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アウスコトマ  作者: 屋形湊
第三章
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呪いの中身1

金目の足が一歩近づく度に、そこから逃げ出そうと藻掻くように心臓は高鳴った。

道隆はそこに縫い留められたように動けない。

かつて友人だったその異形を、ただ絶望的な眼差しで見つめることしかできなかった。


右の刃が上がる。その影が不気味に地面に落とされる。

その漆黒の刃は夏の陽射しごと、道隆の首を断ち切る――


「ちくしょう……っ!」


道隆の体は空を飛ぶ。

脳が激しく揺さぶられ、意識が何度も途絶する。

鼓膜が破れたのか、左耳が聞こえない。

道隆は受け身も取れずに地面に叩きつけられた。


金目は地面に付す道隆と、自身の右刃とを見比べる。「どうして切れていないのだろう」と言わんばかりにコクリと首を傾げる。


道隆はそんな金目を地面に伏したまま見やり、まるで健太郎にするような不敵な笑みを見せる。


刃が首を飛ばす直前、普通なら後退するところ、しかし道隆の体はその逆に動いた。


金目の刃は前腕部分のみ。上腕部分はそうではない。そこまで考えたわけではなかったが、それでも道隆の足は反射的に動いた。


道隆は立ち上がり、血を吐く。

地面にじわりと染み広がるそれには目もくれず、走り出す。


――次は無理だ。


走りながらそれを直感する。

今の首を飛ばす一撃を避けることができたのは、金目が本気ではなかったからだ。白亜との攻防で見せた速さで振るわれていたら命はなかった。

無論、殺されても死にはしないことは分かっていた。かと言って自ら死にに行くことなどできるはずもない。金目になどなりたくはない。


道隆は強く軋むほどに歯噛みした。


健太郎は、変貌してしまった。

もはや人間だったときの面影はない。

容赦のない、殺すための攻撃は、健太郎の不在を示している。もはや、あれはただの怪物だ。


分かっている。

分かってはいるが、認めたくはない。


「は――!」


おぞましい冷気を背中に感じる。

走りながら後ろを見ると、金目は体を傾けて捻り、右腕を左腕の下に差し込んでいた。

その右腕を、地面を切り裂きながら下から上へと振るう。


ヒュンと、短い音が鳴る。

抉り取られた地面は、刃の届く範囲を超えてさらに亀裂を走らせ、道隆へと向かう。斬撃そのものが飛んでいるのだと瞬時に理解する。

とんでもない芸当だが、軌道が視認できるため避けることは易い。道隆はその攻撃をかわすが、すぐにその攻撃の本質が斬撃でなかったことに気が付いた。

地面が、裂かれた箇所から凍結したのだ。


「うわ――っ!」


氷は瞬く間に道隆の体を這い上がる。

金目が離れた場所から、まるで銃を構えるように道隆へ刃の先端を向ける。

道隆の体が首まで凍った瞬間、道隆の体は粉微塵に粉砕された。


一秒後、道隆の体は凍る前の状態に戻る。

残念ながら、鼓膜や頭を打たれたダメージは消えなかった。

体に残る氷の冷たさと、体が粉々になった感覚に戦慄し、その場で吐いた。

だが、それで終わりではない。

死の前の状態に回帰したところで、足元の氷が消えるわけではない。


氷は再び、足元から道隆の体を這い上がった。


そして、同じ末路を辿る。


体は戻り、もう一度氷が――


「――させるかあっ!」


崩壊した服屋から白亜が飛び出してきた。

仕留めたと思っていたのか、それとも殺しても死なない不可解な獲物に気を取られていたのか、金目の反応は遅れる。

眼前まで迫った銀の杭を、残り数ミリのところで右の刃で受け、左の刃を白亜へと振るう。しかし、その刃が届くより前に、白亜は金目の胴体を蹴りつけた。


次は、金目の体が吹き飛ぶ番だった。


金目の体はひらりと宙に浮き、服屋と反対側の建物へと叩き込まれた。


白亜はすぐに転身し、道隆に向かう。道隆の腕を掴むと同時に跳躍し、近くのビルの屋上に着地して、さらに跳躍した。


「すみません、少し気を飛ばしていました!」空中で白亜は叫ぶ。「大丈夫ですか綾瀬さん!」


体が空気を切る音に逆らうように、道隆も叫ぶ。


「大丈夫だ! 二回死んだけど、一応何ともない!」


白亜は苦々しく唇を噛む。

金目の一撃で骨や内臓を痛めたのか、その唇からは絶えず血が漏れ出ていた。


キィンと、まるで飛行機のような音が聞こえた。

後ろを見ると、金目が骨組みの翼を広げて追ってきていた。その体に、白亜の死に物狂いの一撃によるダメージは見受けられない。


「この――」


金目は空中で体を回転させ、突撃槍を白亜と道隆に向ける。あたかもそれは、特撮ヒーローの必殺技のようで。


白亜は道隆の腕を引いて自分の背中に隠し、文字通り突撃してきた金目のミサイルのような蹴りを杭で受ける。

弧を描いていたはずの軌跡は強引に直線へと塗り替えられ、道隆と白亜は隕石のように落下する。


白亜は道隆を抱きしめるように庇い、その背中がアスファルトを滑りながら抉った。

道隆は衝撃こそ受けはしたものの無傷で済み、勢いよく体を起こす。


「はく――」


道隆は言葉を失った。

白亜は、無傷の道隆に反して凄惨な有様だった。

呼吸が浅い。薄く開いた目の色は虚ろ。杭を握る手には力がなく半開き。頭を打ったようで、意識にも混濁が見られた。吐いた血で、顎から下が真っ赤に染まっている。

その胸が僅かに上下する度に、決定的な何かが漏れ出ていくのが見える気さえした。 


それを見下すように、金目は優雅に地上へと降り立った。


頭の奥で火花が散る。

白亜の手から、金目を滅ぼす武器を拾い上げる。

感情のない黄金の視線を投げかける怪物を、道隆はギロリと睨みつけた。


「後で覚えてろと言ったこと、覚えてるか健太郎?」


白亜と金目との間に立つ。

制止するように、白亜は朦朧と道隆へ手を伸ばす。唇を動かすが、その口からは言葉のかわりに血が噴き出し、手は地面に落ちる。


道隆はそれを沈痛な面持ちで一瞥し、すぐに金目へと視線を戻した。


言うまでもないことだが、道隆には戦闘経験どころか武道の心得すらもない。運動能力は並で、特に劣ったところも秀でたところもない。超人の如き能力を持つ白亜と比べれば天地の差であり、その白亜を圧倒した怪物とではもはや比べることすら馬鹿馬鹿しい。


骨の髄まで理解した上で、それでも道隆は立つ。

何のことはない。道隆は、白亜が傷つけられることが我慢ならなかったのだ。守ってもらうだけの不甲斐ない自分が許せなかったのだ。


だから――


「実行するぞ」


――誰に向けるでもなく、自分を奮い立たせる言葉を吐いた。

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