尋問2
「先ほど、私は尾辻さんに会いました」
「――」
性懲りもなく口を挟もうとした道隆を気配で察したのか、白亜は視線だけで発言を制した。
「脅すつもりはありませんが、一匹――一人逃がしたと言っていましたので、それはあなたのことで間違いないでしょう」
「や、やっぱり、あいつ――」
「あなたたちは、あの人に一体何をしたのですか?」
「――へ?」
井田はポカンと口を丸くする。
「あなたの友人以外に同じような遺体は、私が知る限り見つかってはいないはずです。つまり、あなたたちが最初の被害者だということです。逆を言えば――あなたちこそが彼の箍を外したとも考えられます」
「たが……?」
言葉の意味が分からないらしい井田を無視し、白亜は続ける。
「あなたたちと彼はどんな関係で、彼に何をして、何を言ったのか、全て話してください」
「ま……待てよ。どうして、俺が責められるような、ことを言われてるんだ……? 俺は……被害者だぞ……! 早くここから帰してくれ!」
「責めるようなことを言った覚えはありません。そう思うのは、あなたに後ろ暗いところがあるからでは?」
「んだと……っ!」
井田は急に顔を真っ赤にし、拳を握りしめて立ち上がる。白亜はそれを、まるで侮蔑するように目を細くした。
「あなたが元の世界に戻れるかどうかは、私の一存で決まることを忘れないでください」
白亜の、たったそれだけの言葉で、井田はまたしおしおと萎んでしまった。感情の起伏の激しい男のようである。
「俺たちとあいつは……同じ高校だったんだ。二年のときに同じクラスでよ。あいつはいじられ役で、俺たちがいじる方だった」
井田は弱々しい声で語り始めた。
「この町であいつとたまたま会ったんだ。それで……金をせびった」
「……いわゆるカツアゲですか。恐喝罪ですね」
白亜は吐き捨てるように言う。やはり怒っているようだった。
「それまではあいつ、怯えてやがったんだ。ブルブル震えて、顔も真っ青でよ。それがおかしくて、昔みたいにつついてやろうと思ったんだ」
「ぼかした言い方はしないでください。つつくとは何ですか? 何をしたのですか?」
「俺達の車まで……女を連れてこいと言った」
「――」
白亜は非常に小さな声で何かを呟いた。井田には聞こえなかったようだが、道隆にははっきりと書き取れた。
――下衆め。
白亜は、そう呟いていた。
「他には?」
もはや白亜の声からは、冷静の仮面など完全に剥がれ落ちている。まるで刀のような鋭い怒りを孕み、井田を切り裂かんばかりである。
「それから……そうだ。写真の話をした」
井田の頬に紅が差す。かつての栄光でも思い出したのか、唇の端を歪めながら語る。
「あいつ、可愛い顔してるだろ? だからそいつでよ、昔ちっと稼がせて貰ったんだ」
「……稼がせて貰ったとは?」
「あんたみたいなお嬢様には刺激が強いかもな」下卑た笑みで顔を染め、武勇伝でも語るように雄弁に喋る。「世の中には笑えるような変態オヤジがいるんだよ。そんな奴等に写真とか動画を売ってやるんだ。写真五枚で千円、一分の動画が二千円で売れたっけ。これがなかなか良い小遣い稼ぎになってよ。いやあ、あのときは世話になったもんだぜ」
「な――」
あまりの内容に、道隆は耳を疑った。
見慣れた健太郎の人の良い顔を思い出す。
あの調子のいい笑顔と態度の裏に、どれだけの凄惨な過去を隠していたのか。
それによと、井田は続ける。
「中には直接あいつを買いてえって奴もいてよ、そのときはいくらだったっけか……。笑える金額だったのは覚えて」
「黙れよ」
ブチと、道隆の頭の中で何かが切れる音がした。胸糞悪いという言葉では足りない。あまりの嫌悪感で吐きそうだ。
健太郎が好んでそんなことをするわけがない。そこには、暴行と脅迫があったことは容易に想像できる。
道隆は拳を握り固めて足を踏み出す。
「綾瀬さん」白亜は道隆の手を掴み、小さく頭を振る。「お願いします。抑えてください。まだ――聞くことが残っています」
「――手短に頼む。悪いけど、長くは保たない」
「あ、お前らも見るか? 充電切れてるけど、スマホにデータ残って――」
井田が取り出しかけたスマホを、白亜は容赦なく蹴り砕いた。その勢いに引きずられ、井田は床に倒れる。スマホを持っていた手と、粉々になったスマホを見比べ、一瞬にして井田の顔に恐怖が舞い戻った。
「それで、その写真をどうしたのですか?」
「写真を……女を連れてこなければ、大学にばらまくと言った……。そしたらあいつ、反抗してきやがったんだ。だからちょっと、痛い目を見せてやろうとして」
不意に言葉が消える。そこで、思わぬ反撃にあったのだと、歪んだ顔が如実に語っている。
「写真をばら撒くという行為がきっかけか」
白亜がそう呟くと、井田は血相を変えた。
「言っておくけど、本気でそんなことするつもりはなかったんだ! 冗談だったんだ! あいつがどんな反応するかを見たかっただけなんだ!」
「そんな都合など知ったことではありませんよ。言われた方がどう受け取るかが全てで、あなたには復讐されるだけの理由があります。率直に言って、私は尾辻さんを応援したいし、あなたを連れて帰りたくもありません」
「そんな……。ま、待ってくれよ。助けてくれ。俺は、このままじゃ、本当に殺されて――」
白亜は井田の胸倉を掴むと、その背中を思い切り壁に叩きつけた。
「勝手なことを言うな! 何が死にたくないだ! 何が助けてくれだ! 人の尊厳を踏み躙っておいて、どうして自分だけ守ってもらえると思うんだ!」
井田は白亜の手を摑んでジタバタともがくが、白亜の体は岩のように少しも揺るがない。
白亜は締め上げる力をさらに強くした。
「お前の話のどこにあの人の非があった!? どうしてお前みたいなクズの食い物にされないといけないんだ! どうしてお前なんかのために道を踏み外さないといけないんだ! あの人は――」
ただの良い人じゃないかと、白亜は叫んだ。
白亜と健太郎との間でどんな会話が交わされたのか、道隆は知らない。だが、健太郎が良い人であるというのは、疑いようもない事実だ。
それを歪めた男への怒りは道隆にもある。
だが、道隆は白亜の肩を叩いて諌めた。
「白亜ちゃん、そこまでだ。そいつ、もう落ちてる」
白亜は肩で息をしながら井田を見上げる。
井田は白目を剥き、口から涎を垂らして気を失っていた。
白亜は井田から手を離す。ぐしゃりと潰れるように、井田の体は床に崩れ落ちた。
「――すみません」
「どうして白亜ちゃんが謝るんだよ」
「怒りたいのは綾瀬さんのはずです。友達なんですから」
道隆は頭を振る。
「そんなのどうだっていい。僕が言いたかったことは君が全部言ってくれたから。それにしても、白亜ちゃんってあんなに怒ることあるんだな」
「……少し、嫌なことを思い出しただけです。お見苦しいところをお見せしました」
白亜は若干の気まずさを帯びて声を低くした。
道隆は気絶して伸びた井田を見下ろす。もはや、髪の一本すら視界に入れるだけで不快だ。
「で、これどうするつもりなんだ? まさか、本当に帰さないとか?」
「いっそのことそうしてやりたいのは山々ですが、そういうわけにもいきません。一度連れて戻りましょう」
まだこの人には利用価値がありますと、冷たく白亜は言い放った。




