無限ループ
昼前だけあって、ファミレスはやや混雑していた。
白亜は禁煙席の隅っこの四人がけの席に一人で座っていた。おーいと笑みを浮かべながら手を上げようとした時、嫌なものが目に入り表情を強張らせる。白亜の隣の席に、例の不細工プテラノドンの姿が見えたからだ。
「あ、何だその顔は? 文句あんのか間抜け面?」
「当たり前に喋ってんじゃねえよ不細工が」
「綾瀬さん、プテちゃんへの悪口は許しませんよ」
「は。だとさ。ざまあみろ」
「あなたの味方をしたわけじゃないから黙って。そして一刻も早くプテちゃんから出ていって」
道隆は白亜の向かいの席に座る。テーブルの上にはコーヒーカップが一つだけ乗っている。中身は半分程度しか減っていないようだが、既に冷めきっているようである。道隆はメニュー表を取り上げ、白亜に差し出した。
「好きなのを頼みなよ。僕の奢りだ」
白亜は差し出されたメニューと道隆を順に見やり、メニューを道隆の方へ押し戻す。
「いいえ。ここは私が出しますので、好きなものを頼んでください。色々とご迷惑をおかけしたお詫び……にもなりませんが」
道隆はむっとしてさらにメニューを押し返す。
「この場所を指定したのは僕だ。それで君が金を出すのは筋が通らない」
白亜もむっとしてまたもメニューを押し返す。
ファミレスのメニューを挟んで二人で睨み合っていると、はあと呆れたようなため息が聞こえた。
「公共の場でいちゃついてんじゃねえよクソガキ共が」
道隆と白亜が同時にプテラノドンを睨みつけると、「おお怖」と笑い混じりに言って、それから押し黙ってしまった。
結局、なし崩し的にこの場は折半することになり、道隆はナポリタンを、白亜はステーキ定食をご飯大盛りで注文した。
「白亜ちゃん、もしかしてめっちゃお腹空いてる?」
「それなりには」
「それなりにねえ」
メニュー選択にあまりに迷いがなかったため、もしかすると行きつけなのかもしれないと道隆は想像した。
かつて一家の家事を担っていた彼女である。たまには他人が作った料理が恋しくなるのかもしれない。などと道隆は邪推した。
だが、それは今は横に置いておくことにし、本題を切り出した。
「言わなくても分かってると思うけど、君には聞きたいことがたくさんある。今日は答えてくれるんだよね?」
「ええ。もちろんです」
白亜は淀みなく即答した。その速さがかえって怪しく感じるのは、これまでわけの分からないことに立て続けに襲われた反動かもしれなかった。
「それじゃあさっそく答えてくれ」
道隆は周囲をそっと伺い、白亜へと身を乗り出し、声を潜めて尋ねた。
「どうしてあのとき、僕を殺そうとしたんだ?」
白亜は小さく息をつき、冷めたコーヒーをゆっくりと口に運んだ。特に理由はなかったが、儀式めいた所作だなと道隆は思った。
「あなたには……」一拍間を置いて、白亜は言った。「あなたには、死を否定する力があるからです」
白亜はカップの中の黒い液体に視線を落としたまま、道隆の顔を見ない。道隆は何となく分かってきた。白亜は冷徹な振りをしているが、本当に言い辛いことや後ろめたいことがあるとき、道隆の顔から目を逸らす。
「君は、やっぱり知っていたんだな。分かっていて、隠していた」
「はい」
白亜は頷く。
「どうして隠していた?」
「そんな力があることを、知りたかったですか?」
「それは」
道隆は返答に窮した。
知りたくなかった。それが道隆の正直な気持ちだった。それを知った今も気持ちのいいものではないし、むしろ気味が悪い。
それにと、白亜は淡々と続ける。
「自分に特別な力があるからと、それを悪用されるわけにはいかないからです」
道隆は眉をひそめた。
「僕がそんなことをすると?」
「思いません。綾瀬さんがどうしょうもなく善人であることは分かっています」
「それ……褒めてる?」
「馬鹿にされてんだよ馬鹿が」
白亜は黙ってとプテラノドンをぎゅっと握り締めた。
「悪用とは言わなくても、乱用することはあるかもしれないでしょう? あなたは、そんな力があると知らなくても、他人のために命を投げ出すような人なのですから」
白亜を庇った時のことを言われると道隆はぐうの音も出ない。そこについては反論ができそうになかった。
しかし、ならば――
「どうしてそれが僕を殺す理由になるんだ」
道隆は尋ねる。
白亜は少しだけ言い淀むような素振りを見せたが、平坦な調子で答える。
「あなたは――おそらく、病や老衰でも死なないからです」
「え……?」
「人は必ず死にます。もしも綾瀬さんが天寿を全うし、老衰死されたとします。そのときあなたはまた死の直前に戻り、またすぐに老衰死することになります」
分かりますか、と言葉を繋ぎ、決然とした目で白亜は道隆の顔を見る。
「綾瀬さん。あなたは将来、永遠に死を繰り返すだけの存在になるのです」
白亜の言葉を、道隆はすぐに飲めこむことができなかった。言葉の内容が、あまりに常軌を逸していたからだ。
永遠に死を繰り返すだけの存在。
自らの末路が明確なイメージを結び、道隆は絶句した。
「それを回避する手段は、ただ一つ」
言葉を失う道隆に、白亜は言った。
「私が――あなたを殺すしかありませんでした」
その言葉を最後に、二人は沈黙する。
注文した料理が湯気を上げながらテーブルに運ばれてきた。




