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 ラピスラズリ

 先程までの賑やかさは何処へやら。

 しんと静まり返った自室に一人座っている。建物内は驚くほどの静けさだが、窓の外からは稽古中の声だろうか、時より掛け声が聞こえてくる。


 書斎での騒動の詳細は結局教えては貰えなかった。

 あの後再び、オドとマナの簡単な説明をして属性魔法を使う時はオドとマナを練り込み放出するので、威力が格段と上がることをお伝えしたので問題はないだろう。

 聞けば、今はマナを使わないらしい。オドを魔力と呼びそれだけで魔法を放出しているとのことだ。

 自身の属性もオドだけでの放出だとすると、属性以外の魔力はオドの中でも練り込める量が違うのだろう。

 400年前(わたしたち)は魔力を練る時にマナが干渉してくる。自身の属性魔法はマナも一緒に練り込むことで、練り込んだオドの量の倍以上の放出が出来る。問題はその他の属性だ。非属性魔法はマナを一緒に練り込んでしまうとオドと反発して放出量が減ってしまうのだ。だから、練り込む際に干渉してくるマナを何れだけ省けるかで魔法の威力が決まる。

 干渉してくるマナを100%取り除けたら、純粋なオドだけの威力の放出が可能だし、取り除けるマナが50%であれば、その分オドと反発して放出の威力が落ちる。

 ジョシュア師団長はマナの干渉を他の誰よりも除くことが出来た。もちろん100%ではないけれど、限りなくそれに近く。結果、今も尚名の残る最高の魔術師なのだろう。


 コンコンコンと扉のノック音が部屋に響いた。ぼやっと考え事ををしていたせいもあり、小さく肩が跳ねる。情けない声を押さえたことは自分を褒めてたいと思う。


「はい、どうぞ」

「待たせてしまい、すまない」

「いえ、そのようなことはーー」

「失礼します」


 ボルド様のすぐ後にもう一人、黒髪の騎士が部屋にはいってきた。一つに結んだ長めの髪、目があった瞳は深い青だった。にこりと微笑んだ彼はボルド様に続き私の前に立った。


「紹介しよう、彼は君の護衛をすることになったジョエルだ」

「はじめましてアリシア嬢。私の事は気軽にジョエルとお呼び下さい」


 ニカっと向けられた笑顔に人懐こさを感じる。


「ジョエル様、どうぞよろしくお願いします。……でも護衛とは」


 私は護衛を要するような高貴な立場ではない。ただこの時代からすると()()()()ではあるけれど、それはあくまで時代がらであって、私個人は何の変哲のない人間だ。

 それに聖属性とはいえ魔術師だ。攻撃魔法はそんなに得意ではないけれど、400年前(私たちの時代)と違ってマナを干渉させないのであれば、この時代の属性魔法の使用者とやや近いレベルで非属性の魔法も使えるのではないだろうか。もちろん、マナの干渉をコントロールしながらなので、発動は属性持ちの人よりはやや遅くなるだろうけれど。


「自覚、といっても貴方にとっては普通の事なので難しいとは思うが、貴方が使う魔法は古代魔法だ。この世界で今その魔法を使えるのは、アリシアだけ、その事を覚えていてほしい」

「私だけ……」

「ああ。そして、最近隣国エルダジア帝国が古代魔法の魔術具を研究しているとの情報が入ってきている。近年領土拡大を優先としている国だけに、その魔術具が完成して何に使用されるかは、な」

「だから、研究を一気に加速させる要因は護衛対象、ということですね」

「ああ、申し訳ないが。自由を奪うわけではない、万が一怪しい者の手の内に、そんなことにならない為につける護衛だ。理解いただきたい」

「畏まりました。よろしくお願いします」


 ()()()()に向けた護衛で間違いないらしい。申し訳なさそうに、下がるボルド様の眉。どちらかと言うと迷惑を掛けているのは、突然やってきた私なわけで。

 明らかに表情に出てる、というわけではないけど、今は耳と尻尾が見える気がする。まるで人に懐いたフェンリルだ。


「副団長のそう言うふと見せる表情が、ご令嬢達の心を揺るがせるんですよね」

「? 何の事だ」

「本人に自覚がないから余計に」

「失礼ながら、私もわかる気がします」

「アリシアまで何の事だ」


 どうやら騎士団の中ではボルド様には対する共通認識があるようだ。あまりにも可愛らしく頬が緩む。微笑ましく思っていると、掬うように優しく私の左手が正面へひかれる。ジョエル様だ。

 そのまま跪き、そのラピスラズリのような深い青をこちらへ向ける。


「そういうことで……私が護衛につきます。お望みならばどんなことでもお手伝いしますよ、アリシア嬢」


 茶目っ気たっぷりにパチンとウインクを向けられる。ボルド様からは「はぁ」と溜め息が漏れている。


「剣や魔法の腕は間違いない。本当に頼れるやつだ。ただ多少、そのなんだ、自由というか奔放というか……悪いヤツではない」


 きっと溜め息は、想定内であったがゆえに漏れ出たものだろう。そんな変に対照的な二人に笑みが溢れた。


「ええ、ジョエル様。どうぞよろしくお願いします」


 深い青がキラリと輝き弧を描く。

 その表情があまりにも優しくて、綺麗で、言葉にしたいと思った。未だ左手をとったままの彼に。


 「ジョエル様の瞳……深い青、とても綺麗ですね」


 刹那、見開かれたその美しい青から溢れた涙。その青に写った私もまた驚きに目を見開いている。

 一筋二筋、頬を伝い落ちていく。明らかに私の発言からの出来事だ。無意識に涙の落ちる頬に右手が伸びた。その手が頬に触れるより早く、耳に届いたジョエル様の声。今にも消え入りそうな小さく、掠れた声。


「ーーユア……ハイネス……」

「……えっ?」


 ほんの一瞬の出来事だった。

 預けていた左手を優しく下ろされ「失礼しました」と下を向き涙を拭っているジョエル様は少し震えてるようにも見えた。


「どうした」

「すみません、ちょっと昔の事思い出してしまい」


 ボルド様の声に再び前を向いたジョエル様は、にへらっと気まずさを含んだように笑う。


「昔、幼馴染みが俺の瞳の色を褒めてくれて、それが凄く嬉しくて……なんだか急に思い出してしまったようです。アリシア嬢、驚かせてしまいすみません」

「いえ、素敵な記憶であれば。辛い記憶を呼び起こしてしまったかと」

「……心配させてしまいましたね。でも、お礼を言わせて下さい。アリシア嬢、突然で驚きはしたけれど、素敵な思い出を思い出させてくれてありがとう」


 先程よりもキラキラとした青が再び弧を描く。離された左手も再びジョエル様の視線のもとへ。そしてふわりと左の甲に熱を感じた。

 それが口づけだとわかった時には、驚きに頬が染まっていた。

 甲への口づけなんて実際によく見てきた事。目上の人への挨拶の一種でもある。ただこの場合、男爵令嬢の私はそれになれてはいないし、その立場になかった。

結果違うとわかっていても頭に過るのは物語などにもある令嬢達の憧れる”誓いのキス”だ。騎士様が跪き意中の令嬢に思いを告げる。そんなシチュエーションに友人と盛り上がったりするのだが、実際は一緒に仕事をする間柄の騎士様だ、あくまでも物語の中の話であって、そう要するに話のネタのようなものだ。

 ジョエル様なりのお礼、挨拶に近いものなのに、はじめての経験にどぎまぎとしてしまう情けなさだ。


「あれ? アリシア嬢、真っ赤。ははっ、もしかして慣れてませんでしたか。時代が違うからかな」

「ジョエル、今の時代もそうそう口づけはしないだろ」

「そうでしたか? 俺は日常だったので。あ、お気に召したのであらば、もっとすごい事も」

「い、いえ! 結構です!!」


 何が恥ずかしいかよくわからなくなって、ほてった顔の熱を沈めるべく手でパタパタを扇いだ。この間、私をからかった事をボルド様に注意されたジョエル様は、笑いながら一旦自身の持ち場なのかドアの横に移動した。護衛の件は紹介も予てで、一旦話は終了らしい。


「ここにきたのは護衛の話もだが、もう1つ。もし可能であればなのだが、教えてほしいのだ、そのマナと言うものの使い方を」

「マナの使い方、ですか」

「ああ、俺たちはそのもの自体を感じとることが出来ていないので使えるかどうかすらわからない。が、もし可能性かあるのであれば取得したい」


 真剣な瞳が私をとらえる。

 この時代にきて私は特になにも出来ていない。衣食住とお世話になっているのに、なにも返せてはいないのだ。だから、ボルド様が望むのであれば、そして私にお手伝いが出来るのであれば喜んでお受けしたい。


「人に教えた経験はあまりないのですが、私に出来ることであれば喜んでお受け致します」

「ありがとう」


 マナの扱い、それは幼い頃に主に親や師に当たる人から学ぶものだ。中には独学、無意識で身に付く人もいる。私の場合は半分が後者だ。

 孤児院時代に何となく使えた回復魔法。その才能をかって子供がいなかったマリージュ男爵が引き取ってくださったのだ。そして何となく使っていたマナの感じ方やコントロールを師であるジョシュア様に正しく教えて頂いた……それが幼い頃。

 その後たまに孤児院でマナの扱いを教えたりすることもあったけど、果たしてその方法をボルド様にそのままレクチャーしても良いものだろうか。かといって、他の方法なんて知るわけがない。

 結局のところ悩んでも仕方ないのだ。私が出来ること、ボルド様の為に出来ること、それをするだけの話なのだから。

 ボルド様に見えないよう、ふん、と小さく拳を握って入れた気合いがどうやらジョエル様には丸見えだったらしく目があって真似をされてしまった。恥ずかしすぎる。


「えっと、ではボルド様。まずは一旦やってみましょう」

お読みいただきありがとうございます。

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