異物との遭遇
「ヒト――ダ――ヒトダ――」
道隆は目を見開く。
喋った。今、確かに、金目が声を発するのを耳にした。
「白亜ちゃ――」
勢い込んで白亜の名を呼んだが、道隆の声は霧消する。白亜の目もまた、愕然と見開かれていたからだ。
「どうして、こんな立て続けに……」
そう二人が呆けていると、金目はくるりと背を向け、逃げるように走り出した。
「逃げた……?」
呟くと同時に、白亜は凄まじい速さで走り出した。
「白亜ちゃん!?」
「近くの建物に隠れて私が戻るのを待ってください! すぐに戻りますから!」
白亜はあっという間にその姿を小さくする。その速度はまるでスポーツカーだ。彼女の体が空気を切る音すら聞こえてきそうなほどだった。
道隆が走ったところで到底追いつけるものではないのだが、道隆はほとんど反射的に駆け出そうとした。
瞬間――
「ひ――」
背後から、喉に詰まったような悲鳴が聞こえた。
別の金目かと、ぎょっとして振り返る。
そこで見た光景に、道隆はさらに目を見開いた。
「人……?」
頭は派手な金髪、耳にはこれまた派手な銀のピアス、黒い革ジャンとブルージーンズという、分かりやすいチンピラ風の若い男が、そこにいた。
ただ、髪も服もボロボロで、眼窩は落ちくぼみ、顔は恐怖で引きつっている。道隆を、まるで化け物か何かのような目で見ていた。
「人間……人間だよな……? お、お前は、人か……?」
さっきの金目とは比べ物にならないほどに明瞭な言葉だった。道隆は混乱しながらも、慎重に声を掛ける。
「誰だ? どうしてここにいる?」
「し、知らねえよ! き、気付いたらこんな所にいて……。なあ、ここはどこなんだよ! 何で誰もいねえんだ! あのおかしな化け物は何なんだ!」
「化け物?」
「さ、さっきもそこにいただろうが! あんなのがここにはいるんだよ! 何なんだよあれは!」
化け物とは、考えるまでもなく金目のことを言っているのだろう。しかし、金目を見ていてどうして無事で済んでいるのかと、道隆は不審に思う。金目を見ておいて、普通の人間がただで済むと思えなかった。
何か裏があるのではないかと警戒したが、どこからどう見ても、道隆には彼が普通の人間以外のものには見えなかった。
この異界は、世界の法則から外れた生物の住処だと白亜から聞いた。しかし、目の前の男は道隆が知る人間そのものだ。目の色も普通である。
普通の人間が何かの拍子に迷い込む。そんなことがあるのだろうか。
「おい黙ってねえで何とか言いやがれ! ここはどこなんだよ! どうすれば元の場所に戻れるんだ!」
道隆は意を決し、男に歩み寄る。
「落ち着いてくれ。僕の名前は綾瀬道隆という。まず、そちらも名乗ってくれないか」
「名前……名前……」
男はキョロキョロと辺りを見渡す。まるで、自分の名前を探すように。
「俺の……俺の名前は、井田咲斗」
男――井田は懇願するように続けた。
「頼む。助けてくれ。ここから出してくれ。あいつに――あの化け物に――殺される」
男はガタガタと、凍えるように体を震わせた。




