を睨む。まるで念を押すかのような白亜の回答に違和感を覚えたからだ。

力という言葉を便利に使っているような気がしたが、実際彼女が奇妙な力を有しているのを目の当たりにしている。違和感はあったが、道隆は納得するしかなかった。


「なるほど。それなら君は僕の命の恩人ってわけだ。ありが」


「やめてください」白亜は苛ついたような早口で遮った。「そのような感謝をされる筋合いはありません。原因を作ったのは私です」


道隆は閉口した。ついさっきもそのように言っていたが、そこまで強く拒絶されるとは思いもしなかったのだ。


白亜はふるふると首を振り、文庫本を拾って立ち上がるとそれを本棚にしまった。


「綾瀬さん。あの怪物――金目が現れたとき、私たち以外の人々がみんな消えてしまったことを覚えていますか?」


白亜は本棚に顔を向けたまま言った。


「そう言えばそうだったな」


その後の怪物の登場による衝撃が大きすぎてすっかり忘れていた。

白亜は道隆に顔を向ける。その顔からは、先ほどの苛つきの色は完全に消えていた。


「金目は、この世の法則から外れた生物なんです」


「この世の法則って、いきなりスケールが壮大だな。質量保存の法則か? 個人的には慣性の法則が好きだ」


重くなった空気を軽くしようと思っての軽口だったが、残念ながら白亜はクスリともせずに冷たい視線を向ける。面白くなかったらしい。

はあと道隆は嘆息し、後ろに手をついて天井を見上げながら思考する。白亜の言わんとしていることは、何となく予想がついた。


「……この世の法則から外れている。だから金目がいる場所には、逆に普通の人間が存在できない。つまり、他の人たちが消えたんじゃなくて、何らかの理由で僕たちのほうが金目のいる空間に入り込んだ。そういうこと?」


白亜は目を丸くした。


「どうして……?」


「あれ、何か間違ってた?」


「いいえ、綾瀬さんの仰った通りですが……なぜわかるのですか?」


道隆は自慢気に鼻を鳴らす。


「これでも法律家を目指してるんだ。これくらいの論理思考は朝飯前だ」


「試験は苦手なようですが」


「試験の話はするな!」


白亜はぎこちなく小さく笑い、元の床の上に腰掛けた。


「自分で話しておいてこう言うのも変なのですが、驚かないのですか? というよりも、疑わないのですか?」


「驚いてるし疑ってるよ。でも否定する根拠がないじゃないか。だいたい、現実離れした事象の説明を求めてるんだから、現実的な答えが来るなんて端から思っちゃいない」


それに、どの道この後も常識外れの話が続くのだ。その都度話を止めていては時間がいくらあっても足りない。これはある種、道隆の強がりというか、開き直りだった。


「呆れたものか、感心すべきなのか、判断に迷います」


「感心してくれ」


「変わりませんね、綾瀬さんは。理知的なのに雑なところが」


「呆れてるじゃねえか」


白亜は誤魔化すように軽く咳払いをし、話題を修正した。


「それではもう一つ、論理的に推理してください」白亜は胸に手を当て、少しだけ間をおいて続けた。「どうして私たちは、普通の人は存在できない空間に突然入り込んでしまったのでしょうか」


道隆は眉を寄せる。


「それは論理的に理不尽な問題だ。推理するための材料がまだ何も開示されていない」


「いいえ。もうすでに全て開示されています」


そう白亜は断言したが、しかしそんなものが果たしてあっただろうかと、道隆は腕組みして唸る。だが、どれだけ考えても、白亜の言う可能性とやらは浮かばなかった。


白亜は表情を変えぬまま、スカートを握り締めた。


「あのとき、綾瀬さんと一緒にいたのは誰でしたか?」


「そんなの、言うまでもなく――」


「その人物は金目のことを知っていました。そして、金目を見ても動じず、戦いすらしました」


「――おい。ちょっと待て」


道隆は、白亜が言おうとしていることに一足早く気が付き、鳥肌が立つ。それ以上聞くべきではないと、拒絶するように耳鳴りがした。


「その人物は、論理的に考えて、金目を見るのは初めてではないことは明らかです。では、どこで見たのでしょう」


白亜は道隆を見据え、淡々と言葉を重ねていく。その一言毎に、白亜を中心に視界がグニャリと歪んでいく。


おそらく、錯覚だ。


白亜の目が、黄金に輝くのを見た気がした。


「その人物は、一体どうやって、金目と戦えるだけの経験を積んだのでしょうか。確かゲームでは、好きなときに迷宮で戦って経験を積めるのでしたか」


白亜は言う。感情のない顔、平坦な声、それに反してスカートを握りしめる手が、微かに震えていた。


「感謝される筋合いなんて、私にはないんです」


「白亜ちゃん――」


「私ですよ」


短く告げる。


「私が、あなたを金目のいる空間に引きずり込みました」

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