完成披露試写会
「ほらここここ! ミッチー迫真の棒読み!」
「これでも真剣にやったんですからそういうこと言わないでくださいよ!」
「こら君たち、ちゃんと見てくれよ。このあと香子会心の回し蹴りが炸裂するシーンだぞ」
「やった! コマ送りしましょうよコマ送り!」
「あっは。生でお見舞いしてやろうかバカどもめ」
総司の自宅は鉄筋コンクリート造の古いマンションの三階である。道隆は一同、新人歓迎会で訪れたことがあった。
リノベーション済みの小綺麗な1LDKで四人程度は余裕で収容可能である。四畳半のボロに住んでいる道隆とは天地の差である。
惨憺たる部室とは打って代わり、部屋の中は整理整頓が行き届いていた。巨大な棚にはところ狭しと映画のブルーレイや映画雑誌が詰め込まれ、家電量販店でしか見たことのない巨大なテレビが壁の片面を埋め尽くしていた。
そんな巨大液晶に、映画研究会が撮影した映画が映し出されている。
場面は主人公(香子)が暴漢たち(エキストラ)を千切っては投げの大暴れをするシーンだった。
道隆は一口ビールを飲み、素朴な疑問を口にする。
「今更ですけど、香子さんって何か格闘技とかしてたんですか? 素人目に見ても、動きのキレが違うといいますか」
「空手と柔道と合気道だったかな」
「あとテコンドーとカポエラもね」
総司が補足する。
「総合格闘技でもやるつもりですか」
「違くて、うちの親が心配性で、片っ端から護身術として習わされたの」
「へー。テコンドーとカポエラもスか?」
「それは趣味。何だかんだで好きなのかもね」香子は缶ビールに口をつけ、喉を鳴らして飲んだ。「そういや、そのせいで総司くんにスカウトされたんだっけ」
「うん?」突然水を向けられた総司はすっとぼけた顔をする。「そうだったっけ?」
「そうだったよ。一年生のときカポエラ同好会で遊んでたら急に声かけられて、新手のナンパかと思って蹴っ飛ばしちゃった」
「いきなり蹴っ飛ばされるなんて何を言っちゃったんですか……」
「さあ……覚えてないなあ」
「君の足は美しい、最高だ。僕のカメラで撮らせてくれないか――だったかな、総司くん」
「うわあ……」
珍しく健太郎が引いた表情をする。
違う違うと総司はすぐに反論した。
「そんな変態チックなことを言った覚えはないぞ! 僕はただ君の足の動きが素晴らしいから撮らせてくれと言って触ろうとしただけだ!」
「言ってる内容ほぼ同じ上により変態度増々っスね」
「うるさい健太郎。というかちゃんと見ろよ僕たちの映画を!」
映画はちょうど次の場面に映ったところだった。
映像の中で、白亜は死屍累々と倒れ伏す暴君たちの中心で煙草を吸いながら、何やら思案している風である。そこに助手役の道隆が声を掛けるシーンだ。
健太郎がゲラゲラ笑うので、道隆はその脇腹を小突いた。う、と健太郎は息を詰まらせ、笑い声を消した。
「道隆先輩、本当に演技苦手スよねー」
「演じる習慣なんてないから当たり前だろ。当たり前にできてるお前や香子さんがおかしい」
道隆はもちろん、健太郎も映画で演技をするなどこの作品が始めてだった。道隆は笑える大根役者だが、健太郎の演技力には目を見張る者がある。素人感は否めないが許容できるレベルであり、初めてとは思えない。
健太郎は半グレ集団のボスの役である。小動物のような人懐っこい風貌の健太郎には合わないのではと思ったが、しかしやらせてみれば逆にそれがハマり、健太郎が凄むと妙な迫力があった。おかげで道隆は撮影中ずっと肩身が狭かった。
「よし、決めた。僕は今後ずっと裏方としてやっていく。俳優としては金輪際出ない」
「そう拗ねないでくださいよう。俺、撮りたいのあって、道隆先輩に是非やってもらいたいん役があるんス」
「へえ。何か構想があるのか? どんなどんな?」
興味を持ったらしい総司が目を輝かせ、健太郎に膝を寄せる。
「そりゃあホラーにきまってるでしょ。んで、道隆先輩には是非ゾンビの役を」
「なるほどね。ゾンビなら確かに演技力とかそんなにいらなそうだし僕でもできそうなナイスな配役だ誰がやるかお前に噛みついたろか」
「ゾンビ映画かー……。香子がバイクに乗ってゾンビをバンバン撃ちながら時速百キロでかっ飛ぶところまで想像した」
「そんなのどうやって撮るのよ。というか私バイクの免許持ってないし」
「総司兄さんそれ俺が撮るやつなんで!」健太郎は慌てて言った。「香子さん俺に撮らせてください! バイクいるなら免許代は俺が出します!」
「あらやだモテモテじゃないの。取っちゃおうかしら、免許」
健太郎と白亜は勝手に盛り上がって乾杯をする。何やら次の映画の題材が決まりそうである。ゾンビの役など絶対しないぞと道隆は心に誓った。
道隆はチビリともう一口ビールに口をつける。テレビの方へ目を向けると総司と目が合い、道隆に小さく手招きした。ゾンビ談義で盛り上がる二人を他所に、道隆は総司の元へ座ったまま移動する。
「ありがとう」
総司は微笑みながら急に礼を言った。何のことかと道隆は面食らう。
「あ、映画のことですか? 僕も研究会の一員なんですから、やるべきことをやっただけですよ」
「それもだけど、それだけじゃないよ」総司はチラと健太郎と香子の方を見やった。「健太郎の奴、随分と楽しそうだね」
「はあ……」
道隆もつられて健太郎を見る。香子と肩を組んで何やら歌っていた。酒は飲んでいないはずだが、どうやら場酔いしているらしい。
「健太郎は君に随分と懐いているみたいだ。これからも仲良くしてやってくれないか」
道隆は、まるで父親のようなことを言う総司に困惑したまま気のない返事をする。
「それはまあ当然そうするつもりですよ。友達ですし」
その頼りない返答に、しかし総司は満足したように深く頷き、微笑を浮かべて道隆の肩を叩いた。
「ありがとう、綾瀬くん」
その感謝の意味を、道隆は一つも分からなかった。
テレビの中では、香子が健太郎を追い詰めるシーンの幕が開いたところだった。




