罪の所在
「二人とも怪我はないか!」
道隆は息せき切って白亜と健太郎の元に駆け寄った。
「怪我ないように見えるんスか?」健太郎はあからさまに嫌そうな顔をする。「こちとら満身創痍っスよ。怪我がないのは道隆先輩だけだ」
「それだけ喋れるならお前はどうでもいい」
「酷え!」
「白亜ちゃん……の方が重症だな……」
戦闘の一部始終は見ていた。その中で、白亜は健太郎の攻撃の直撃を受けていた。
体のあちこちに擦り傷や切り傷が目立ち、頬には痣もできていた。右腕には凍傷も見える。服の一部も破れており、健太郎の傷とは比べ物にならない。
「私は平気ですよ」
白亜はケロリと言ってのける。
道隆は健太郎を睨みつけた。
「お前、本当、後で、マジで覚えてろよ」
「怖い怖い。道隆先輩、洒落になんないス」健太郎は顔を背ける。「一応、加減はしたんスよ。その時点で、俺の負け確定だったわけだけど。……それはそれとして、すみませんでした」
健太郎の言葉はその通りだろうなと道隆は思った。
健太郎は、白亜を殺すことを望んでいたわけではない。殺す気だったのなら、白亜の傷はこんなものではなかっただろう。
「尾辻さん、謝罪は結構です。ある意味、あなたも被害者の一人なので」
「それは俺が……洗脳されているから?」
「ええ、その通りです。あなたに正常な判断能力があれば、このようなことにはならなかったはずですから」
「正常な……判断能力……」健太郎は小さく呟いた。「そうか。そうだよな。俺は……殺人を犯したのか……」
「健太郎、お前……!」
健太郎は、ようやくそこに至った。
健太郎の脇腹に刺さった銀の杭が、健太郎を正気に戻したのか。きっとそうだろうと、道隆は表情を明るくした。
「気付くのが遅すぎるんだよ、馬鹿野郎」
安堵したように、白亜はその場に座り込んで深く息を吐いた。今の今まで張り詰めていた緊張の糸が途切れたようだった。
道隆は白亜に向き直る。
「ありがとう、白亜ちゃん」
白亜は少しだけ表情を和らげた。
道隆も、照れたような笑みを浮かべた。
「あの、俺を置いてきぼりにしてイチャつくのやめてもらえます?」
「イチャついてねえよ!」
健太郎は仰向けのままでケラケラと笑った。
道隆は咳払いをして、尋ねた。
「まだ、井田を狙うつもりか?」
道隆が尋ねると、健太郎は大きく瞬いた。
「本当のところを言うと、今もそうすべきだと思っています。だって、そうしないと、誰も助からないから」
「健太郎……」
「だってそうでしょう? 俺たちみたいな弱い人は搾取されるばかりで、誰も助けてくれない。自分で自分を助けられない弱い人たちは、どうすればいいんですか?」
健太郎の瞳に涙が滲む。
「どうして、ただ弱いってだけで食い物にされないといけないんスか。俺たちは野生の動物じゃない、人間なのに」
一口でいじめと言えば簡単だ。人間は学習しない愚かな生き物だと達観したことを言ってしまうことができれば、どれだけ楽だろう。
健太郎が求めているのは、そんな燃えないゴミみたいな答えではない。
道隆とて、思うことはある。
なぜ殺人者は法に保護され、司法によって正当に裁かれる権利を持つのに、殺されてしまった被害者には何もないのかと、何者にも守ってもらえなかったのかと。
「許せなかったんスよ。弱い人たちを食い物にする連中が。それを助けない、見て見ぬふりをする連中が。何よりも――自分だけが助かってしまったことが……! だから俺は……俺も、助けたいんだ! 助けてあげないといけないんだ!」
「……分かるよ」道隆は言った。「僕も同じだ。お前が受けた苦しみは分からないけど、その罪悪感は、僕にも分かる」
目の前で惨殺された友人たち。その中で、たった一人生き残ってしまった自分。その現実に苦しめられたかともあったし、今なお苦しく思う。
もしかすると、それがあったから、こんなにも性格が違うのに気があったのかもしれないと道隆は思った。
健太郎は涙を流しながらたははと笑った。
「井田のことは僕に任せてくれ。二度と悪さできないようにめちゃくちゃに脅しておくから。警察にだって突き出してやる。それで――辛抱してくれないか。僕は」
お前が消えるのは寂しいよと、道隆は溢した。
健太郎は驚いた様子だったが、照れたように顔を背けた。
「らしくないなあ」
「こんな臭い台詞もたまには悪くないだろ」
「そっスね。映画的だ。演技力上がりましたね大根役者」
「うるせえよ」
健太郎はいてててと呻きながら体を起こそうとしたので、道隆は手を貸してやる。健太郎は道隆と白亜を交互に見やった。
「まず、奥村さん。本当に、すみませんでした。病院代は当然俺が出すんで」
深々と頭を下げる健太郎に白亜は目尻を下げる。
「頭を上げてください。このくらいの怪我は日常茶飯事なので。それより、一つお聞きしても?」
「……俺に力をくれた人のことですね?」健太郎はううんと唸る。「そんな人がいたってことは覚えてます。けど……はっきりしないんスよ。確かに会ったし、話もしたんだけど、顔も会話の内容もはっきりしなくて」
「名前はどうですか?」
「名前……」健太郎は神妙な顔つきで唸る「確か……エ……エイ……」
エイゼンだ。
健太郎はその名前を絞り出した。
「……エイゼン」
白亜はその、何者なのか分からない誰かの名前を繰り返す。
健太郎が起こした事件を呪いのものと認識できないようにし、健太郎の正義感を捻じ曲げた存在。
その名を頭に刻みつけるような儀式のように道隆には見えた。
「すみません。他に何か思い出したら必ず知らせるんで。約束するっス」
「……ありがとうございます。お待ちしていますね」
健太郎は道隆に顔を向ける。
「井田のことは、任せます」
「ああ、任せとけよ。お前は……これからどうする?」
「自首しますよ。さっきの公園にまだ警察いると思うんで、適当に現実に帰って白状してきます」
道隆は僅かに目を伏せ、しかしすぐに気丈に笑う。
「必要ならいくらでも証言台に立ってやるから、いつでも呼べ。情状酌量もぎ取ってやる」
「私も、お役に立てることがあれば言ってください」
「あらやだモテ期かしら」
ふざけた調子で健太郎は頬に手を当てて笑った。
「道隆先輩、奥村さん、本当にありがとうございました。できることなら、もっと早く会いたかったな」
健太郎は自ら脇腹の杭を抜き、白亜に差し出した。白亜はそれを受け取り、健太郎の血を払う。
健太郎は「では」と片手を上げて歩き出し、二人の元から離れていった。




