黒い翼
白亜はさっと辺りを見渡した。つられて道隆も周囲を見る。すっかり混雑しており、入り口の辺りには待ちの列ができていた。
「長く居座るのも迷惑でしょうから、先に食べちゃいましょう」白亜は言った。「金目のこととなると、これに話をさせた方がいいこともありますから」
白亜は傍らのプテラノドンに目配せする。プテラノドンが嫌らしく鼻で笑ったような気がした。結局そいつは何なんだと思いつつ道隆は目の前のナポリタンに取り掛かる。
道隆と白亜は終始無言のまま食事を進める。白亜の山盛りの白米とステーキがもりもり減っていく。それと対照的に、まだ胃が弱っているのか道隆は半分ほど食べたところでフォークを置き、処方された錠剤を口に放り込んだ。
ファミレスを出ると、粘りつくような湿気が体を覆った。空はすっかり鉛色に染まっており、今にも降り出しそうである。
「遠くで雷が鳴っていますね。一度断ってしまいましたが、私の部屋に行きますか?」
少し逡巡し、いいやと道隆はその提案を辞す。
「やめておくよ。何せ僕は紳士だから」
そうですかと素っ気なく白亜は言う。ふざけたつもりだったのにあまりの反応のなさに一人で気恥ずかしくなった。
「では、落ち着ける場所に移動しましょう」
道隆と白亜は並んで歩き始めた。すぐに、道隆が爆破したガソリンスタンドに行き当たる。ガソリンスタンドは何の異常もなく、通りかかった車を飲み込んでは吐き出していた。
「分かってやったつもりだけど、あれだけ派手に爆発したのに何ともないと、何だか違和感があるな」
「異界は、言うなれば世界の影です。影が実体に影響を及ぼすことはできませんから。いずれ実体に引きずられるように元に戻ります」
奇妙なことだなと道隆は腕組みする。
「ってことは、異界は元通りになってるってこと? あれだけ派手に破壊されてたのに」
「戻っていますよ。どれくらいで戻るのかは分かりませんが、だいたい次の日にはこちらと同じ状態に戻ります」
実際に確かめてみますかと白亜がどこかいたずらっぽく尋ねる。道隆はいやいやと遠慮した。
「心配しなくても、この辺りの金目は一通り倒しました。ゼロではありませんが、危険はそこまで大きくはないはずです」
道隆は歩きながら白亜の横顔を流し見た。
「危険はないって、とんでもない化け物がいたけど?」
「ええ。まあ、そうなんですが」白亜はその時のことを思い出してか、右手で左の肘を握った。「あれは完全に予想外でした。金目が出たとしても小物しか出ないと高をくくっていました。なのに、あんなのが出るなんて」
言葉に恐れが滲んでいる。本当に予想外だったのだろう。
あの破壊の権化のような金目の姿を思い出すと、道隆とて未だに慄然とする。よく倒すことができたものだと感動すら覚えた。
「あれは上位種だ。あまりに神出鬼没なんで、行動を読むことなんざできやしねえよ」
突如、白亜のトートバッグにぶら下がるプテラノドンが声を発した。
白亜はプテラノドンを不審そうに見下ろす。
「上位種? そんなのがいるなんて初耳なんだけど」
「そりゃあそうだろうよ。だって言ってねえもの」声は挑発的に言う。「おい間抜け面。あれに羽があったことを覚えてるか?」
「間抜け面って呼ぶな不細工」
「は。自分のことだと分かってるじゃねえか。自覚してんなら否定するんじゃねえよクソ◯◯が」
「白亜ちゃん、ミキサーとか持ってない? それ、粉砕して下水に流そう」
「気持ちは分かりますが、落ち着いてください」
それとこれは私の宝物ですと白亜はきつい口調で言った。
頭痛がした。プテラノドンのぬいぐるみと会話するだけでもそうなのに、性格が最悪なのがそれに拍車をかける。
「……羽ね。確かにあったよ。黒い蝿みたいなのが」
プテラノドンは短く鼻を鳴らす。
「黒い翼は上位種の証だ。金目の中でも上澄みも上澄み。性能は比べ物にもならねえし、普通なら人間にどうにかできるもんじゃあない」
それはそうだろうと道隆は納得する。道隆があれに勝つことができたのは、運と相性が良かったからだ。もしも一撃で殺されずに痛めつけられていれば、死ぬ前に戻ったとしてもズタボロの状態にしか戻れず、まったく意味がなかっただろう。一撃必殺の破壊力を待つ敵だったからこそ、五体満足で追い詰めることができたのだ。
「ひとまずあれはやべえ化け物だと思っておけばいい。運悪く出くわしちまったら、そんときは一も二もなく逃げるこった。次も奇跡的に助かるなんてことはないと忠告だけはしておいてやるよ」
逃げ切ることは難しいだろうがなと冷笑する。言っていることはその通りなのだが、あまりに憎たらしいので道隆は一発小突いてやりたい衝動に駆られた。
「で、結局のところお前は何?」
「俺か? 俺は」
「記憶がないそうですよ」
白亜はプテラノドンを握りしめながら言う。
「異界や金目のことは、これから聞きました。私の力もこれに貰ったようなものです。でも、自分が何者かは一切分からないんだとか。眉唾ですよね」
「おいおい。人を嘘つきみたいく言うんじゃねえよ。ないもんはないんだから仕方ねえだろうが」
「どうだか」
まったく信用していない様子である。二人の間に、およそ信頼関係と呼べるようなものは、一切見受けられない。むしろ、白亜はあからさまにこのプテラノドン――の中身を嫌っている。
「それ、いつから喋るようになったんだ?」
「一年ほど前ですが……そのことはまた追々説明します」
「ああ、それは助かる。実を言うと、情報の洪水でもう溺れる寸前だった」




