マナ関知教室
「すごいよアリシア! 何だかぽかぽかする!」
まだ小さな私の手に、さらに小さな手が重なっている。幼かった頃、孤児院で感覚共有をしたことがあった。教えられたわけでもないけど、手を握ったら繋がる気がして、その子と手を繋ぎ”ぽかぽか”を共有した。
中には共有が出来ない子も数人いたけれど、それは特段気にしていなくて、今日はできるかな? 明日はできるかな? といつか自分も”ぽかぽか”がわかる日か来ると、信じて続けていた。
怪我を治す魔法が使える、院長先生が領主様にそうお話したのがきっかけだった。ただのアリシアだった私は、アリシア・マリージュとなったのだ。
お父様もお母様もとても優しい人だった。私の気持ちを優先してくれて、怪我を癒すこの力を役立てたいと伝えたら師を紹介してくれた。それがジョシュア様だった。
「マナの関知は問題ないね。今度はコントロールをしてみようか。私の手を握ってマナを私の回りに纏わせる、最初は難しいですがやってみましょう」
孤児院時代に友達と共有していた”ぽかぽか”がマナだと知ったのはこの時だ。遊びで行っていたことが、まさかマナコントロールの一種だったなんて。
その事に驚く私と、幼い頃からやっていたという事実に驚くジョシュア様とで目が合い笑ったことを今でも覚えている。
「ボルド様、手を」
「ああ」
差し出した両手に、骨ばった大きな手がのる。その手を優しく握ったら準備は万端だ。
「今から私の魔力ーーオドをボルド様に流します。自分以外のオドをどう感じるのかはその人の感覚次第なので私にはわかりませんが、何かしらの感覚があるはずです」
熱く感じる人、ピリピリとした電気のように感じる人、なにか生き物が蠢くように感じる人。こればかりは本当に人それぞれなので、感じてもらう他ない。
ちなみに私は、ゾワリとするような何とも言えない感覚になるのであまり好きではない。
「私の魔力を感じることができたら、今度は私がその魔力でマナを引き寄せ取り込みます。そうすると微量なオドよりマナの感覚が残るので”ぽかぽか”した感じがします。それがマナです」
「アリシアの魔力は残したままでいいのか?」
「段階です。最初は私の魔力ごと、次に魔力を抜いても関知継続、最終的には一人で……という順序でやっていこうと思います」
「そうか、了解した」
最終的には自分で魔力にマナを練り込むこのがゴールだから、もちろん一人で関知してもらう。
属性魔法は干渉してくるマナをそれ以上に練り込み、非属性ではなるべく0に近くなるよう除外する。私の魔法はこの仕組みなのだけど、ボルド様がもしマナに干渉できるのであれば、コントロールすべきは属性魔法だけなのだろうか。
そもそも、この時代にも属性、非属性とあるのだから、非属性には何かしらの負荷が掛かって放出量が減っているのではないのだろうか。
例えば、この時代もマナの干渉自体はあって本人達がマナを関知できないだけ、とか。そうなると結果的に、属性魔法は通常に放出する際に干渉したマナで少し威力は上がる。非属性に関しては干渉したまま除外もせずに放出するので魔力量に対してかなり威力が落ちる。この考えの方がしっくりとくるのだけど、どうだろう。
こればかりは、魔法を実際につかってもらわないとわからない。
「どうした?」
いけない、思わず考え込んでしまった。
「ごめんなさい、実際にどう違うのかを考えてしまって……」
「どう、とは?」
「マナの干渉の事です。私はこの時代の人はマナの干渉がないのかと思ってたのですが、本当はマナの干渉があるんじゃないかって思って」
「マナの干渉? だが、マナという存在を知ったのも今日だ。それなのに既に干渉を受けてるなんて事あるのか?」
「あくまでもこれはまだ推測の域ですが。そもそも関知と干渉は全く別です。マナの関知は自身が感じとる認知する事、それに対してマナの干渉は、うーん、そうですね、勝手に関わってくる、謂わばありがた迷惑です」
「ははっ、そんな厄介者のように」
「だってそうですよ? もしもこの推測が正しいのであれば、ボルド様達の魔法はマナによって勝手に威力を上げられたり下げられたりしてるのですから。マナはコントロールする、これが私たちの基本です」
「なるほど。それが今はなき魔法技術なのだろうな」
「って、何だか偉そうにすみません」
「そんなことはない、色々考えてくれたんだろ? ありがとう」
いくら私たちの基本でも、それをこの時代に”基本”と言いきるのは少しまずかったか、そう思ってしまったけど、ボルド様は興味深そうにそして楽しそうに聞いてくれた。
「で、お二人さん」
突然、ドア前に立っているジョエル様が声を掛けてきた。
「そのまま仲良く両手繋いで向き合ってお話続けるんですか?」
悪戯な声に、ふと我に返る。
そう、マナ関知の”準備万端”なのだ。この状態なのをすっかり忘れて、少し楽しく笑いあってしまった、恥ずかしすぎる。
見るとボルド様も考えることは同じなのか少し固まっている。
「仲が良いのは良いことだけど、私がいること忘れないでくださいね?」
何なら目を瞑りますよ? と広角をあげニヤリと笑うジョエル様に「そんなんじゃありません」と言うと「揶揄いがいがありますね」とくすくす笑いながら返されてしまった。
「えっと、では、はじめます」
「あ、ああ」
繋いだ手からゆっくりと魔力を流しはじめる。手、手首、肩……ゆっくりとゆっくりと少量の魔力を流していく。
「今、私の魔力を流しています。わかりますか?」
ボルド様は目をつぶり集中しているようだ。眉がぴくりと動き眉間に小さく皺が寄る。
「ああ、なんとも表現しがたいが自分のものではない何かが流れている不思議な感じがする」
「それが私の魔力です。では、ここからマナを引き込みます」
排除していたマナを引き込む。最初は分かりやすい方が良いだろうから、少し多めに引き込むことにしよう。
手のひらがふわっと暖かくかんじる。この”ぽかぽか”が伝われば。
「今、マナを引き込みました。……どうですか?」
「ーーすごいな」
下りていた目蓋が開かれ、キラキラのエメラルドグリーンが私をとらえた。昨晩一瞬みた少年のような表情にこちらも頬が緩む。
「マナというのは何か暖かく心地よいものなんだな。こんな感覚も、存在も知らなかった。まるで魔法を初めて覚えたあの頃に戻った気分だ」
思ってた表情をそのまま口にされて今度は思わず小さく声に出して笑ってしまった。
「ふふ、関知は問題ないみたいですね。では今度は私の魔力をこのまま抜き取ります。そのままマナを感じ続けられればクリアです。いきますよ」
流してた魔力を今度はスッと一気に抜き取る。私の魔力干渉がなくてもマナをかんじる事ができるようになれば、関知の最終段感である一人でも自分の回りのマナを関知する、に近づく。あくまでも関知であってコントロールではない。
まずは一歩ずつ、だ。
「これはーーだんだんと暖かさが弱まってきた……今、消えた」
「魔力を抜いてから10秒くらいですね。もっと長く、最終的には持続してマナを感じられるようにしましょう」
「ああ、もう一度頼む」
ボルド様はすごく魔法の適応力が高いらしい。何度が繰り返し行うと、その度に継続してマナを感じとる時間も延びていく。
400年前だと彼はもしかしたら魔術師になっていた可能性もある。ふと、ジョシュア様と話しているボルド様の姿を浮かべた……平和そうで意外と話しも合うのかもしれない。でもーー、やはりケイオス団長に揶揄われながら騎士をしている姿の方がしっくりくる。やはりボルド様は騎士なのだ。
「アリシア、どうした?」
「あ、いえ、ボルド様はやっぱり騎士様だと再確認しておりました」
「師からみて、魔法の才能があまりないと言う事か?」
「師?」
「ああ、アリシア、あなたから学んでいるのだから」
「やめてください、ちょっとばかり希少生物なだけで、ただの魔術師なのですから。それに、ボルド様が騎士様だと再確認したのは、魔術師になる可能性がありそうだったからですよ」
「俺が、魔術師に?」
「はい、それだけセンスがあります! って偉そうに言える立場じゃないですが」
「でも騎士なのだろう?」
「うーん、それは……私の時代で考えたときにジョシュア様と話してるよりケイオス様、あ、ケイオス様は騎士団長です。そのケイオス様に揶揄われてる姿がしっくりきすぎてしまい……」
「……アリシア嬢」
「あはは、ごめんなさい。ほ、ほら! 集中してください、魔力抜きますよ!」
「ふっ、ああ、わかった」
その後数回繰り返し、おおよそ継続的にマナを感じられるようになったのには驚いた。
思っていたより時間が早かったので、ジョエル様にもやってみないかと声をかけたとこと「俺の方が先に習得したら団長凹んじゃうので」と冗談交じりに返された。地道な練習はあまりお好きではないのだろうか。
ともあれ、後は関知の最終段階一人で回りのマナを感じとる、だけだ。これは少し難しい。日常的に行うことが大切だ。
「今の感覚を忘れないようにして、日常生活で回りにあるマナを感じ取れるようにするのが、一端のゴールです。なので、寝る前にでも、訓練の合間でも集中が出来る時に、先ほどの暖かさを一人で感じ取れるように感覚を磨いてください」
「ああ、やってみるよ。ありがとうアリシア」
「とんでもない。あとボルト様、マナの干渉の推測の件ですが……今度魔法を使うところを見せて頂きたいです。そうすれば干渉の有無もわかると思うので」
「ああ、俺にできることならば」
「ありがとうございます!」
マナの干渉の件はボルド様が協力してくれれば魔法をみせてもらったその時に解決するだろう。
お礼を言って部屋を去る二人を見送る。窓を見ると、空がほんのりオレンジに代わりはじめていた。
ジョエル様は正式には明日から護衛につくそうだ。涙を流した姿には正直驚いた。それに微かに聞こえた言葉。聞き間違いでなければ”ユアハイネス”。知ってはいるのだけど、私の時代のフェジュネーブ王国ではあまり耳慣れない。あれは王族に対して使う言葉だ。過去になにか関係があったのだろうか。
ここまで考えたが、詮索はよくない。本当にそれが良い思い出なのかどうかすらわからないのに。ボルド様さえ驚いていたのだ、今日知り合った私に簡単に話せる内容でないのは確か。詮索はやめよう。
「よし! 夕飯までお散歩しよう」
現時点で許されてる範囲は宿舎とその敷地内。部屋で退屈するよりはいいだろう。街に出たりは、今度またボルド様やジョエル様に相談してからだ。
背中に掛か明るいオリーブベージュを少し高めにひとつに結った。窓の外の木々が葉を揺らしているからだ。
そのままドアを開け、階段を下りる足音はどこか弾んでいた。
お読みいただきありがとうございます。
手を繋いでることを忘れちゃうちょっと抜けてる二人が書きたかったので満足です。