vs 氷の心、正義の槌4
白亜は二度、その場で軽く体を跳ねさせる。そして息を止め、疾走を開始した。
夏の日差しが作り出す濃い影をも置き去りにする速度で、ただ真っ直ぐに健太郎へと向かっていく。
スニーカーが氷に触れる、しかしそれが凍り始める前にはすでに、その足はその先の地面を踏んでいた。
凍るより速く、さらに前へ。
人間離れどころか、そこいらの車以上の速度。
健太郎を杭の射程に入れるまで、三秒――二秒すらもかからないだろう。
健太郎はもう一度、向かってくる白亜との間に巨大な壁を築く。それを認めると、白亜は唇を歪めた。
――そうくると思った。
向こうの景色さえ見えない、高さ十メートルほどの分厚い氷の壁。なるほど、これならロケットランチャーの直撃を受けても防ぎきれるだろう。
しかし、白亜はそのような直進しかできない意思のない兵器などではない。
白亜は、まるでライダーのように体を大きく傾け、杭を地面に突き刺す。それを軸にグリンと体を回転させて進行方向を切り替えた。
壁の向こうの健太郎は、その自らが作り出した壁の向こうで何が起きているのかを見ることができない。
だから――一瞬で壁を迂回し、健太郎の真横に現れた白亜への反応が遅れた。
「速――」
言葉と同時に、健太郎の周囲の地面に氷柱の先端が見えた。だが、それより伸びるよりも白亜の杭の方が早かった。
――届く。
健太郎の右肩を狙う。杭は銀の軌跡を引き、寸分の違いなく標的の元へと走る。
「くそ!」
それは破れかぶれの行動だっただろう。健太郎はずっとその手に持っていた番傘を開いた。
狙いが、覆い隠された。
白亜の杭はほんの僅かだけ狙いを逸れ、健太郎の二の腕をほんの数ミリ裂いただけに留まった。
健太郎は振りかぶった番傘を、叩きつけるように地面に落とす。
――まずい!
白亜は急いで後退する。
それを追うように、振るわれた番傘と接した地面から氷の塊が勢いよく放たれた。
至近距離からのその攻撃を避けきることはできず、数発が白亜の体に直撃する。
歯を食い縛り、耐える。
目眩がするほど痛かったが、あの黒い翼の金目ほどの威力ではない。
白亜はもう一度、痛む体を無視し、健太郎を中心に円に疾走する。動き続けなければ、健太郎が作り出した氷のフィールドに凍らされて終わりだ。
だが全力疾走はいつまでも続くものではない。
長期化すれば、あらゆる面で敗北する。
健太郎の目の輝きがさらに増す。
呪いの気配が増大する。
健太郎は左足を踏み込んだ。
バキバキと乾いた音を響かせながら、健太郎の踏み込んだ足を中心にさらに氷が広がる。
健太郎の命令に従うように白亜を追い、あらゆる方向から逃げ道を塞いでいく。
まるで無数の蛇が、一匹の獲物に同時に襲いかかるように。
――なるほど。
しかし白亜は冷静だった。
あまり時間はない。
余裕等ありはしない。
しかし付け入る隙はある。
杭を強く握り込んで、白亜は踏み込んだ。
健太郎は目を見張る。
健太郎は愚かではない。
向かってくる白亜との間に、視界を殺す壁などはもう作らなかった。
「そんなので止まるわけないっスよね」
健太郎は番傘を閉じ、それを振るった。
「だったら、もう少し乱暴にさせてもらいますよ!」
振るわれた番傘に押し出された空気が、氷点下の突風となって白亜の体に叩きつけられた。
その冷気は白亜の表皮の水分を瞬く間に奪い去る。
唇が割れ、口の中に血の味が紛れ込む。
皮膚の一部が凍結するのが分かった。
「く――!」
文字通り、身を切る風に逆らって、さらに白亜は足を踏み込んだ。
それで怯んで後退するだろうと確信していた健太郎は愕然と目を見張る。
それは、純粋な戦闘経験の差によるものだった。
健太郎は金目を相手に訓練をしてきたが、相手は抵抗することを許されない木偶の坊でしかなかった。
対して白亜はこの一年間、死に物狂いで金目と対峙してきた。負ければ死ぬという環境で生きてきた。
怯むだろうという予断を下して安心してしまった時点で、健太郎は致命的に失敗したのだ。
ダメージも厭わず突風を突破し、白亜は再び健太郎を杭の射程に収める。その白亜に対し、健太郎は咄嗟に反撃に転じることができない。
白亜は隙だらけの健太郎の腕を掴み、体をグルリと一回転させ――
「飛べえぇっ!」
――空高く、投げ飛ばした。




