氷の心、正義の槌 了
道隆と白亜と別れて、健太郎は一人歩く。
明るく振る舞ってはみたものの、恐怖心は拭えない。
人を二人も、悪魔のような残酷な方法で殺害した。
そのときの記憶は生々しく残っている。
良心の呵責などなかった。
そうするのが当然と思った。
そうされて当然と思った。
井田を追っているときもそうだ。
駆除すべき――殺さなければと心の底から信じた。
それが罪であることなど少しも考えなかった。
思い出すだけで震えがくる。
そんな悪魔のような思考を自分がしていたとは。
はあとため息を落とした。
弁護士になりたかった。
こまっている弱い人たちを助けるヒーローに憧れた。
しかし、それはもう叶わぬ夢だ。
前科者は弁護士にはなれない。
人殺しがヒーローだなんてお笑いにもならない。
総司にも申し訳ない。
守りたかったあの映画もお蔵入りだろうか。
涙が溢れた。
結局、何も成すことができなかった。
何者にもなれなかった。
何一つ意味などなかった。
落ちた涙は焼けたアスファルトに一瞬で蒸発した。
嘆いたところで仕方がない。
自分が蒔いた種だ。
自分以外の誰も責任を取ってくれはしない。
公園が見えてきた。
どこかの路地で現実に帰ろう。
そして警察にこの身を委ねよう。
ふと、部室に返そうと思っていた番傘のことを思い出す。
最後に道隆にそのことをお願いしよう。
そう思い、健太郎は振り返った。
「――え」
そこに、靄のかかったような人型があった。
「何ともつまらぬ幕引きだ。まさかこのよう茶番で幕を引こうとは」
「――エイゼン」
靄の向こうで、何かがニタリと笑う気配を感じた。
「私の名前を覚えていたか。有望だったというのに……残念だ」
「お前が……お前が俺を……操っていたのか?」
「操るとは心外だ。私はお前にきっかけを与えたに過ぎない。選択したのはお前自身だ」
「ふざけるな! 俺は人殺しなんかしたくなかった!」
「ならば良い教訓を得たな。頭と心は別物だ。思い通りには動かぬと。存分に来世で活かすといい」
「来世……?」
エイゼンの手が健太郎の肩に置かれた。
瞬間、
目の前が黄金の輝きに満ち溢れた。
「お前の正義は愉快であった。お前の氷の槌は痛快であった。それを失くすは惜しい。だから尾辻健太郎、私はお前に、再び祝福を授けよう」
置かれた肩から、何かが流し込まれる感覚があった。それが良くないものであること、自分とは相容れないものであると直感できた。なのに、抵抗できない。指先一つ、ピクリとすら動かすことができない。
心臓が凍結し、鼓動が止まる。
健太郎は目を見開いた。
「あ――」
「心のままに、本懐を果たすがいい」
脳裏に、救いたかった人物の顔が浮かぶ。
「心のままに、なりたいものになるがいい」
脳裏に、子供の頃に憧れたヒーローが浮かぶ。
「全てを許そう尾辻健太郎。お前のその滑稽な願望で――この私を興じさせよ」
それら全てが頭の中から掻き消える。
健太郎は絶叫した。




