vs 氷の心、正義の槌2
「スタンガンなんてよく持ってたね?」
「持ってませんよ。防犯グッズの専門店から拝借しておきました」
「万引きだ……」
「ガソリンスタンドを爆破したテロリストに言われたくありません」
道隆は嫌な視線を白亜に投げかける。
道隆はポケットからスマートフォンを取り出す。電波状態は圏外となっている。
健太郎を説得している間、道隆のスマートフォンは白亜と繋がっていた。白亜が危険を察知したらすぐに駆け付ける手筈としていたのである。
「まったく、あまり無茶をしないでください。動くなと言われたときはどうしようかと思いましたよ」
白亜は横目で道隆を非難する。
道隆ははははと乾いた笑みを漏らした。
「けど、あそこで健太郎を逃がすわけにはいかなかったし、確実に奇襲を成功させるならもっと油断させた方がいいと思ったんだ」
「よくもまあ、あの一瞬でそこまで考えを巡らせることができたものです。その胆力だけは見習うべきですね」
「本当にそう思ってる?」
道隆は地面に倒れた健太郎を見下ろした。
「これからどうする?」
白亜はスタンガンを雑に投げ捨てると、その手に銀の杭を握った。
尋ねはしたものの、やるべきことはすでに聞いている。銀の杭は呪いの力を無効化する力を持つ武器だ。大した傷にならないように刺しておけば、その間は健太郎の力を封じることができるはずという目論見である。
その後は時間をかけて説得するしかない。
「そう言えば、健太郎をどこに連れて行くかは決めてなかったな。君の部屋には井田がいるし、同じところに押し込むわけにはいかないだろ」
白亜は少し思案し、答える。
「尾辻さんを確保できた以上、あの人はもう用済みです。警察に放り込みましょう」
まるで空き缶か何かのような言い方だった。しかし、そうするしかないだろう。せめて逃がす前に、これ以上悪事を開いたらどうなるかを散々脅しつけておかなければと、健太郎を見ながら考えた。
その健太郎の体に、再び冷気が集っていく。
「それはいいことを聞いたなあ」
「え?」
冥府の底から響くような、冷たい、しかし歓喜に満ちた声。
ムクリと、健太郎は体を起こす。
即座に白亜は健太郎を抑えにかかったが、ほんの僅かだけ健太郎の方が早かった。健太郎を取り囲むように氷の壁が立ち上がり、白亜は進行を阻まれる。次いで、そのカベが炸裂するように粉々に砕け、飛び散る破片から逃げるように、白亜は道隆を引きずって飛び退いた。
「どうして……?」
白亜は呆然と呟き、地面に落ちたスタンガンを見やる。瞬間、地面から突き出た氷柱がスタンガンを串刺しにして破壊した。
「道隆先輩も奥村さんも悪い人だなあ。いきなり背後から電気ショックなんて、俺はお笑い芸人じゃないんスよ」
健太郎は体の調子を確かめるようにその場で三回ほどジャンプし、手足をブラブラと揺らした。まるで準備運動である。
「お前、電気が効かないのか?」
道隆が尋ねると、健太郎はそんな馬鹿なと笑った。
「俺は普通の人間っスよ。電気が効かないわけないじゃないスか」
そう言って、健太郎はシャツをたくし上げる。
その腹と背中を、青白い鮮やかな氷が覆っていた。まるで、鎧のように。
「氷は電気を通しにくいって中学で習いませんでした? 道隆先輩が急に素直なんで何かあると思って備えてたんスよ。まさかスタンガンとは思わなかったけど、ま、結果オーライだ」
ちょっとだけビリビリしましたと、相も変わらず飄々と言う。
健太郎は数歩前に出てきて、後ろのマンションを振り返る。
「井田はこのマンションの中にいるんスね? こっちにいるんスか? それとも現実の方?」
「――現実の方です」
「本当かな? ちょっと試してみましょうか」
健太郎はつつくようにマンションの壁に人さし指を突き立てる。目に見えそうなほどの冷気がそこに集中していき、木の根のように氷がマンションを這い上がった。
学生向けの細長いマンションが、一瞬にして一本の氷柱へと姿を変えた。
「――」
絶句する。
小さめとはいえ、マンションを瞬く間に完全凍結させるその途方もない力。それだけの力を行使するのに、どれほどのリスクがあるのか。それ以上にもう一つ、道隆を叩きのめしたものがある。
健太郎の目が、黄金色に染まったのである。
「健太郎……お前は……」
道隆は勢いよく白亜に顔を向ける。
白亜は健太郎から目を離すことなく、苦虫を噛み潰したような渋面を作った。
「すみません。あまりに残酷な話なのでぼかした言い方をしていました。呪いの力を使いすぎれば世界の法則から弾き出され、異界から戻れなくなる。この話に嘘はありません。ただ」
白亜は一度唾を飲み込み、続けた。
「世界の法則から外れた生物はすでに綾瀬さんも見ているはずです。あれは――呪いに染まった人間の成れの果てなのです」
「ま……さか……」
白亜は頷いた。
「金目は、呪いの力を乱用した、元は人間だったものです」
健太郎の目が、さらに強く黄金を纏う。
そして次の瞬間、凍りついたマンションは木っ端微塵に砕け散った。
「尾辻さんは今……金目になりかけています」
言うが早いか、白亜は道隆の手を掴むと、凄まじい力で上空へと放り投げた。
道路はマンションとは反対側のビルの屋上に叩きつけられ、そこから白亜のマンションが跡形もなく崩壊するのを見た。
「白亜ちゃん!」
氷の粒が散乱し、地面もそこにいる白亜と健太郎の姿も見えなかった。




