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アウスコトマ  作者: 屋形湊
第三章
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糾弾

その後、今後のことを軽く打ち合わせて、井田が目を覚ましたことを区切りにしてホテルを退室した。


井田の身柄は白亜が預かることになった。

当然ながら道隆は猛反対した。白亜の部屋の敷居など一歩たりとも跨がせてなるものかとやはり道隆は頑なに主張したのである。

しかし、健太郎と関わりの浅い白亜が預かった方がいいこと、万が一見つかっても守ることができること、井田が暴れても止めることができることの三点の論拠により、道隆は論破された。


健太郎から守るため、という点についてはその通りだが、井田が暴れることは万に一つもないだろうと道隆は思う。白亜を見る目が、異界に閉じ込められていたとき以上に悲壮な面持ちだったからだ。


ホテルを出たとき、時刻は18時半だった。街並みはやってきたときとは様変わりしている。

周囲はカップルが多く、閉まっていた店は明かりを灯し、にわかに騒がしくなってくる。こういう雰囲気の場所は、道隆は苦手だ。


しかし井田は違ったようで、人がいるという事実に快哉を叫んだ。


「やった! やったぞ! やっと戻れた!」


「良かったですね」白亜はあらぬ方向を見つつ、どうでもよさそうに言った。「この近くに尾辻さんがいるかもしれないというのに、随分と楽しそうで何よりです」


井田の顔色がさっと青くなり、壁の方に顔を向けて縮こまる。白亜はそれをゴミでも見るような目で見下ろした。あまりに凄まじい嫌悪で、道隆の出る幕がない。勢い余って殺してしまいやしないかとヒヤヒヤする。

そんな道隆の視線に気付き、「そこまで短絡的ではありません」と白亜は先手を打つ。「何も言ってないよ」と道隆は軽く返した。


「な、なあ……」井田が半笑いの媚びるような目を白亜に向けた。「も、もう俺には用はないよな? 俺、か、帰るから」


「帰るってどこに?」


井田は噛みつくような目を道隆に向けた。道隆の方は格下に見られている様子である。


「地元に決まってんだろ!」


「地元って、お前なあ……。健太郎と同じ高校だってんなら、健太郎がそこまで探しに行くとか考えないのか?」


「そんなの知るかよ! ここにはあの野郎がいるんだ! 命がいくつあっても足りやしねえ! 化け物もいないここなら、どこへでも逃げられる。そうだ、警察に行って」


「人を散々嬲りものにしておいて、いざ自分の身が危うくなったらお巡りさんに泣きつくのですか。にゃあにゃあ泣けば助けてもらえる子猫ちゃんはいいですねえ」


白亜は嘲るように言う。心底うんざりしているようだった。


「な、なに――? お、俺に……何ができるって言うんだよ! お前ら、俺を、助けてくれたんじゃ」


「笑わせないでください。どうして私があなたのような人間を助けないといけないのですか? あなたを連れて帰ったのは尾辻さんにこれ以上の殺人を犯させたくないからと、最悪尾辻さんを誘い出すための餌に使えると思ったからです」


「な――」


容赦のない冷たい言葉に、井田を顔を真っ青にして絶句する。まさに、天国から地獄といったところだろう。


「嫌ならどうぞ警察へ行ってください、止めませんので。そのときはきっと、猟奇殺人事件の重要参考人が見つかったと大きく報道されるでしょうね。異界を経由さえすれば警察署だろうが皇居だろうが侵入できるあの人がそれを知った後にどんな行動を起こすか、想像してみただけでワクワクしませんか?」


言葉を交わすことすら穢らわしいと言わんばかりに白亜は捲し立てる。その一言一句が、井田を徹底的に追い詰める。


「な、なら――」井田は、それでも逃げ道を探すように目を泳がせながら言った。「全然知らない所に、逃げれば、それなら」


「あなたのような人間が裸一貫で縁もゆかりも無い場所に行ってどう生活するのですか? どうせすぐに空き巣なり強盗なりに手を染めるのでしょう。そんなことをさせるくらいなら、私がこの手で今すぐに、警察署に放り込みますが」


「そんな……そんな……俺が、何をしたって」


井田は言いかけた言葉を飲み込んだ。それは彼のなけなしの良心だったのか、それとも自分に注がれる視線が恐ろしかったためか――後者だなと道隆は断じる。


「私たちは尾辻さんを何説得して止めようとしています。死にたくないのなら、あなたは私たちに従う以外にありません」白亜はコツコツと自分のこめかみの辺りを指で叩いた。「どうするのが賢明か、その足りない頭でよーく考えてみてはいかがですか?」


井田は、今度こそあらゆる逃げ場を失い力なく項垂れた。白亜は心底軽蔑した視線を井田に投げかける。今にも唾でも吐きかけそうである。


「怖あ……」


道隆は思わず呟く。

白亜は道隆を一瞥すると、気まずそうに顔を背ける。自分の怒りが度を越していることを自覚しているようだった。

ここまで白亜が激怒するのを道隆は見たことがない。当然、井田への怒りは道隆とてあるのだが、白亜のそれの前では霞んでしまい、何を言っても空々しい言葉にしかならない気がした。

嫌なことを思い出したと、白亜は言っていた。

彼女に何があったのだろうかと、道隆は疑問に思った。


白亜が井田を連れて――もとい、連行していき、大通りでタクシーを捕まえるのを見届けてから、道隆も活動を開始する。


ポケットからスマホを取り出し、迷わず健太郎の連絡先を呼び出す。だが、コール音が十回を超えても、健太郎は応じなかった。


一度下宿先に戻って折り返し連絡が来るのを待とうと、スマホをポケットに仕舞い、近くの駅へと歩き出した。

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