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アウスコトマ  作者: 屋形湊
第三章
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vs 氷の心、正義の槌1

轟木と中村の姿はない。周囲は静まり返り、蝉の声一つ聞こえない。何度訪れても慣れない異常空間の中で、道隆は健太郎と相対する。

道隆は健太郎から三歩ほど後ずさる。健太郎はそんな道隆を冷めた目で見つめた。


「あんなタイミングで警官が出てくれば、僕が連れてきたと思うのが自然だよな。けど僕は無実だ」


「そんなのはもうどっちでもいいっスよ」健太郎は東屋の柱にもたれかかる。「どうして、追ってきたんですか?」


道隆はすぐには答えることができなかった。異界に逃げようとした健太郎を追ったのは、ほとんど無意識だった。

白亜を伴わずに異界に行くことの危険性は嫌という程知っている。だが、それでも体は勝手に動いた。


「このままお前を行かせれば、それこそ二度と戻ってこないような気がした」


健太郎は小さく笑う。


「不本意ながら、俺は警察に捕まるようです。まあ、それはいいとしましょう。けど、その前に――道隆先輩、あの害虫の居所を教えてください」


「断ったらどうする?」


健太郎の背後で、ヌルリと奇妙な気配が蠢いたように感じた。それに呼応するように、健太郎の表情が暗く落ち込んでいく。


「井田がこっちにいないなら、こっちで探し回る意味はない。とはいえ現実に戻れば警察に捕まる。俺はもう、先輩から聞き出す以外にないんスよ。だから」


腕すぐでも聞き出します、と健太郎は言った。

それは、紛れもない脅迫である。

しかし道隆はくだらないと鼻で笑う。


「お前の掲げる正義ってのは、僕を力で脅すことが許されるもんなのか?」


「何とでも言えばいっスよ。道隆先輩に分かりますか? 理由もなく虐げられ、蹂躙され、消えてなくなりたいとさえ思う終わりの見えない底なしの絶望が」


風の流れが変わる。

健太郎に吸い込まれるように風が吹き、みるみる気温が下がっていく。

健太郎の吐く息が白く染まり、地面には霜が下りる。


「幸い俺には助けてくれる人がいました。俺は恵まれてたんスよ。でも、そんな人がいない人はどうするんスか。今まさに助けを持っている人は、一体誰が助けるんスか。俺も、そんな状況で苦しんでいる人を助けてあげたい。一秒でも早く、もう大丈夫だよって安心させてあげたい。あいつらが消えれば、あの人たちは間違いなく救われます」


健太郎は一つの淀みもなく言い切る。

健太郎が井田たちの車で何を見たのか、健太郎は想像もできない。知りたいとすら思わない。だが、それが最低最悪のもので、健太郎の最大の動機となっていることだけは伝わってくる。


「お願いです。俺は本当に、道隆先輩に酷いことなんかしたくないんス。だから、井田の居所を教えてください」


道隆は腕組みをし、足元にまで迫った霜に目を落とす。冷気がスニーカーを貫通して爪先を刺し、電流のように寒気が走る。


道隆は健太郎に視線を戻す。どこまで正気なのか分からないが、健太郎には少しの揺らぎも見受けられなかった。


「僕が仮にそうしたら、お前はどうするつもりだ?」


「今さら言うまでもないでしょう?」


「人殺しは犯罪だ。お前はそれを分かっているのか?」


「何度も言わせないでください。俺が殺しているのは人じゃない。ゴキブリを殺して罪に問われますが?」


この点だけが、本当に噛み合わない。こんな子供でも分かるようなことさえ理解させられれば話は終わりなのに、健太郎には届かない。

健太郎の認識を捻じ曲げているものの正体さえ分からないのなら、これ以上の説得は不可能だ。


――つまりゲームオーバーだ。


道隆は東屋の屋根を見上げて嘆息する。


「……分かったよ。僕の負けだ」


「は?」


「井田の居所だろ? 教えてやるよ」


眉をひそめる健太郎に、道隆は唇を尖らせる。


「何だよその目は。お前の言う通りにするって言ってるんだぞ。それを疑われるんなら、僕は一体どうすればいいんだ」


「それは……そうスけど。先輩の割には物分りが良すぎないっスか?」


「それどういう意味だ」道隆はため息をつく。「これ以上お前に力を使わせるわけにはいかないって言ってるだろ。そのお前に力を使わせるようなことをしたら本末転倒じゃないか」


――ごめん、白亜ちゃん。


心の中で、説得の機会を与えてくれた白亜に謝罪する。

気温は、まるで気が抜けるように真夏のものに戻っていった。地面に降りた霜は瞬く間に消え、肌に湿りをくれる。


道隆は健太郎に背中を向けて歩き出す。


「ちょ……どこに行くンスか?」


「現実世界に戻ったらお前は警察に追われる。異界から井田のいる所に行くんだ。すぐそこだから心配するな」


健太郎の顔を見るのが辛く、道隆は振り向きもせずに歩く。

金目が現れる気配はない。この辺りの金目はあらかた白亜が倒していると言っていた上、不自然にその姿を減らしている。遭遇する可能性は極めて低いだろう。


五分ほど黙ったまま歩いて、道隆は足を止めた。


「ここは?」


道隆は目の前のマンションを見上げる。


「白亜ちゃんの住んでるマンションだよ。井田は白亜ちゃんの部屋だ」


「何だ。絶対に見つけられない場所って言うからどこかと思ったら、めちゃくちゃ単純な場所じゃないスか」


「うるさいな。ああ言えば諦めると思ったんだよ」


「短絡的だなあ。諦めるわけないじゃないスか」健太郎はエントランスに向かって足を進める。「オートロックみたいスね。こっち電気通ってないんで、ここは壊しますよ」


「いや、その必要はない」健太郎は右手を軽く振る。「ここが終点だから」


「何を――」


言っているんスかという言葉は、健太郎の唇から雲散霧消した。

突如として健太郎の背後に音もなく白亜が舞い降り、直後、バチンと鋭い音が響いて健太郎は倒れた。


白亜の手には、スタンガンが握られていた。

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