呪いの中身3
金目は動こうとしない。道隆が動くのを待っているように見える。無邪気と言えば聞こえはいいが、そこには邪気以外の何物も感じ取ることはできない。
攻撃のタイミングが分かるなら、かわすだけでなくカウンターも狙えるはず。
もう一度、文字通り決死の覚悟で金目へ向かって足を踏み出した。
直後、首が飛ばされる光景を視る。
道隆は、しかしそれをかわそうとせず、金目の刃の軌跡を狙って、銀の杭を渾身の力で振り落とした。
稲妻が落ちたような音に空気が鳴動し、破れた左の耳すらも振動させる。
両手の腕から血が噴き出す。
視界がチカチカと火花を散らしながら明滅する。
魂こそ抉り取られそうなほどの衝撃に全身が悲鳴を上げる。
そんな金目が振るったお遊びの一閃を、道隆は全身全霊を乗せた一撃で叩き落した。
金目の刃が地面に突きさり、体がグラリと大きく左に傾く。
「っらああああ!」
絶好の好機に、麻痺する体に鞭打ち、がむしゃらに杭を切り上げる。
杭は一直線に金目の体へ向かう。
刃が届くまで一秒とかからない。
――いける。
そう思った瞬間、道隆の口から滝のように血が溢れ出た。
「――え?」
道隆は視線を落とす。
金目の右膝から氷柱が突き出し、道隆の胸を刺し貫いていた。
そのまま金目は体を回転させ、右足を払う。
道隆の胸から氷柱が抜け、道隆の体はまるで弾丸のように吹き飛んだ。
道隆の体は背後の建物の壁を穿ち、階段に激突してバウンドし、踊り場の壁に叩きつけられたところでようやく止まった。
氷柱が刺さったとき、壁に穴を空けたとき、階段に激突したときの合計三度、道隆は絶命した。
踊り場の壁に激突したダメージは消えていない。しかし、それだけならまだ体は動く。
それで道隆が死ぬとは思っていなかったのか、金目が歩み寄ってくるのが見えた。
杭はどこかで落としてしまったらしく、近くには見当たらない。
道隆は舌打ちして立ち上がると、そのまま階段を駆け上がる。廊下に並んだドアを見て、ようやくそこが研究棟だということが分かった。
廊下を走り始めた直後、背後から何かが崩壊する音が聞こえた。見ると、床が粉微塵に切り裂かれ、空いた穴から金目がフワリと上ってきていた。
「階段使えよ、常識のない奴だな!」
ビキビキと、道隆を追うように廊下が凍結していく。
凍った先から、廊下は自重に耐えきれずに崩れていく。金目は浮遊して道隆を追う。
道隆は廊下の突き当たりを右に曲がる。奥に、隣の講義棟への連絡通路に繋がるドアが見え、蹴破るようにそれを開く。
講義棟のドアも同じように蹴破って中に飛び込んだ。
「は――あ……っ」
息が上がっている。
汗が止まらない。
道隆は後ろを振り返る。
金目の姿は見当たらない。
見当たらないのに――
――頭上から、無数の死が訪れるのを道隆は見た。
天井から、鋭利な氷が突き出てくるのを見た。
それは道隆のすぐ横の床を穿ち、続け様に二本、三本と増える。
やがて数えることすら不可能な数の無数の氷の槍が、豪雨のように降り注いだ。
道隆は一瞬、空いた天井の穴から翼を広げる金目の姿を見た。
右腕が削がれるように吹き飛び、胴体に風穴が空き、頭がなくなり、僅かに残った体も次の瞬間には芥と化していく。
講義棟だった建物が跡形もなくなるまで十秒とかからなかった。道隆はバラバラの瓦礫に囲まれ、空の金目を見る。もはや何度死んだのかも分からない。自分がどれだけ金目に近づいているのかも分からない。
――これは無理だ。
およそ薄情とすら思えるほどに、道隆はそう思った。
前に倒した金目も黒い翼があった。同じ上位種のはずである。あれが凄まじい化け物だったことは事実だ。
しかし今、この目に映る金目は、あれを遥かに凌駕している。
立ち上がらなくてはと思う。
しかし体が動かない。
肉体は死の前に戻っている。動けないのは肉体の問題ではなく、精神の問題だ。
金目が地表に降り立つ。
道隆を見下ろし、「もう終わり?」と言いたげに首を傾げる。いちいち動作が幼稚な化け物だなと道隆は思った。
「くそ……」
金目には傷一つない。
磨き上げた漆塗りのような美しい体に陽の光が反射する。
こんなにも美しいものを、こんなにも腹立たしく思ったのは初めてだ。
頭の芯まで敗北を認めてしまい、体は動かない。
唯一頼りだった白亜の武器も無くしてしまった。
もはや、自分が自分でなくなるまで、この怪物に殺され尽くす以外に未来はなかった。
――ごめん、健太郎。
道隆は心の中で謝罪を繰り返す。
――ごめん、白亜ちゃん。
何もできない。
守られるばかりで足を引っ張るばかり。
道隆は絶望的な気持ちで、金目の振り上げる刃を見あげた。
首を狙われていることが分かった。しかし避けることはできない。道隆は黙って、その刃を受け入れる。
刃が空気を切って、振り下ろされた。
「は……?」
だが、その刃が道隆の首を断つことはなかった。
金目は左刃を振り下ろした格好だ。その先には確かに道隆の首がある。にも関わらず、刃は道隆の首には届かなかった。
金目は左手を持ち上げる。
その刃は――中程で折れて失われていた。
道隆は見た。
金目の向こうに、誰かが立っている。
絹のような長い銀色の髪が、風もないのにそよいでいる。体から銀のベールのような帯状の光を薄く発しており、まるで神話上の神様のようだった。右手には、やはり銀色に輝く日本刀のような武器。
道隆は目を見開いた。
「は……くあ……ちゃん……?」
髪の長さも身に纏う雰囲気も一変している。
しかしその顔は、奥村白亜のものだった。




