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アウスコトマ  作者: 屋形湊
第三章
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無の世界の主1

金目に杭を突き立てた感触が、手に生々しく残っている。

金目は最後、健太郎としての自我を取り戻したように思った。本当のところはどうだったのか分からない。それでも、道隆はとどめを刺すことを選んだ。健太郎自身が、それを望んだように感じたからだ。


悲しかった。それなのに涙は出なかった。どうしてなのか、道隆には分からない。分かることは、もう健太郎は、この世のどこにもいないということだけだった。


「白亜ちゃん……」


白亜は微かに開いた目で道隆見ている。

意識はあるようだが、その呼吸は細い。

無茶はさせられないが、最後に頼まなくてはならないことが残っている。


「そんな状態でごめん。現実に帰れるかな? 君を病院に連れて行かないと……」


ここでも道隆は無力感に襲われる。

金目を倒すことも、現実に戻ることも、何もかも白亜頼み。自分は何のために存在するのかと、消えてなくなりたいほどの羞恥に駆られた。


白亜は微かに頷き、震えながら手を伸ばす。その手に触れようと道隆が手を伸ばした、その時だった。


「よい余興であった」


まるでこの世の悪徳の全てを詰め込んだような、耳に入れただけで立っていられなくなるほどの重圧を放つ、その声が聞こえたのは。


「奴が舞台を降りかけたときは興醒めだったが、わざわざ手を下してやった甲斐もあったというもの。実に愉快な殺陣であった」


全身が総毛立ち、冷や汗が噴き出す。ありとあらゆる器官が最上級の警報を打ち鳴らす。

見るなと、目が痛むほどの喚起をする。それに逆らって、道隆はその声のする方を見た。


声の主は、学生会館の屋根の上に立っていた。

人の形をしているが、全身が黒い靄のようなものに覆われており、そのシルエット以外に何も分からない。いや、そのシルエットすらも蜃気楼のように揺らいでおり、どのような形なのか理解することができない。


やめておけと、口が静止する。だがそれに逆らい道隆は口を開いた。


「お前が……エイゼンか?」


確証があったわけではない。しかし、自然と道隆はその名を口にしていた。


「待て」


そうエイゼンは不可解なことを口にした。その直後、全身が粉微塵に刻まれる光景を幻視する。それに気付いたのは、すでに喉にチクリとした痛みを感じた後だった。

目の前に一体の金目がいた。

外見はほぼ人だが、顔には穴が穿たれており、鼻も口もない。肌は漆黒で、ボロ布を纏っただけのような格好だ。背中にはカラスのような翼が折り畳まれている。

それが持つ獣の牙のような剣が、道隆の喉元を微かに裂いた状態で静止していた。


金目は剣を下ろす。

剣を下ろされるまで、道隆は恐怖を覚える間すらもなかった。


「私が話しているのだ。控えていろ」


靄がそう言うと、金目は空気に溶けるようにその姿を消した。


「失礼した。あれはビャクハクという私の側近でな、私の名を気安く口にされることを許せんのだそうだ」


エイゼンの言葉の、半分しか理解できなかった。

今更ながら、殺されかけていたという事実に気が付いた。喉に触れ、全身が痙攣し、過呼吸を起こしかける。


――待て。


――あれは今、金目に命令したのか?


「お前が……」


重圧に押し潰されそうになる。

膝がガクガクと震える。

それでも聞かなければと、必死に道隆は言葉を紡ぐ、


「……健太郎を、破滅させたのか……?」


くっくとエイゼンは笑う。


「破滅とはまた乱暴なことを言う。私は、輝かんばかりの義侠心が見えたので磨いてやっただけだ。いささか、私好みにではあるがね」


「好み……?」


直感する。

このエイゼンという正体不明の存在。

これは、絶対に相容れない存在だ。


「健太郎は……人殺しなんか望んでいなかった。あいつは……そんな奴じゃなかった……」道隆は震える手を握り締め、エイゼンを見上げる。「お前が……あいつを……なんの権利があって……っ!」


「権利? これは面白いことを言う」


エイゼンは靄の向こうで、嘲るように笑うのが分かった。


「この無の世界に関わる全ての存在は私の所有物だ。私の呪いをその身に受けたお前たちも然り。それを私の好きに扱うことに、権利も何もあるものか」


「お前は……お前が……呪いを……?」


「そう。尾辻健太郎の氷の槌も、お前の死の忌避も、私が与えた。いや、適当にばら撒いただけのものが、たまたまお前たちに宿っただけではあるが」


「一体、何のために……?」


「強力な眷属――お前たちの言う金目を作るため。さらに言うなら、その軍勢を率いてお前たちの世界を滅ぼすため――」


エイゼンは、自分の発言を嘲るように笑う。その音は、聞いているだけで胸が悪くなる。


「――というのが建前だ。それが私の根幹であることは確かだが、人間でもあるまいし、そのような闘争に興味はない」


「ならどうして……。僕たち人間に、何か恨みでもあるのか?」


「それは見当違いだよ、綾瀬道隆」


さも当然のように道隆の名前を呼ぶ。名乗った覚えもないのに。


「恨みどころか、私は人が好きだ。人と語らうことも好きだ。どれだけ同じ失敗を繰り返そうと決して学ばず同じ破滅を繰り返す愚かな種が、ホモ・サピエンスなど傲った名を名乗ることなど滑稽極まり愛着が湧く」


エイゼンはなおも笑う。


「尾辻健太郎は良い道化だった。私が手を入れたのも正解だったらしい。おかげでさらに愉快な道化を得られたのだからな」


話す内容はシンプルだ。要約すると、面白そうだったからそうしたと言っている。

あまりに身勝手。ただの愉快犯の思想。だというのに、怒ることができない。それだけは絶対によせと、深層心理の生存本能が最大音量で叫んでいる。


「道化とは、僕と……白亜ちゃんのことを、言っているのか?」


「お前たちは、奥村地球乃の身内だな」


極めて自然にその名を口にする。道隆は驚くこともできなかった。

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