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アウスコトマ  作者: 屋形湊
第三章
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氷の心、正義の槌2

幼い頃にテレビで見たヒーローがいる。

弱い人々のために、その身を犠牲にして戦う正義の味方。それが戦う姿を真似てパンチやキックの練習をしたものだ。そんな、どこにでもいる男児だった。


「う……うあ……あ」


結局のところ、大多数がそうであるように、自分はただの一市民でしかないのだ。テレビの中なら守られるだけの存在である。

テレビと違うのは、誰も守ってくれなかったということだけ。


「ああ……あ」


だから自分がヒーローになろう。自分と同じように助けを求める人々を守るのだ。助けを求める人の横に立ち、支えてあげられる人間になるのだ。

尾辻健太郎が弁護士を志したのは、そんな子供じみた、ありふれた理由からだった。


「あ、あ、あ……」


さっきから足元がうるさいなと、健太郎は視線を落とす。

両腕が凍って地面に磔にされた男が呻いている。つい数分前に健太郎を蹴りつけた男だ。その傍らには全身が凍りついた酷く汚らしい氷像が転がっている。


「あ、い、いた……冷た……たすけ……」


「うるさいな」


健太郎は蟻でも踏み潰すように男の顔面を踏みつける。鼻の砕ける音が響き、血が流れる。それが酷く汚らしいものであるかのように足をどかし、眉をしかめた。


「一人逃がしたな」


体が酷く冷たい。

真夏だというのに吐く息は真っ白だ。

健太郎は感触を確かめるように両手を開閉する。


「た、たすけ……許して……」


男は健太郎を見あげ命乞いをする。ガタガタと歯の根が会わない様子である。恐怖のためか冷気のせいか、おそらくは両方だろう。

その冷気をさらに強くするような冷たい目を、健太郎は足元に向ける。


「お前たちは、俺の言うことに一度でも耳を貸したことがあったっけ?」


男は絶望的な表情になる。


「わ……悪かった。あ、あやまるから……助けて……助けてくれ……」


健太郎は嘲るような薄笑いを浮かべる。


「そうだな。逃げたあのリーダー気取り。あいつの居場所を教えるなら、考えてもいいかな」


「あ、あいつ……井田のこと……か? ……し……しらない」


健太郎は男の右の手を踏み潰した。まるでガラスが砕けるように、男の右手は粉々に砕け散る。男は声にならない悲鳴を上げた。


「ほら、早く答えないと腕がなくなるぞ」


そう言い、さらに手首を踏み潰す。どの道その腕はとうに壊死している。解凍したところでもはや使い物にはなるまい。

それを知らない男は自らの体が粉砕される光景に狂乱し、唾を飛ばしながら叫んだ。


「本当に知らないんだ! お、俺達は本当に、たまたま遊びに来ただけで、この辺のことなんか、何も知らな――」


最後まで聞くことなく、健太郎は前腕を潰す。


「――く、車だ! 俺たちが乗ってきた、車がある! そこに、あいつの荷物があるから、何か分かるか――」


「どこに停めてる?」


「ば、場所は、この辺の、コインパーキングで、白いセダンで、あ、鍵だ! 鍵が俺のポケットに! そこにナンバーが書かれてるから!」


健太郎は上腕を踏み潰す。男の右腕は、これで肩から先がなくなってしまった。


「あ――はは、俺の腕、ひひひひははは、俺の腕が、キラキラ、きれい、ひゃははは――!」


地面をのたうち回りながら男は狂乱する。それを冷めた目で見下ろし、健太郎は男のポケットから車の鍵を抜き取った。レンタカーのようで、男の言った通りナンバーが書かれたシールが貼ってあった。


健太郎はもう用済みと、耳障りな笑い声を撒き散らす男の胸を踏みつける。

そこを中心に冷気が集まっていき、バキンと鋭い音が響くと男の全身が一瞬で凍結した。

それを仰ぐように右手を軽く払うと、たちまち傍らの氷像もろとも男の上半身が砕け散った。飛び散る男の断片は、ダイヤモンドダストのように宙に散らばり、キラキラと瞬いた。


――そうだ、井田だ。


怨敵の名前を思い出す。リーダー気取りの、あの男。

自分の人生と、大切な友人を脅かす、明確な敵。

それだけではない。あのような人間は、きっと生きているだけで、善良な他の誰かにも危害を加える。

他者を傷つけ、奪うことしか頭にない、まさしく害虫だ。


――駆除しなくては。みんなのために。


冷え冷えとした思考に、唇が歪む。

過去の屈辱が、快楽に変換される。


ふと、奇妙な、誰かに見られているような感覚を覚える。表通りの方に目を向けたとき、まるで人の気配がないことに気が付いた。

さっきの男もかなり大きな声で喚いていたが、誰もこの路地裏を覗き込もうともしなかったことに気がつく。不思議に思ったが、しかしすぐにまあそういうもあるだろうと納得し、深く考えることをしなかった。


「素晴らしい」


そのとき、路地裏の奥に男――のようなものが立っていることに気が付いた。

目を凝らすが、なぜか輪郭がぼやけてその姿をうまく捉えることができない。妙な話だが、太った青年のようにも見えたし、枯れ果てた老人のようにも見える。


「少し揺らしただけだったが、思いの外愉快な結果になったものだ。黒翼を始末した者を見物に来たついでに、良い拾いものをした」


「誰だ?」


影が揺らめく。

人の気配のまるでない静寂の空間で聞こえるその声は、異質だった。しかし、どういうわけか健太郎は少しも恐怖を覚えなかった。本来、彼は臆病な性質だというのに。


「エイゼン」影は起伏のない声で言った。「尾辻健太郎。お前の新たな誕生を、祝福するものだ」

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