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アウスコトマ  作者: 屋形湊
第三章
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氷の心、正義の槌4

「うおえ……飲みすぎちまった……」


「ちょっと、大丈夫スか香子さん? 流石に飲み過ぎスよ」


「ケンも早く飲めるようになりな。お姉さんが楽しい飲み方を教えちゃる」


「飲み過ぎてえずいてる人に教わることなんかないっス」


「うえーん。ケンがいじめるよミッチー!」


「泣く元気あるなら自分で歩いてくれませんかね。重いし」


「重くないわ! こちとら花も恥じらう54キロだい!」


「しっかりあるじゃねえか」


香子は道隆と健太郎の両脇を支えられ、千鳥足というより、ほぼ引きずられるようにして歩いている。

総司の部屋を解散して、そのまま泊まればいいものを部室に帰ると駄々をこねる香子を送り届ける栄誉を仰せつかった二人である。

香子は重い――とまでは言わないが、女性にしてはかなりの高身長なので、一人で運ぶのは困難だった。


「あ、待った。ちょっとタイム」


言うが早いか、香子は二人を振り解いて膝に手を当てて前屈みになる。健太郎は光の速さでビニール袋を香子の口に向けて開く。

直後、ビニール袋の重みがボトボトと増した。

二人がそんな香子から目を逸らしたのは最後の良心だった。


香子は体を起こし、手の甲で口を拭う。まるで少年漫画の主人公のようだった。


「ようし、スッキリした! 二次会行くか後輩たちよ!」


「道隆先輩、何言ってんスかこの人?」


「僕に聞くなよ」


陽気に懐メロを口ずさむ香子を部室に叩き込むと、香子はすぐに寝息を立て始めた。どこまでも自由な人である。こんなハチャメチャな人のどの辺りに惹かれたのだろうかと、健太郎は真剣に分からなくなる。


学生会館の前で健太郎は道隆と別れた。


健太郎が借りているアパートは大学の最寄り駅から二駅ほどの、少し離れた歓楽街の近くにある。


駅の周りは閑散としていた。学生たちは夏休みで散り散りになっており、おまけに平日の夜なので、この時間帯に駅を利用する人物はほとんどいないようだ。


ホームのゴミ箱に香子の――が入ったビニール袋を放り込み、電車が来るのを待った。健太郎以外には数える程度の人しかいなかった。電車は十分ほど待つとガタガタと音を立ててやってきた。


最寄り駅には、同じく十分程度で到着した。

そちらは乗り込んできた駅とは対照的に賑わっていた。飲み会帰りのサラリーマンたちとすれ違って、ホームを出る。


この喧騒は嫌いではない。

健太郎はまだ飲酒できないが、香子のように酩酊してテンションが上がりきった人を見るのは楽しく思う。

酒は不健康と言われるが、少なくとも人を傷つけて悦に浸るよりは何百倍も健康的だ。


「いや……離してください……」


マンションへ向かって歩いていると、不意にそのような声が聞こえて足を止める。

見ると、どこかの店の軒先で二人の男女が揉めていた。一人はドレスのような服を着た若い女性で、もう一人は三十代くらいのスーツ姿の男性である。


「えー? いいじゃーん。ちょっとだけ遊びに行こうよ」


「困ります。まだ仕事中ですから……」


「ちょっとくらい抜け出しても平気だって!」


男性がぐいと女性の手を取る。

見るからに夜職の女性だが、まだ不慣れのようであり、うまくあしらうことができないらしい。客の見送りに出てきたところを絡まれている、という状況のようだった。

もしかすると夏休みの間にバイトしている同窓かもしれないなと健太郎は思った。


「ほら行こう行こう! 大丈夫、俺が奢るからさ。ちょっと行った所に面白いホテルがあって――」


ホテル、という単語をきっかけに女性の表情が恐怖に歪んだ。異変に気付いたのか、店からスタッフの男性が顔を出す。

しかし、それよりも健太郎が踵を地面に着けたまま足を踏み鳴らす方が遥かに速かった。


健太郎の足元から三つの小さな氷の礫が飛び出し、男性の右肩、右脇腹、右の太ももを打って砕けた。男性は独楽のように体を回転させて倒れた。


女性は驚いた様子だったが、スタッフは慣れた様子で女性を連れて店の中に戻っていった。ただの質の悪い酔っぱらいが足を滑らせただけと判断されたのだろう。


健太郎は何事もなかったかのように気絶する男性の横を通り過ぎる。眠気がしてあくびをした。


かなり力を自在に使いこなせるようになったなと健太郎は思う。最初は適当に蛇口を捻るような使い方しかできなかったのに、捻る大きさを微細に調整できるようになっている。最初のままなら、さっきの男性は体に風穴が空いていただろう。


右手を上げる。そこに尾を引くように小さな氷の粒が浮遊して、バラバラと地面に落ちた。


――あの人のおかげだ。


ぐっと拳を握り締めると、落ちた氷が砕けた。

その力は、いまや手足を動かすよりも容易く自在に操ることができた。


「これなら、もういいかな」


健太郎は夜の喧騒に紛れるように独りごちる。

逃げたもう一人。誰もいなくなった世界に放置した、あの害虫。

いつ、どこで、どんな目に遭わされるのか分からない恐怖を、嫌という程に刻み込まれたことだろう。


――潮時だ。


「そろそろ駆除するか」


健太郎は、夜の闇に溶けるようにその姿を消した。

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