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アウスコトマ  作者: 屋形湊
第三章
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初体験

白亜から呼び出しの連絡があったのは、彼女と別れてから二日後の朝のことだった。連絡自体は非常に素っ気なく事務的で、16時に指定した場所に来いというものだった。

そして指定された時間に指定されたその場所に到着したとき、道隆は我が目を疑った。


そこが、歓楽街の中にあるラブホテルだったからだ。


当然というか、やはりというか、道隆はそんな場所に入ったことはない。下手をすると生涯無縁だくらいに思ってすらいた。にも関わらず、まさかこんな機会に訪れることになるとは。


もしかすると指定の場所を間違えたのではないか。白亜ともあろうものがこんな場所を指定するなどあり得るか。そうだあり得ない。そう思いながら入り口の前でオロオロと二の足を踏んでいると、白亜から電話がかかってきた。


「約束の時間を過ぎていますが、ご都合がつきませんでしたか?」


道隆は早口で答える。


「そんなことはないんだけど場所が」


「場所をお忘れですか? キャメルという名前のホテルです。202号室でお待ちしていますので、部屋まで上がってノックしてください」


それだけを言うと電話は切れてしまった。

道隆は入り口の横の看板にアルファベットで書かれているホテルの名前を確かめた。どう転んでもキャメルとしか読めない綴りである。どうやら場所はここで間違いないようだ。


「何考えてんだあの子は……」


呟きながら、道隆は覚悟を決める。どこからどう見ても不審者の挙動で足を踏み入れた。

エレベーターで二階に上り、白亜に言われた通り、202号室のドアをノックする。他のドアが気になって、心の中で早く開けてくれと懇願した。


その願いが通じたのかドアはすぐに開き、白亜が顔を出し、「お待ちしていました」と中に招き入れる。既視感のある光景だった。


入ったら入ったで、また別の意味で緊張してしまう。そんなことにはならないと、頭では分かっているのだが、先入観というものはどうしようもないものである。


「あのさ、白亜ちゃん。よりにもよって何でこんな場所? というか」


ここがどんな場所なのか知ってるのか、という言葉を吐くことはできなかった。

白亜は狼狽しているのが馬鹿馬鹿しくなるほど表情一つ変えずに返答する。


「異界に行くということは、私たちの姿が現実から突然消えるということです。いきなり消えては不自然でしょう? 戻るときも、そこに人がいないとは限りませんので、こういう密室から移動した方が都合がいいのですよ」


余計な荷物も置いておけますからねと白亜は結んだ。この上なく合理的な色気のかけらもない正論に、無駄に緊張していた時間は何だったのかと道隆は情けなくなる。


「確認ですが、お怪我の具合は大丈夫なのですか?」


「大丈夫。傷はとっくに癒着してるし、痛みも残ってない。少しくらいなら走ったりしても問題ないはずだ」


「決して無理はしないでください。少しでも体に異常を感じればすぐに戻りますので知らせてください」


道隆が分かったと頷くと、白亜も頷き返した。


「では、早速行きましょう。準備はいいですか?」


「その前に、まだ君に聞けていないことがあるんだけど」


「向こうで話します。まずは移動しましょう」


道隆は少しだけ不審に思う。白亜が少しだけ焦っているように、もしくは急いでいるように見えたからだ。

そのことを指摘するより早く、白亜はトートバッグを肩に下げた。白亜が軽くプテラノドンをつつくと、道隆の全身にジトリとした嫌な感触が走り、あらゆる音が消えた。

景色自体はホテルの一室そのままだが、そこはもうすでに異界になっていた。


「行きましょう」


白亜は足早に部屋の外へ向かう。慌てて道隆はその後を追った。

部屋を出ると白亜は非常階段から一階に下り、迷いのない足取りでホテルから出る。数分前に道隆がいた辺りにいたはずのカップルたちは、今はどこにもいなかった。


「異界には簡単に入れるんだな。どうやって出入りしてるの?」


「大したことではありません。異界に行こう、帰ろうと念じるだけで出入りできるんです。少し集中する時間が必要なだけで、簡単なことです」


「もっと早く聞きたかったんだけど、どうして君がそんな力を持ってるんだ?」


白亜は小走りで表通りに出ると軽々ガードレールを乗り越え、車道の真ん中まで進み左右を見渡す。その右手にはいつの間にか銀の杭が握られていた。


「前にも少しだけ言いましたが、私の力はこれから貰ったものです」


これ、とは言うまでもなくプテラノドンの中身のことだろう。


「一年くらい前に、兄さんと面会したんです」


「あいつと?」


「それまでどれだけ面会しようとしても断られてたのに、急に会いに来てほしいと手紙が届いたんです」


白亜は車道の真ん中をまた歩き始める。当然だが、走ってくる車はない。


「手紙には、なぜかこのプテちゃんを連れてくるように書かれていたのでそのようにしました。その晩急に喋り始めて、この武器を差し出してきたんです。それを手に取った瞬間、力の使い方を自然に理解できました」


「状況から考えれば、あいつが力を与えたってことか。いや、譲ったのかな? つまり、君の武器は、正真正銘、あいつが持っていた凶器そのものってことか」


凶器が見つからないはずである。白亜がしているように、自在に出したり消したりできるのなら、凶器の不在など何の問題にもならない。


だとするなら、悪意の塊のようなこのプテラノドンは一体何なのだろうか。道隆は一瞬だけプテラノドンに目をやり、すぐに逸らす。


「にしても、こんなのと一年も一緒とは、想像しただけでうんざりするな。同情するよ白亜ちゃん」


「は。まさか嫉妬してやがんのか色ボケが」


「お前に嫉妬するくらいならそこいらの電柱に嫉妬した方がましだ」


「そりゃあいい。犬にションベンかけられてるほうがお前みてえな間抜けにはお似合いだぜ」


「白亜ちゃん、寒かったりしない? ちょうどそこによく脂の乗ってそうな生ゴミがあるけど」


「むしろ暑いので絶対にやめてください」


はあと白亜はため息をつく。

呆れているようだが、こればかりは道隆自身どうしようもなかった。このプテラノドンの発する一言一句全てが癪に障るのだ。

約二十年間生きてきて、ここまで相性の悪い相手は初めてだった。


とにかくと 白亜は強引に話を戻した。


「兄さんには金目と関わりがあって、プテちゃんに何かをしたことは明白です。兄さんは金目と何らかの関わりがあったことは間違いないかと思います」


「まあ、それはどう考えても関係あるだろうね」道隆はプテラノドンを睨む。「その辺りどうなんだよ」


「覚えてねえな」


「嘘くさ」


「私もそう思います。胡散臭いことこの上ない」


「酷え言われよう、記憶をなくした哀れなプテラノドンへの仕打ちがこれなのか」


「とまあ、万事この調子でして。私の力や異界、金目のことなんかは聞けば多少は教えてくれるんですが、核心的なことは何一つ喋らないんです」


私はもう諦めましたと、白亜は愚痴るように言った。

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