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アウスコトマ  作者: 屋形湊
第三章
70/73

呪いの中身7

金目は歩みを開始した。

と同時に、足を止めた。


何があったわけではない。

何故だか急に、今しがた通り抜けてきた場所が気になったのだ。金目は崩れ落ちそうな体をギチギチと回転させ、後ろを振り返る。


その部屋は、散乱していた。

金目がそこに叩き込まれたからではない。

それ以前から、その部屋はこうだったのだと、なぜか金目は知っていた。


棚にはよく分からないガラクタが乱雑に詰め込まれ、床にも足の踏み場がないほどに物で散乱している。


何かを踏みつけた。

見ると、槍のような足に映画研究会と書かれた札が突き刺さっていた。

足を持ち上げると、札は真っ二つに割れ、乾いた音を立てて床に落ちた。


ガサガサと、ノイズが走る。


そこには誰もいない。しかし、そこにいる誰かの姿を、金目は幻視する。


「おはよう健太郎、今日も楽しそうで何よりだ」


そう言って笑いかけるくれるあの人は、一体誰だったか。とても、大切な人だったはずなのに。


「ケンの作る映画、私は楽しみだなあ。もちろん、私を使ってくれるのよね?」


美しい声が聞こえる。とても焦がれた人のものだったはずなのに、その声の主の名前も顔も思い出すことができない。


違うと、金目はかぶりを振る。

そんなものは自分は知らない。必要もない。自分はただの呪いの権化である。あのお方の意のままに動く人形である。それ以外の何物でもない。


足元からかさりと紙の擦れる音がなる。


金目は視線を落とす。


「」


声はなかった。元よりその金目には発声する器官が存在しない。

視線の先にあったのは割れた札と、その横に落ちた写真だった。


壁に貼ってあったのだろう、テープの跡が見える。

場所はどこかの倉庫のような建物。四人の男女が肩を組んで笑っている。

人の良さそうな細身の優男、モデルのようなスラリとした美女、先ほど殺し尽くした男、そして――


――これは誰だ。


金目の中で、初めて明確な言葉が紡がれた。

この写真は知っている。

作った映画の撮影が終わった後に撮ったものだ。

ああそうかと、金目は納得する。

これは自分なのだと。

自分だった何者かなのだと。


もはやその存在はどこにもいない。

思い出すこともできはしない。


金目は外を振り返る。

武器を構える人間がいる。

写真の中の一人だ。


体が崩れていく。

切られた箇所から存在が失われていく。

女が振るった刃は、自身を殺し尽くす呪詛にまみれていた。それでここまで裂かれては、もうこの命は終わる。


金目はガタガタと覚束ない足取りで外へ出る。


自分が何者なのかは分からない。

けれど、そうしなくてはならないと感じた。

放っておいても滅びる身だが、最後はそうしてもらいたいと感じた。


金目は武器を構える男を見据え、折れた刃で自分の胸をコツコツと叩いた。

それだけで意図が伝わったのか、男は目を見張る。


金目はもう一度胸を叩く。

男は眉を曇らせ、ジリジリと距離を詰めてくる。


金目はもう一度だけ、後ろの散らかった部屋を見る。


もうそこには戻れない。

もうそこに居場所はない。


叫び出したいほどの衝動が胸を過ぎるが、もうそのための口は失われてしまった。


「健太郎、お前なのか……?」


声が聞こえた。

男はすでに目前にいた。

恐怖と期待とが入り混じった複雑な表情をしている。


健太郎。

そうだ。それこそが、かつて自分だったものの名前だと金目はようやく思い出す。


――尾辻健太郎。


もはや戻れないその名前。

この身を犯した、呪いの中身の名前。

金目はただ頭を振り、違うとその名前に最後の別れを告げる。その名前を名乗ることは、もうできないと分かっていた。


もう一度、胸を叩く。

言葉もなく、そこを刺せと、金目は告げる。

道隆は一瞬、泣きそうな目をした。

しかしすぐに、それを拭い去るように武器を構え直す。


そして銀の武器は、真っ黒な胸へと突き立てられた。


金目は最後に、ありがとうと声もなく呟いた。


最後に何者かとなったその体は塵となって、そして消えていった。

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