呪いの話
「おはようっス、道隆先輩」
いつもと変わらぬ調子で、手を振りながら健太郎はやってきた。反対側の手にはなぜか赤い番傘があった。
「何だよそれ?」
「会長の家に行くとき借りてたじゃないスか。せっかくなんでこの後返しに行こうかと」
場所は、少し前に白亜と立ち寄った公園の東屋。道隆がそこを指定し、健太郎を呼び出した。平日の朝なので、今日も今日とて公園の利用者はいない。たまに散歩中の人が通り過ぎていく程度である。
道隆はベンチに腰掛けたまま健太郎を迎えた。
「んで、話ってなんスか?」
「何だと思う?」
「え、俺ってばもしかして告白されようとしてる?」
いつもと同じ明るい声音とふざけた態度。とても、二人もの人間を凄惨な方法で殺害した人物だとは思えない。
道隆は、そんな友人の姿が悲しかった。
「白亜ちゃんに会ったらしいな」
「あ、やっぱその話スか」健太郎は番傘で何度か地面を叩いた。「彼女さんがそうなんだもんな。道隆先輩もそうなんじゃないかと思いはしました」
「白亜ちゃんは彼女じゃないよ」
「ふうん。じゃどういう関係で?」
「それは……」
何なんだろうと、道隆は答えに窮する。彼女でもないことは言うまでもないが、友達かと言われればそれも違う気がした。
道隆はかぶりを振る。
「そんなことはどうだっていい。健太郎、僕から言いたいことは一つだ」
「なんスか?」
「これ以上、力を使うな」
健太郎は退屈そうに番傘を開き、くるくると回し始めた。
「おい聞いてるのか」
「聞いてますよ。力ってのはこれでしょ?」
健太郎が軽く足を踏み鳴らすと、そこを中心にパキパキと音を立てて地面がスケートリンクのように凍結した。
知識として健太郎が力を持っていることは知っていた。しかし、やはり実際に見るとショックが強く、道隆は言葉を失う。
氷はすぐに、夏の日差しに溶けて染みとなった。
「道隆先輩は、俺が何をしようとしているのか奥村さんから聞いたんですよね?」
「聞いたよ」
「なら、どうして力を使うななんて言うんです?」
健太郎は尚も番傘を回す。
「健太郎、よく聞け。お前のその力を使い続ければお前は二度と」
「俺は、この世を良くしたいと思っているだけっスよ」
唐突に健太郎は道隆の言葉を遮った。
「それは分かってる。だけどそれは」
「それが悪いことだとでも言うつもりですか」
白亜が、説明しようとしたけど聞こうとしなかったと言っていたことを思い出す。それがこれかと、道隆は腹がムカついた。健太郎の言葉など無視し、声量を上げて無理やり最後まで続けた。
「お前は二度と異界から戻ってこれなくなるんだ!」
回転する番傘がピタリと止まる。
健太郎は番傘をバサリと閉じ、東屋の柱に体を預けた。
「いいか健太郎、よく聞け。その力はこの世にあっちゃいけない呪いなんだ。それを使えば使うほどこの世から離れていって、異界に弾き出されちまうんだよ」
「そんなことは聞いていません」
「誰に何を聞いたのか知らないけど、お前は騙されてるんだよ」
「奥村さんもそんなことを言ってました。けど、あの人は本当のことを言っていましたよ。あの人の言った通り、俺はあっちの世界に行き来できるようになったし、練習用の化け物たちも用意してくれました。はっきり言って、疑う理由がないんスよ」
「どこのどいつかしらないけど、そいつは僕よりも信用できるのか?」
「なんスか。珍しく自己評価高いじゃないスか」
茶化すように健太郎は笑うが、道隆は神妙な表情を崩さない。健太郎はふうと息を吐いた。
「道隆先輩のことは信用してるっスよ。けど、道隆先輩は実際そうなった人を見たことがあるんスか?」
「それはないけど……」
「大方奥村さんに聞いたんでしょ? だったら、あの人と道隆先輩のどっちを信じるかじゃなくて、あの人と奥村さんのどっちを信じるかって話じゃないスか。俺、奥村さんのことはよく知りませんし、信用しろって方が無理っスよ」
「僕は白亜ちゃんのことを信用してる。白亜ちゃんのことを信用してる僕を信じろよ」
「うわ、名言だ」
健太郎はヘラヘラと笑う。まともに取り合うつもりはないようである。
信じる信じないという話では埒が明かない。使えるものは何でも使えと、道隆は切り口を変える。
「総司会長から聞いたよ。お前、僕が昔巻き込まれた事件のこと知ってるんだよな?」
健太郎は笑みを消す。苦笑いを浮かべながら「ついにバレちゃいましたか」と言った。
「隠していたことは、申し訳ないス。後ろめたくて言い出せなかったんスよ」
「そんなことはいい。僕が言いたいのはそんなくだらないことじゃない」
「くだらない……スか」
「健太郎、あの事件の犯人、最近死刑が執行されたんだ。知ってたか?」
「え? まあ、ニュースで見たような気はしますが」
「犯人の名前は覚えてるか?」
健太郎は番傘の柄尻に両手を乗せ、さあと首を傾げる。
「犯人は、奥村地球乃という名前だ」
「奥村……?」
「白亜ちゃんは、その犯人の妹なんだよ」
二人の間に沈黙が下りる。健太郎は困惑して、道隆はそれを観察して。
公園に鳩が舞い降りる。餌を探しているのか、キョロキョロと首を動かしたり地面をつついたりと忙しない。
「どうして急にそんなことを?」
健太郎はおずおずと口を開いた。
「白亜ちゃんは、あの事件はお前の持っているような力や金目が何か関係しているんじゃないかと考えている。つまり、兄は冤罪で死刑となったんじゃないかってな」
「それは……気の毒に思うけど……。どうしてそんなことを俺に?」
「白亜ちゃんは、お前の持つその力や金目に兄を奪われている。事実はまだ分からないが、彼女はそう信じている」
いいか健太郎と道隆は続けた。
「あの子はその呪いに人生をめちゃくちゃにされた。そんなあの子に、同じ呪いに振り回されて破滅に突き進むお前を騙す理由なんかあると思うのか? あの子は真摯に、お前を助けたいと願っているんだ」
白亜はまだ道隆に全てを語ってはいない。それは道隆も察している。それでも道隆は、白亜はそう願っているはずだと確信している。
白亜は道隆の抱えた絶望的な呪いに対し、心を抉ってまで苦悩して、手段はどうあれ道隆を救おうとした。あのときの涙は、彼女が昔のように優しいままであることの証左だと、道隆は信じている。
「そんなことを、俺に言われたって。それでも、俺は……俺にはやらないといけないことが」
健太郎の目が泳ぐ。
道隆は強く健太郎の名前を呼び、その視線を自分へと引き戻す。
「白亜ちゃんはお前を騙したりしない。僕が保証する。もしも白亜ちゃんがお前を騙していたらそのときは――学長室の目の前で裸踊りでもしてやるよ」
健太郎はポカンと呆けた後、「真剣な顔して何を言ってんスか」と噴き出した。




