作戦会議
道隆が健太郎に関する情報の共有を受けたのはホテルに、現実世界のホテルに戻ったときだった。帰り道は井田の重たい体を引きずることで精一杯で聞く予定がなかったのだ。白亜は自分が運ぶと言ったが、白亜に触れさせたくなかったので道隆は意地でも自分で運ぶと言って譲らなかった。
おかげでホテルに着き、ベッドに井田を放り投げたときには全身汗まみれだった。
白亜は、ソファに座って淡々と事実だけを話した。
道隆は床にあぐらをかいてそれを聞いた。事前の予告があったためか、不思議と落ち着いて聞くことができた。
健太郎が異界へ出入りしていること。
呪いの力を使っていること。
猟奇殺人を犯した犯人であること。
井田を狙っていること。
そのどれもが受け入れ難い事実である。
それに、健太郎は自身の行いをまるで悪いことだと感じていないという。また、あの異常な事件を少しも異界と絡めて考えることができなかったこと。
この、人の認識が不自然に歪められるのは、地球乃の事件とよく似ている。
「尾辻さんを、今すぐに捕まえないといけません」白亜は深刻な表情で言う。「情報源であることももちろんそうなのですが、あの調子で力を使っていればすぐに限界がきます。今すぐ止めないと、取り返しのつかないことになります」
「力を使いすぎれば世界の法則から弾き出されて、異界から戻れなくなる……だっけ?」
健太郎が世界の法則から弾き出されて、異界に閉じ込められる。そんなこと、許せるはずがない。
「そのこと、あいつには」
白亜はだめでしたと肩を落とす。
「説明しようとしたのですが……聞こうとされないのです。まるで、それを聞いてはいけないと分かっているような。もしくは」
誰かに操られているようなと、小さく落とす。
操られているかと道隆は呟く。
「金目は、あのお方がどうとか言ってたんだよな。それに健太郎も誰かに異界へ行き来する力を貰ったと。操るとしたら、そいつか」
「分かりません。それらが同じ存在なのかどうかも、今はまだ情報が足りません」
「やってることも意味不明だ。要するにそいつは、健太郎に人殺しをさせてるってことになるけど、何のために?」
白亜は答えなかった。知るはずがないし、彼女の言うように情報が圧倒的に不足しているのだ。
道隆は白亜の傍らのトートバッグに下がるプテラノドンを睨んだ。
「おいこら不細工。お前はいつまで黙ってるんだ。何か知ってるんだろ。とっとと吐け」
プテラノドンは冷めた声で答える。
「知らねえな。俺が何でも知ってると思ってんじゃねえよ」
「いいですよ綾瀬さん。どうせそれは答えません。当てにするだけ時間の無駄です」
「そうそう。分かってるじゃねえか小娘。黙っててやるから、お前らで勝手に頑張りな」
プテラノドンはあくび――のような音を出して、押し黙ってしまった。こいつは寝るのかと一瞬考えたが、どうでもいいことだと道隆は気を取り直す。
とにかく、今は何が何でも健太郎を捕まえることが最優先だ。捕まえなければ話を聞くどころか説得もできない。
「……となると、どうやって捕まえる? 聞いた感じだと、物凄く厄介な力を持ってるんだよな。いや、そもそも使わせちゃいけないのか」道隆は顎に手を置いて唸った。「力を使わせずに捕まえるって、それ不可能では?」
捕まえようとされて抵抗されないはずがない。抵抗されれば力を使うだろう。
ピンと閃き道隆は手を叩いた。
「そうか闇討ちか」
「何を一人で物騒なことを言っているのですか。冷静に見えましたが、さては混乱されてますね」
「そのようだ」
健太郎がすでに、凄惨な方法で人を二人も殺したということが未だに信じられない。普段の健太郎を知っているからこそその事実と結びつけることができず、脳が不具合を起こしている。
「捕まえるのは楽じゃないよな。何せ君が敵わなかったくらいだし」
その言葉に、白亜がほんの一瞬不満そうに頬を膨らませるのを道隆は見逃さなかった。
「どうでもいいですけど、私は全力を出していませんでしたからね。相手は金目じゃなくて人間だったんですから」
「分かった分かった。ごめんごめん」
道隆が両手を合わせると、白亜は「別にいいですけど」とそっぽを向く。不貞腐れたようだった。
「……リスクが大きすぎますので、力ずくは最後の手段です。まずはそれ以外に取れる手段を講じましょう」
「と言うと?」
「あなたです」
「僕?」
「綾瀬さん。あなたが尾辻さんを説得してください」
道隆はしばし沈黙する。部屋の外から聞こえる誰かの足音と、スピーカーから聞こえる流行りの音楽が耳に痛い。
すぐに応じることができなかったのは、嫌だったからでも、健太郎が怖かったからでもない。もしろ、それしかないことは分かっていた。それを自分から言い出すことができなかったのは、単に自信を持てなかったからだ。
「僕に……できるんだろうか?」
相手は親しんだ相手だとは言え、白亜の言葉から察するに正常な判断能力を失っている。自分の行いに一切の疑問を抱いていない。そんな相手に自分の言葉が果たして届くものだろうか。
「はっきり言って、見込みは薄いです」
白亜は正直に、どこか薄情に思えるようなことを口にする。
「呪いの力は、使えば使うほどその精神に食い込んでいくので、どんどんその力が異常なものだと認識し辛くなっていきます。尾辻さんもすでにそこまで進んでいるように思いました。私も……そこまで進んでしまった人の説得に成功したことはありません」
「なら――」
「しかしそれは、私が赤の他人だったからです。尾辻さんが信頼を寄せる綾瀬さんの言葉なら、もしかすると届くかもしれません」
過大評価だし、理想論だ。道隆はそう思う。もしかすると白亜は、あえて道隆にチャンスをくれようとしているのではないかと思った。
「もしも……僕が説得できなければどうなる?」
「そのときは私が何とかします。短期決戦で一気に無力化できれば、リスクは最小限に抑えることができるはずです」
「けどそれは……」
落ち着かない気持ちになり、立ち上がる。
健太郎の力は極めて危険だ。直接見たわけではないが、人を容易く完全凍結させる力など、まともに受ければただでは済まないことなど考えるまでもない。
白亜は励ますように笑みを作る。
「あまり心配しないでください。尾辻さんの力は確かに強力ですが、あの人は悪人と判断した人以外を傷つけることを望まれてはいないようでした。今のところ、私は悪人とは見なされてはいないようですから」
健太郎には悪いが、それをどこまで当てにできるのか知れたものではない。何者かに操られているかもという話もある。頼みにするには弱すぎる。
悩む道隆に、さらに白亜は続けた。
「それに、尾辻さん自身の身体能力は並の人間のままのようでしたので、勝算は十分にあります。そこまで分が悪いわけではありませんよ」
「そうは言っても、君が危険なことに変わりはないじゃないか」
「そうならないよう綾瀬さんは頑張ってくださるのでしょう?」白亜は目尻を下げる。「私には、それだけで十分です」
道隆は参ったなと頬を掻く。その言い方は卑怯である。それ以上、何も言えなくなるではないか。
道隆は深く深呼吸をし、健太郎の顔を思い出す。そしてベッドの上で伸びている男を見る。胸の奥にドロリとした怒りが這い、雪のように哀れみが積もる。
この役割を担えるのは、自分以外にいない。
平和的に健太郎を止めることができるのは、どこをどう見渡してみても、道隆以外にいなかった。
道隆はもう一度深呼吸をする。そして腹に力を込めて、「分かった」と了承した。




