とある悲劇について2
きっかけは大したことではなかった。
小柄であること、気弱だったこと、可愛い顔をしていたこと――ケダモノ共にしてみれば誰でも良かったのだろう。それがたまたま、健太郎だっただけのことで。
最初はからかわれたり使いパシリをさせられる程度のものだったらしい。言えば言うことを聞く小動物――ポチと呼ばれていたそうだ。ペットにつけるには愛くるしい名前だが、人の呼称としてはあまりに侮蔑的な呼称である。
そして、いじめの内容はエスカレートしていった。
暴力を振るわれたり笑いものにされるのは日常茶飯事のこと。その様子を見ていた教師もいたそうだが誰も止めようとはしなかったそうだ。それどころか「やりすぎるなよ」と言う教師までいたという。
好きでもない女子に告白させられ、付き合わされたこともあったという。それはケダモノ自身によって悪意混じりに暴露され、健太郎はクラス全体から白い目で見られるようになった。このとき健太郎は自分のことよりも、傷つくことになったその子に申し訳ないと泣いたそうだ。
そうやって、健太郎は次第に学校から居場所を失っていった。所属していたテニス部からも、その悪評が吹聴され退部せざるを得なくなった。健太郎は、子供の頃からテニスが好きだったのに。
孤立しても、健太郎は学校に行くことはやめなかった。ケダモノたちはそれが面白くなかったのか、本格的に暴行を加えるようになった。肉体的にも、精神的にも、性的な暴行すらあった。えげつないのは、その様子を全て撮影されていたことだ。
健太郎は、それを家族に見せるぞと脅されていた。家族に心配をかけたくないと、道隆はケダモノに従うしかなくなっていってしまった。
ケダモノは健太郎をおもちゃのように扱った。特に理由もなく暴力を振るわれ、持ち物は全て奪われ破壊され、健太郎は学校に消しゴムの一つすら持ち込めない状態だった。
そんなことになっても健太郎が学校に通い続けたのは、ひたすらに家族に迷惑をかけたくなかったからだったそうだ。
優しい人間なのである。しかし、その優しさは、健太郎を守ることなくただただその身を抉り続ける原因となった。
ケダモノたちは、健太郎の写真や動画を売り始めた。この動画に出ているのが健太郎であることに学校が気付き、健太郎は停学処分とされた。
処分されたのは、健太郎だったのだ。
そこに至って、健太郎は全ての事情を学校側に説明したが、学校はいじめを認定せず、ケダモノたちにも何も処分をしなかった。健太郎一人を処分するのと、複数の加害者を一斉に処分するの、どちらが学校のイメージを下げるかなど考えるまでもないことだからだ。
被害者が罰せられ、加害者が保護される。
この事実に絶望し、健太郎は高校を辞めた。
一年近く部屋から出られない状態が続いた。健太郎の両親は、加害者やあの高校の近くにいても毒にしかならないと判断し、従兄弟の総司の家に預けられることとなった。
総司は、当時の健太郎は死にたがっているように見えたという。放っておくことはできず、総司は毎日のように実家に帰っては懸命に健太郎の世話を焼いた。遊びに連れ出し、一緒に映画を見て、勉強を教え、生きる目標を与えようと同じ大学に来ないかと誘った。
その甲斐あって、健太郎は徐々に回復していった。
いつしか健太郎は弁護士を夢見るようになった。自分のような誰にも頼れす、誰も助けてくれずに苦しんでいる人を助けたいのだそうだ。
一年以上のハンデがあったが、健太郎は死に物狂いで勉強して現役で大学に合格してみせた。
大学に入ってからは、健太郎は見違えるように明るくなった。道隆という気の合う友人と早々に出会えたことも大きかっただろう。
塞ぎ込んでいたときの暗い影は、今やまったく見ることはない。総司が撮った映画は、毎日楽しく過ごしているということを健太郎の家族にも伝えるために作ったものでもあったと総司は白状した。
道隆がいなければ、こんなに早く健太郎が立ち直ることはなかっただろう。映画の撮影にもとことん協力してくれた。
だから、道隆には心の底から感謝している。
総司はそう結んだ。
一気に語り終えると、総司はぐったりと椅子にもたれかかってしまった。こんな話はしたくなかったことだろう。それでも話してくれたことに道隆は感謝した。
総司は疲れたからもう一度寝ると言い、汚れた床の上に横になった。道隆はありがとうございましたと言って部室を出る。
学生会館を出て空を見上げると、星が微かに瞬いているのが見えた。
「馬鹿野郎」
道隆は誰に言うでもなく呟いた。
「どいつもこいつも、馬鹿野郎だ」
自分が何かをされたわけではない。けれど闇雲に悔しかった。悔しくて涙さえ流れそうになった。今から白亜のところに行って、井田の首根っこを摑んで健太郎の前に引きずり出してやりたいとすら思う。
弛緩するように息を吐く。
それが許されないことも、理解できていた。
なぜ、加害者を守らなくてはならないのか。
結局自分たちは、健太郎を裏切った学校と同じことをしているのではないか。そんな取り留めもないことを考えていると、ポケットの中のスマホが鳴った。
健太郎からの着信だった。
「馬鹿野郎……」
もう一度、自分に向けて道隆は呟いた。




