敵国の学園にスパイとして潜り込んだこの私が、高貴なる第二王子に脱衣尋問されるなんてーー!
『高貴なる御方に謎シチュエーションで迫られたい』というオーダーをいただいたので書きました。
「これから僕の質問に答えてもらう。嘘をついたり誤魔化そうとする素振りを見せたら、その度に君の衣服を一枚ずつ剥がせてもらうよ」
この日は誰も通らないはずの学園の別校舎。あろうことが学舎の中庭で私は両手と両足をそれぞれ縛られたまま、ベンチに座らされていた。
「くっ……。わ、私が嘘を付いているかどうかはわからないのでは」
私はキッと睨みつけるようにして、目の前の金髪の男を見上げた。彼は、艶のある短い髪を掻き上げる。
「わからないときは二枚剥くことにする。それでいい?」
「!」
私の調査対象、第二王子アレックス様はこのような人だった。思えばいつも優等生のような顔をしているくせに肝心なところは掴ませてはくれない狡猾さがあった。
私、ヒルダは祖国から主に容姿でこのスパイ役に選ばれた。こちらの王国で流行っているという作品の悪役令嬢に似た顔、男ウケの良い豊満かつ引き締まった身体。そして、第二王子が密かに探させているという想い出の少女に似た特徴――赤銅の髪に金の眼――を持っているからだ。
「まず、一問目。君は我が王国の南端と接する国、オキーナの貴族令嬢だ。だが、同時にスパイとして我が国の実情を探っている」
「貴族令嬢ではあります。でも、スパイでは――!」
アレックス様は私の頭から学園指定の白地に茶のラインの入ったベレー帽を取り去った。そのついでに頭をポンポンと撫でられる。
「僕は優しいからね。最初は帽子から取ってあげる」
「……!」
まさか、本当に脱がされてしまうのだろうか。
アレックス様に?
(学園の制服で良かった。学園の制服はパーツが多いから、いくつか発言を間違えてもまだ、大丈夫)
「第二問、君の目的は王国の次代の後継者の調査だ。即ち、このハピネスキュア学園に在籍する王太子や僕、そして第三王子の素行について調べること」
「違います」
私の調査対象は最初からアレックス様だけだ。王太子や第三王子には別の者がついていると聞いていたが、早々に婚約者に見破られて国に返されたらしい。アレックス様には何故か婚約者が居ない。優秀な私だけが孤立無縁でこの一年を耐えてきた。
「そうか……」
アレックス様はそう言いながら私の手袋を外し始めている。学園指定の革製の薄い手袋を外すのに苦戦しているのか、何度もアレックス様の手が私の素肌に触れる。
(綺麗な……指……)
ピアノを嗜むという彼の細くて長い指が私の指に絡んでいく。そういえば、この一年、学園では何かと彼と手を繋ぐことが多かった。
そうではなくて。
「違うと、言っております!」
「真偽がわからなかったんだ。二枚剥くね」
(えぇ!?!?)
私の手が容赦なく両方とも外気に晒される。嘘をついていないのにこれではあんまりだ。残るパーツはまだあるけれど、これではすぐに――。
(私、どうなっちゃうの――!?!?)
「第三問、君は僕の側近のゴートにちょっかいをかけたね。僕の情報を知るために昨夜はゴートとゴートの妹のゴーリーと三人で飲んでいた」
「そうです。ゴート様は親切にもアレックス様のことを沢山教えてくださいました」
昨夜は、スパイとして大きく前進した日だった。秘密の多いアレックス様の好物や休日の過ごし方の情報は、きっと並大抵のスパイでは手に入らない。実はいちご牛乳が大好きだなんて、可愛いところもあるものだ。早くこの情報を祖国に送らなければならない。
「そこで、あろうことかゴートの家で泥酔してお泊りをした」
「違います! 私が飲んでいたのはお酒ではありません!」
「君は間違えてゴートのお酒を飲んだんだよ。はい、嘘」
アレックス様は私の手の拘束を一度外して、私の学園指定の上着のボタンを下から外していく。胸の前のボタンだけは外す前に少しだけ躊躇している。
「魔法でやらないのですか?」
「あぁ、何故だかわかるかい?」
「いえ、全く」
「……ヒルダ嬢はスパイには向いていなかったと思うな」
そう言いながらアレックス様は胸の前のボタンにも手を掛けた。厚い上着を脱げば、長袖の制服のワンピースが露わになる。生地は白を基調とした厚手の生地で、色は地味だけれど装飾はまるでアイドルのような華やかさがある。胸元の茶色のリボンが可愛らしさを強調するお気に入りの制服だ。
「一応聞くけど、昨夜は何もなかった?」
「ありました!」
「えっ?」
何もないわけがない。昨夜は特大の情報も掴んだのだ。
「ゴート様がとても楽しそうにお歌を歌いになるので、皆で合唱会をしました! “アレックス様のことをなんでも知りたいです!”と言ったら、“君もやっと気が付いたのか! ついに殿下にも婚約者が出来るな! これまで長かった長かった!”とゴート様が歌い出したのです。あの時はよくわかりませんでしたが、今思うとあれはこの国の結婚式のときの歌ですね」
今まで頑なに婚約者を作らなかった第二王子に婚約者が出来るなんてかなりのビッグニュースである。
「ところでどなたとご婚約されるんですか?」
「……もう一枚脱がそう」
アレックス様は私の制服のリボンをしゅるりと取り去った。そして、手の拘束も元通り。
(なんで!?)
*
「そろそろ辛くなってきたんじゃないかい? 今なら全てを話すと言えば、全部脱がすのはやめてあげる」
「くっ……」
上着がなくなったことで、私の防御力はかなり下がった。
私の残る衣類は両足の靴、ニーソックス、制服のワンピース、そして下着類だ。制服を脱がされてしまうことだけは避けたい。ベンチに座ったまま、私は起死回生の一手を考える。
(ここまで一方的に脱がされてきたけど、きっと私にだって反撃のチャンスがある!)
「良いのですか? こんなところを第三者に目撃されたら第二王子が変態だとバレてしまいますよ。屋外、しかも学園の中庭で罪もない女の子の服を一枚一枚剥がしているなんて! 民がこんな破廉恥なシーンを見たら、王家に対する支持率の低下は免れません!」
そう、今日は休講日――とはいえ、部活動やその他で学園に来ている者は居るだろう。ちなみに、私は今回の呼び出しに制服でやって来ているが、アレックス様は私服だ。
「一応、人払いはしているけれど、見られたいなら考えるよ」
「べ、別にそういう趣味はありません! この変態! スケベ!」
「はい、悪口で二枚剥がそう」
まるで王子様がシンデレラに靴を履かせるような、ゆっくりとしたテンポで私の靴がそれぞれ脱がされていく。
(わ……ぁ)
ここに来て私は、もしかしたらこの尋問はとても不健全なものなのではないかという可能性に気が付いた。だって、残っているのはニーソックスと制服。だけど、そのどちらも。
「ニーソックスまで脱がすのは……あの……流石に……ねぇ、アレックス様、昔他国に遊びにいっているときに会った女の子を探しているんでしょう?」
「そうだよ、前話したよね」
「そのような相手が居るにも関わらず、私のようなモブ女子のニーソックスを脱がせたと聞けば、その女性も幻滅するのでは!?」
例え二人の間に百年の恋があったとしても他の女子のニーソックスを脱がしたという事実を聞けば、熱が冷めてしまうのではないだろうか。
「ヒルダ嬢……本当に思い出せないのかい?」
「?」
アレックス様は私の靴を丁寧に揃えて置いた。
「わかんないですけど、これ、なんだか、ゾクゾクします。いやらしいことです!」
「ヒルダ嬢は僕といやらしいことをするのは嫌?」
「それは……その……嫌かどうかはやってみないとわからないと言いますか」
「そうだよね。君は優秀で勇敢だ。さぁ、やってみようか」
「!」
アレックス様は足の拘束を解いた。そのまま私の太ももに手を掛けてニーソックスを脱がそうとする。
「だ、だ、だ、だめーー!」
私は両足で思いっきりアレックス様の顔を蹴り上げた。当たりどころが悪かったのかアレックス様の鼻からは血が出てしまっている。
「……ニーソックスはやめておこう」
*
鼻血が止まったアレックス様は再び尋問を開始する。
「そもそも君はこの一年、僕の気持ちに何も気付かなかったのかい?」
「と言われましても……」
私はこの国に来てからのことを思い出す。
この南北に長い王国の北端にある王都にやって来て、環境の違いに戸惑うことはあれどかなり快適に過ごさせていただいたとは思う。
「この一年はアレックス様と試験勉強したり、アレックス様と城下町散策をしたり……あれ? アレックス様とずっと一緒に居た気がします」
「それで何か気付かなかったかい?」
私は重大なことに気が付いた!
これは祖国に持って帰らなければならない情報だ!
「アレックス様、もしかして私以外に友達居ないんじゃ……?」
「……。」
可哀想に。
「なんでヒルダ嬢はこの残念な頭でスパイなんかしようと思ったんだ」
「残念ではありません。それに、私は幼い頃に結婚の約束をした子を探すためにこの国にやって来たんです。アレクっていう金髪の男の子ですっごく優しいんですよ! アレックス様とは大違いですね! 目の色とか雰囲気とかはそっくりなのに!」
「……はぁ」
アレックス様は力無く地面に膝をつく。
「この一年徐々に距離を詰めていって、どこかのタイミングで気付いて貰いたかったのに、まさか、こんなにヒルダ嬢がポンコツだったなんて……。強硬手段に出たってしょうがないだろう」
「ポンコツではありません! 優秀だからこんな最新技術の詰まった兵器を託され――あ」
うっかり、口を滑らせてしまった。
「やはりな。そもそも君は、僕が本当に趣味でこんなことをしていると思っていたのかい?」
「違うんですか!?」
“半分しか趣味じゃない”と言いながら、アレックス様は私に近づく。
「僕は報告で知っているんだ。その制服の下に君が何を隠しているのか!」
「!」
私は丸まって身体を守ろうとするが、拘束で身動きが取れない。
「だめ……剥かないで!」
「もう遅い」
容赦なく私の制服のファスナーに手が掛けられる。
(み、見られる!)
*
「これが――君の国のユニクオ社が開発した最新兵器高機能吸湿発熱繊維か。こんな極寒の地で南国生まれで寒がりの君が急に元気になったから驚いていたんだ」
この王国は一年を通して寒く、雪が積もっている。
私の制服の下には、昨日からワンピース型の最新兵器高機能吸湿発熱繊維が隠されていた。どんな極寒の地でも活発に活動できるこの兵器のテスターとしても私は情報を集めるよう命じられていたのだ!
ちなみに、制服に合わせた仕様でジャストサイズのため、今の私は制服以外の私服を着ることができない。
「お願いです、高機能吸湿発熱繊維だけは……もうこれがないと寒くて死んでしまうのです……! なんでもご協力しますから!」
一度この温かさを知ったら元には戻れない。高機能吸湿発熱繊維を奪われたらと思うと生きた心地がしない。
「君は高機能吸湿発熱繊維を脱いだ際にはもっと気にすることがあるのでは……? どうして肝心なところの羞恥心がないんだ。まぁ、いい。お望み通り、尋問はここで切り上げよう」
アレックス様は私の拘束を解くと、今度は私に一枚一枚脱がせた服を着せ始めた。もちろん、彼に女物の服の着せ方なんてわかるわけがない。
(服の着せ方が雑!)
これなら自分で整えた方がマシなのに、アレックス様は私に手を出させてはくれない。上着まで着せられたところで、私はお姫様だっこをされることになった。
「寒かっただろう。ごめんね」
「いえ、その……ところで、この体勢は?」
いかにもどこかに運ばれそうな空気である。アレックス様はニコッと笑うと、突然芝居がかった声でこんなことを言い始めた。
「南の国が身に付けるタイプの恐ろしい新兵器を開発していたとは! この新兵器を纏って我が国に侵攻してきたら大変だ。今のうちに南の貴族の御令嬢と婚姻関係を結んで親密な関係を築かなければ」
「!」
優秀な私は閃いた。
「そうですか。では本国に戻って然るべき御令嬢をご紹介しますので、私はまず本国に」
「おっと、こんなところに丁度よく南国の貴族の御令嬢が。あー、既成事実を作ってゴリ押しするのも良いなぁ。きっと手際の良い部下達が諸々の手続きをやってくれるだろうなぁ」
タタタッと足音がしてどこかに隠れていたのか騎士の方々が方々へ走り去っていく。
「既成事実って何ですか?」
「既に事実として成り立っていて受け入れるしかないことだよ」
「へぇ〜、なんだか大変ですね」
アレックス様は時折難しい単語を使う。私は既成事実が何なのかは結局わからなかったけど、きっと悪いようにはならないだろう。
アレックス様は私の耳元で小さく囁いた。
「お詫びに、今度は人肌で温めてあげるね」
「? ……〜〜!?!?」
ーーおわり
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