殺意の理由
「それで――」道隆はなんとかこうにか言葉を絞り出す。「それで殺すだなんて、極論すぎやしないか。僕は健康体だし、まだ老衰するような年齢でもない」
「私は金目と戦っています。あの日、綾瀬さんと会った夜も、三体の金目を倒してきた帰りでした。だから綾瀬さん、あなたが無事でも、手を下すことのできる私がいつまで無事かなんて、そんなことは分からないんですよ」
白亜が危険なことをしているという点に物申したいところだったが、脱線なのであえて無視し、道隆は反論を試みる。
「そもそも、僕は死なないんだ。君に僕を殺すことなんてできるのか」
白亜は声色一つ、表情一つ変えずに返答する。
「私が持っている銀の杭。あれはそういった超常の力を無効化する力を持ちます。だから金目を倒すことができるのです」
「金目を倒せるからといって、僕にも効くとは限らないじゃないか。僕は金目じゃないんだぞ」
「綾瀬さん」白亜は、まるで誤魔化すようにナイフとフォークに手を伸ばす。「あなたの力と金目は、本質的に同じものなのです」
「同じ?」
白亜は慣れた手つきでステーキを同じ大きさにカットする。道隆は急激に食欲が減退していたが、フォークを手にとってナポリタンに突き刺した。しかしそれを口に運ぶ気が起きなかった。
「あなたの持つ力は、呪いなんですよ。そして金目は、その呪いの化身です」
「呪いって……丑の刻参りじゃあるまいし、誰かが僕を呪ったっていうのか?」
「その通りです」
「誰に?」
「それはまだ分かりません。ですがあなたと同じように、呪われて超常の力を得た人を私は知っています。いいですか綾瀬さん。その呪いの力は、この世の法則から外れたものなのです」
「どこかで聞いたような台詞だな」
「金目と同じだと言っているのです」白亜は僅かに語気を荒げる。「その力は、本来この世に存在するはずがないものなんですよ。その力は、使えば使うほどこの世から離れていき、やがて世界から弾き出されて――二度とこちらに戻れなくなってしまいます」
道隆は眉間に皺を寄せる。
「それは、あの誰もいない世界から戻れなくなるって意味なのか?」
はいと白亜は頷く。
「あの別世界――私たちは異界と呼んでいますが、そこへ弾き出されて、二度とこちらに戻れなくなります。私はそういう人を見ました」
道隆はしばし言葉を失った。つまり道隆、このままいけば確実に、誰もいない世界で永遠に一人で死に続けることとなる。
道隆はコップの水を一気に飲んでその絶望的な思考を振り切る。
「なら、君の力はどうなんだ? あの武器と、人間離れした運動能力は、それも同じ力じゃないのか?」
「違うな」答えたのは、嘲るようなプテラノドンの声だった。「こいつの力は呪いとは違う。言うなれば……ま、悪魔の呪いを祓う神の祝福とでもなるのかね」
自分の言葉がおかしかったのか、声はひひひと笑う。
「神の祝福ねえ」道隆は額に手を当てて、テーブルに視線を落とした。「世界の法則から外れた金目を倒すことができる武器なら、同じく世界の法則から外れた僕も殺すことが出来る。そういう理屈か」
筋は通ると道隆は思った。
しかし何かが引っかかった。
それが何なのかは分からなかったが、それは横に置いておくこととした。今は横道にそれず、現在の話題に集中したほうが良いと思ったからだ。
白亜はカットしたステーキを口に運ぶ。道隆はフォークから手を離し、水を一口飲む。落ち着けと自分に言い聞かせながら、情報を整理する。
道隆は死の直前の姿に戻る力を持つ。だから事故などの一過性の原因ではない自然死を迎えたとき、死を永遠に繰り返す物体と化す。それを防ぐために、まだ自分が手を下すことができるうちに、白亜は道隆を殺害しようとした。
あのとき、マンションの前でプテラノドンが言っていた言葉を思い出す。
「その男を、救いたいんじゃなかったのか?」
その言葉の意味が、ようやく腑に落ちた。
さらにもう一つ、思い出したことがある。
「白亜ちゃん。君はあのとき、僕を塀に押しつけて動きを封じて、頭を杭で刺そうとしたけど、寸前で軌道を変えたよな? どうしてあのとき、僕を殺さなかったんだ?」
白亜は一瞬暗い表情を見せたが、すぐに元の冷徹な仮面を貼り付ける。
「……あなたが腕で防ごうとしたからです。腕を刺されるのは、きっと痛いなんてものではないと思いますから」
道隆は思わず笑ってしまう。
白亜はちらりと視線を上げ、怪訝そうに「何か」と言った。
「何と言うか、おかしな話だよなと思って。要するに君は、僕に無駄な苦痛を与えないように、即死させることだけを狙っていたってことだろ? これ、お人好しというのか、サイコっていうのか、わからないや」
「サイコで結構ですよ」
白亜はやや不満そうに口を尖らせる。その実、自分でもその行動原理がおかしなものであることを理解しているようだった。
「君が昔のままの優しい子で安心したよ」
瞬間、白亜は激しく咳き込んだ。噴き出しそうになったのか、口を押さえて横を向く。
「大丈夫?」
「理解されていますか? 理由は何であれ、私はあなたを殺そうとしたんですよ?」
「わかってるよ。でも、君は」
自分のために、泣き叫ぶほど葛藤してくれたではないか。そう言うつもりだったが、言わぬが花だと道隆はすんででその言葉を飲み込んだ。
「――それで、君はまだ僕を殺すつもりなのか?」
白亜は僅かに肩を揺らす。しかし、やはり表情は硬く引き締めたまま答える。
「正直に言いますが、そうしたほうが良いと、私は今でも思っています。ですが……」
白亜はそこで言葉を切り、プレートの上にナイフとフォークを置く。いつの間にか半分も肉が減っていた。
白亜は一呼吸を置いて、テーブルの上で指を絡めた。
「綾瀬さん。お願いがあります」
「いいよ」
「……私、まだ何も言っていませんが?」
「君の頼みなら聞くよ」
白亜はほんの一瞬だけ困惑したような様子を見せたが、咳払いをして調子を戻す。
「私は金目を倒して回っています。それにあなたも同行してくださいませんか」
「僕が?」道隆は首をかしげる。「もちろん構わないけど、僕がついていったって、足手まといにしかならないんじゃないかな?」
「ですが、私の身に何かがあれば、私が死ぬ前に、あなだけは何とかできます。できなくても、私の武器があれば最悪」
自害はできますよねと、冷たく白亜は言う。
ぞっとしたが、しかしすでに白亜が本心を押し殺して冷徹に徹しようとしていることを、道隆は知っている。残酷なことを言われていると理解はしているが、これは彼女が取れる最大の譲歩だということも理解できた。
――これを断れば、今度こそ殺されるだろうな。
断るつもりは更々なかったが、道隆はそう予測した。
「分かった。それでよろしく頼むよ」
「本当にいいのですか?」白亜はやや気後れした様に言う。「当然ですが、危険ですよ?」
「何の心配だよ」
道隆は思わず吹き出し、ようやくナポリタンをフォークで持ち上げた。すっかり冷めていたが、病院食より遥かに美味しかった。
「ちょうど金目の話題も出たし、ちょうどいい。君は二年前の事件に金目が関わっていると言ったな。そのことについて、詳しく聞かせてくれないか」




