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アウスコトマ  作者: 屋形湊
第三章
37/73

部室の惨劇

雨の勢いが弱まったのは、白亜と別れてから約一時間後のことだった。

土砂降りというわけではないが小雨と呼べない雨足を前に、どうしたものかと道隆は逡巡する。コンビニまで行くのは問題ないが気乗りしない。


コンビニの傘は高い。それにアパートに帰れば立派なビニール傘がある。あえて買う理由はない。そういうわけで、道隆は濡れること覚悟で部室に行くことにした。健太郎のことを言えたものではない。


――部室を漁れば傘の一つくらい出てくるだろう。


考えが変わる前に、道隆はタオルを被って東屋から飛び出した。白亜や羽村医師に知られれば確実に怒られるなと思いながら、全力で疾走する。


およそ二分後に学生会館に到着する。

タオルで適当に水気を払って中に入った瞬間、空気を切り裂くような悲鳴が聞こえた。


道隆は愕然として足を止める。


学生会館の奥から、絶えずガタガタと何かが荒れるような音が聞こえてくる。

何だ、と思うと同時に道隆は音のする方へと走り出した。信じられないことだが、音は映画研究会の部室から聞こえてくる。

見ると、部室の前に他の部の学生で人混みができていた。


「ちょ――通して。通してください!」


悲鳴、その後の人混みという、ミステリ定番の一場面を想像し、血の気が引く。力ずくで人混みを突破し部室に踊り込むと、そこで道隆は我が目を疑った。


総司と健太郎がパンツ一丁で踊り狂っていた。


は、と思うと同時に部室の隅で肩を震わせて蹲る香子を見つけた。爆笑しているようである。

部室の外を振り返ると、女学生が顔を赤らめているのを見つけた。どうやら悲鳴を上げたのは彼女らしい。


「……誰か説明してくれ」


「お、綾瀬くんじゃないか! こんな良き日に全員が揃うなんて奇跡だ! ほら、君も脱いで一緒に踊ろう!」


「嫌ですよ。そんなノリと勢いだけで生きていけるほど人生投げていないので」


「あ、俺は違うスよ」と健太郎。「俺はパンツまでぐしょぐしょで変な臭いしてきたから乾かしてるだけで」


「似たようなもんだろ小学生男児め」


道隆は「どーもアホ共がお騒がせしました」と会釈し、部室のドアを閉めて見物人の視界を遮断した。


「で、何の騒ぎなんですか?」


「完成したんだってさ」


ひーひー言いながら香子は立ち上がった。涙目である。


「総司くん、ここんところずっと徹夜だったせいか壊れちゃった。その前からも壊れていたけど」


「聞けよ綾瀬くん! 僕はこの映画で一気に映画界に殴り込みをかけるぞう! 僕こそ未来の黒澤明だ、そうとも!」


「いいから服着てください。野郎の浮き出た肋骨なんぞ目の毒です」


「毒は君の口だ」


口を尖らせながら総司は床に打ち捨てられた服を拾い上げ、「今日は寒いな」などと呟きながら着始めた。健太郎がモリゾーとキッコロのシャツを拾い上げると、眼光鋭く健太郎を睨みつける。


「こら健太郎。それは僕の魂だぞ。勝手に着るんじゃない」


「魂は身に纏ってこそです」


「それもそうだ。さすがは僕の従兄弟。いいことを言う」


「それで納得するんだ……」


総司は服を着終えるとさっきまでの痴態などなかったかのように神妙な顔つきになり、パソコンの前に腰を下ろした。


「さて諸君。我らが紅一点香子女史が述べた通り、映画の編集作業が終わった。存分に称えてくれ」


「それはお疲れ様でした。何も手伝えずにすみません」


動画編集の技術などないのでそもそもできることなどなかったのだが、道隆は形式的にそう言った。


「そんなことはどうでもよろしい。僕が好きでやったことだ。それより一つ、僕から提案があるんだが」


「何よ改まって」


香子は総司に先を促す。

総司はうむと頷き、盛大に破顔した。


「せっかく全員集まったんだ。これから僕の家で試写会と洒落込まないか。大画面での映りも確認しておきたいし、最後に奇譚ない意見を賜りたい。何なら酒とツマミも振る舞おう」


「え、総司くんの奢り? 太っ腹だあ!」


「あはは。勿論だとも。ところで話は変わるけど、みんなお金貸してくれない?」


「どの辺りの話が変わったんだよ」


道隆も知れず唇の端から笑みが溢れた。映画制作に尽力した度合いで言えば、このメンバーの中では道隆が最も貢献できていないと自覚はあった。しかしそれでも、完成したとなると嬉しいものがあった。


「あ、言っておくが健太郎。お前は未成年なんだから酒はダメだぞ」


「え!?」


「何でビックリしてるんだよ。捕まったら叔父さんに殺されるの僕なんだぞ!」


ちぇーと子供のように健太郎は拗ねてしまった。その中で未成年なのは健太郎だけなので、不憫といえば不憫だった。


「あ、でもちょっと待ってください。僕、傘がないんですが」


「そういや俺もだ」


「お前はもうずぶ濡れだからいいじゃないか」


「うちがずぶ濡れになるから一つも良かないぞ」


総司は部室のガラクタを漁り、ひしゃげた折り畳み傘と、ボロボロの番傘を引っ張り出した。映画の小物のようである。


「うお! なんスかそれ、かっけー!」


我先にと健太郎は番傘に飛びついた。道隆は甘った鈍角に折れた折り畳み傘を受け取る。ないよりはましかと思いながら開いてみると巨大な穴が空いていた。ない方がましだった。


かくして、映画研究会一同は部室を出て、総司の家に移動することとなった。総司は小さく「久しぶりの娑婆だぜ」とどこかの受刑所のようなことを呟いた。

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