vs 氷の心、正義の槌5
突如として地面の感覚も、上下左右の感覚も失い、健太郎は狼狽して悲鳴を上げた。
そこには手掛かりになるものも何もない。
世界が回転する。
持っていた番傘が手から滑り落ち、地面へと落ちていく。
「あなたの力は自分の体に伝うものにしか波及しない……てすよね?」
白亜の声に、健太郎は応じることができない。
「なら、この何もない空中なら力を使うことはできない。これが私の予測でしたが――力を使おうとされないところを見るに、どうやら正解のようですね」
回転する世界の中で、白亜のものらしき姿を認めた。
健太郎を投げ飛ばした後に、自身も跳躍して追いついてきたのである。
白亜は健太郎の肩を摑んで回転を止める。
急激に正常な視界を取り戻したことで、健太郎の脳は酩酊したようにグラグラと揺れた。酷い乗り物酔いのような吐き気を覚える。
視界の端に、白亜の銀の杭が見えた。
――やられる――!
ぞっとして、慌てて白亜へと手を伸ばす。
だが、ただでさえ混乱しきった頭で、そんな悪足掻きが通じる相手ではない。
白亜は健太郎の手を軽く払いのけた。
そして――
「ごめんなさい」
白亜の声と同時に、脇腹からの激痛というトドメを食らった。
健太郎は絶叫する。
杭が脇腹に刺さっている。
落ちたら助からない高さにいる。
その光景と事実に、気が触れんばかりだった。
そんな健太郎の頬を、白亜は叩いた。
「落ち着いてください。痛むと思いますが、表皮を少しだけ刺しているだけです。着地も私に任せて、じっとしていてください」
健太郎はもうそれに従うしかなかった。
ほとんど縋り付くように白亜に身を委ね、地面へと落ちていく。そして、少しの衝撃も感じることなく、まるで羽根のように地面へと降り立った。
健太郎は地面に足をつけるやいなや、その場に仰向けに倒れてしまった。この一瞬で、ありとあらゆる気力を使い果たしてしまっていた。
「白亜ちゃん! 健太郎!」
道隆の声が聞こえた。
見ると、近くのマンションのエントランスから出てきたところのようだった。そういえば、白亜に投げ込まれていたっけと、ぼんやりと思い出した。
脇腹に刺さっている武器は、刺された直後こそ痛みはしたものの、今ではじんわり麻痺している程度の痛みしかなかった。改めて脇腹を見ると、刃物はほとんど脇腹を掠めるような形で刺さっている程度だった。
地面に触れて、力を使おうと試みる。
しかし、あれだけ自在に使いこなすことができたはずの力は、少しも発動しない。それどころか、日差しに焼かれた氷がすでに溶け始めていた。
「――負けか……」
健太郎は呟く。
日差しが眩しく、目の上に腕を乗せた。
足が震えて立ち上がることができない。
思考も虚ろでボンヤリしている。
抵抗しようという気は、完全に消えて失せた。




