魔力量と威力
昨日見た風景だ。
たくさんの本棚に、仕事をするために用意されたにしては豪華な装飾のある机。床には大きな絨毯。そして机の前に談話できるようなテーブルとソファー。
ここは殿下の書斎だ。
昨晩の約束通り、7の刻にボルド様が部屋までお迎えにきてくれて、そのまま食堂に向かうことになった。
前を行くボルド様は片方をかき上げた髪型になっていた。昨晩見た髪型を思い出し、ふと脳裏に浮かんだ言葉に思わず首を降る。
「どうした?」
「いっ、いえ、なんでも」
ーー確かに夜のあの雰囲気は素敵だったけど、それはあの時の事情も含め優しさ諸々があったからだし、カッコいいとかはそんなことはきっと、女性なら皆思うことだよね。
食堂では今まで生きていた人生の中でもっとも注目された気がする。私はただ案内をしてくれるボルド様の後ろを歩いていただけなのに、基本的にはみんな一度目を見開き動きを止めるのだ。まるで希少生物でも見たようなそんな。……まあ、本当に400年前からきた事が確定すれば希少生物で違いないのだけれども。現時点では普通の人間だ。
ボルド様に、私が変な格好でもしているのかと聞いても「騎士の宿舎に女性がいることが珍しいのではないか」と返ってきただけだった。
確かにそうだけど、女性騎士だっているよね!? と浮かんだ事はとりあえず飲み込んでおいた。
食事中は昨日の魔術具の話を少しした。他にも私の知らないものがたくさんあるようだった。生活もそうだが、武器としても存在すると言う。ただ、今のところは生活の魔術具と違い起動時に大量な魔力を使用するため、種類も多くはなく国で利用することが殆どだと言う。
「昨晩はゆっくり眠れたか?」
そん事を思い出していたら、ふと殿下の声が降ってきた。昨日と同じ人物なはずなのに、まるで別人のように違う雰囲気をまとっていた。
「お気遣い頂きありがとう存じます。もったいないくらいのお部屋で、ゆっくりと休むことができました」
「そうか」と返事と共に、殿下は談話用のテーブルになにやら広げ始める。
ーー地図?大陸と……王国?
広げて丸まった端を同じくテーブルにおいた本で押さえる。広げられたそれらは見慣れたような見慣れない、そんな不思議なものだった。
「結論から言おう。アリシア嬢、貴方の言っていたこと、整合性がとれた。あの後私の文官に、王の名、王太子の名、それらをジョシュア・ルグンベルグ殿の生きた年号と照らし合わせ調べさせた所、確認ができた。マリージュ領としても文献に数ヵ所ではあるが表記は確認できている」
「では、やはりここは……」
「ただ、ここまでは資料での確認だ。極端なことを言ってしまうと調べてねつ造することだってできる」
私が自身の証明として出したもの全ては記録に確認ができるが、だからこそなのだと殿下は言う。決定的な何かを証明して見せろ、そういう事なのだろう。
この時代が400年後の時代だとして、400年前との決定的な違い……そもそもこの時代を理解していないとその答えにはたどり着かないのではないだろうか。
そんなことで悩んでいると「そこで、だ」と殿下の明るい声がした。ふと視線を移すと、テーブルに積んである本の一角をポンポンと叩きながら説明をし始めた。
「残る文献等によると、400年前は今よりも魔法の力が強かったらしい、一説によると魔力量が多く使える魔法の威力が今とは比べ物にならない、と」
「魔力量、ですか」
そんなことはあるのだろうか。私が関知できるのは正確には量ではないが、大きさとして何となく把握はできるのだ。
今この部屋、部屋以外でも関知できる範囲だと確かに一番魔力を持っていそうなのは私だけれど、次いで多いであろうボルド様との差がもの凄くある、というわけではないのだ。さらに次いで、ドアの外に待機している魔力がやや大きめではあるくらいか。私の知る人で例えるのならケイオス団長より少し少ないくらいだろうか。
「ああ、そのため相手の魔力量を図れるものを呼んでいる。ーー入れ」
ドアの向こうに待機していた魔力が動き部屋に入ってきた。
見た目は30代の半ば程だろうか。騎士服についたたくさんの勲章、服を着ていてもわかる力強い体躯。目元に残る傷跡に短く整えられたグレージュの髪が少しかかっている。
「こちらは騎士団長のフランツ・グスタフ。簡単に言えばルシウスの上司だ。魔力を量で関知できるため今回協力してくれる」
「話は聞いた。古代人って言ったら大袈裟だが、過去から来たんだって? くくっ、ルシウスは変なもんばっか拾ってくるな。よろしく」
「はじめまして、アリシア・マリージュと申します。私ごときの事情にご足労お掛けして申し訳ございません。どうぞよろしくお願い致します」
くつくつと小さく笑う大きな人物にカーテシーで挨拶をすると「ああ」と優しいバリトンが返ってきた。
「で、だ。殿下、結果から言っちまうとアリシア嬢の魔力はこの部屋で一番多い」
「ルシウスよりもか。それはやはり……」
「だが、特質してというわけではない。ルシウスよりも少し多いという程度だ」
グスタフ様はそういって私の方に向き直した。
「これでもルシウスは我が国で一、二を争う魔力量の持ち主だ。それ以上の魔力持ちというのはすごいことだが、だとするとこの程度の魔力で古代魔術を使えるとは思えん」
ーー古代魔術?
聞きなれない言葉が出てきて、それは何かを問おうとしたとき、パラパラと本をめくる音と共に今度は殿下が質問を投げてくる。
「アリシア嬢は聖女ーー回復魔法を得意とするのだったな」
「はい。ボルド様にも聞かれましたが、セイジョというものはわかりません。私は聖属性の魔術師として魔術師団に属しておりました」
「聖女とは回復魔法に特化した魔術師のようなものだ。ただ普通の魔術師と違うのは、聖人や聖女は回復魔法しか使えない。通常の魔術師は自分の属性を主としているが、聖属性以外であれば多少は他属性魔法も使えるだろう?」
要するに、この時代は聖属性魔法が使えるのは聖人聖女と呼ばれる人だけだと言う事だろうか。そして他属性者は聖属性魔法は使えない、その逆もしかり。
「聖人や聖女はかなり貴重な存在であるのは確かだ。その魔力量で聖女となると間違いなく国一番のーー」
「お待ちください。やはり、私は聖女でなく魔術師です。そして、400年前から来た、という事、今殿下が話してくださった内容がこの時代なのであれば証明できるかもしれません」
ーー確信した。ここは私の生まれた時代とは違う。だって
「私は、他属性魔法も使うことができます」
確かに、私の生まれた時代ーー400年前でも、聖属性者や他属性で聖属性魔法を使える人はそんなに多くはなかった。聖魔法はマナを他属性魔法よりも繊細にコントロールしなければ使えないからだ。
逆を言うとマナの扱いになれてれる聖属性の魔術師はおおよその属性魔法は使える。もちろん、オドの量でしか使用できないので属性者と比べると威力にはかなりの差が出てくるけれど、それはどの属性でも同じこと。
目の前に右手を出して、手のひらに魔力を注ぐ。
「まずは、聖属性の”ライト”」
ぽわんとした灯りが手のひらの上に灯る。
ヒールでも良いのだが、目に見えた方がわかりやすいだろう。
「次ぎに火属性”ファイア”」
ほわんとしていたライトの光が一瞬にして小さな炎へと変わる。殿下たちの視線が右の手のひらに集中している。
私はそのまま属性を声にして状態を変えることにした。手のひらの上で起きる出来事が殿下たちにとってはよほど不思議だったのだろう。炎が水、水が風、風が砂の礫に。私が扱える属性を一通り手のひらに作り出し、最後はライトに戻して光を消した。
信じられないものを見たかのような、違和感を覚えるくらいの反応を見せる3人にどう切り出していけば良いのかわからなくなり、小さく声をかけた。
「えーっと……私が使える属性は以上です」
まるで魔術師団に入団するためのテストのような発言だ。でも私の入団試験官はジョシュア師団長だったので「はい、よくできましたね」と笑顔をもらっただけで、こんなには驚かれなかったのだけど。
何となく気まずくなり、ははっと苦笑してごまかすとボルド様がこちらに視線を向けた。
「アリシア、君は全属性魔法が使えるのか」
「いいえ、違います。闇魔法は全く。私の時代には闇魔法が使えるのはジョシュア様のみでした」
「闇魔法、それこそ別国にあったと言われる太古の魔法として書いていたが……ジョシュア殿はその属性持ちだったのか」
「いえ、ジョシュア師団長の属性は聖と火。2つの属性を持ち、その他の属性魔法も全て操る私の知る限り最高の素晴らしい魔術師です」
師が褒められ少し嬉しくなり明るくなる私の声。一方「古代人め」と頭を抱えため息を吐いてる殿下。これで400年前から来たことを殿下としても認めざる得なくなっただろう。
この国の民だと認められれば、内密にとはなるだろうが400年前に戻るために調べたり動いたり、多少の自由はもらえるのではないだろうか。そう思ったのも束の間、今度はグスタフ様が「でもよ」と眉間にシワを寄せた。
「他属性扱えるのはすげぇよ。でも、その魔力量で文献にあるような魔法の威力は無理だ。例えばアリシア嬢が属性の聖魔法。現代に置いては回復、状態異常解除。術者の魔力量が関わるから、切れた手足を繋ぐ事が出来のは現時点で高位の聖女1人のみだ。だが文献はどうだ、そのくらいは当たり前のように書いてある。あろうことか死待つような状態を回復させることが出来るとも。そんな事、とてもじゃないが魔力が足りねぇだろ」
「できる」と言おうと思った。でも、引っ掛かるのだ、寧ろなんで出来ないのかが。古代人は魔力が多いとグスタフ様達は言う。実際私は魔力量は多い方だった。でも私より魔力が少なくてもある一定以上魔力がある聖属性者であれば、その魔力を全てつぎ込むことで瀕死の怪我だって治せるのは当たり前だ。ただそれをしてしまうと術者が魔力切れで死んでしまう可能性もあるので、使える者と使わない者の線引きがあったのだが。
何か400年前と今とで魔法が違うのだろうか。
「それこそ私にはわかりません。属性魔法はオドだけでなくマナも練り込んで発動するので、オドの魔力量と魔法の威力は同等ではないでしょう?」
「ーーオド、マナ、一体なんの話だ」
「え? ですから魔力の話です。体内魔力のオド、自然魔力のマナ。魔力関知で分かるのはその人が持っている体内魔力、オドだけです。オドだけだと自分の属性でない魔法しか発動できないので、属性外の魔法の威力ならば関知した魔力量と同等かと」
私の話は難しかっただろうか。幼い子供でも知っているような内容だと思っているのは私だけなのか。目の前の男性達が揃って眉間にシワをよせ考え込んでいる。
そんななか、ふと思い出したようにボルド様が声にした。
「そういえば昨晩、風呂で魔道具に魔力を流すように言った時、どっちの、と言っていたのはこのオドとマナのどちらをという事だったのか」
「はい。でも街にもあって皆使えるってことは、オドだと思い……マナは、殆どは魔法を学んだ貴族にしか使えませんから」
これはもしかすると、本当に魔法の理が違っているのでないだろうか。だとすると、魔法の威力の違いにも納得ができる。
「ーーおい、ちょっと待て。は? 昨晩風呂で?」
今までの眉間のシワが一転、今度は驚いたように目を見開いた殿下が、ボルド様と私を見た。
「はい、アリシアの部屋の風呂でそんな話をしました」
「ーールシウス、聞いてないぞ?」
口角が上がった殿下に、ボルド様が説明を始める。私も補足した方が、良いだろうか。あの事さえ起きなければ、ボルド様は昨日の段階でオドやマナの事を知り、殿下に報告出来たかもしれない。
「申し訳ございません。あの瞬間は違和感を感じ少し考えたのですが、その後すぐにそれどころではなくなり……」
「それどころではなくなった?」
「あの、殿下。私が(魔道具を使うのが)初めてで、ボルド様が(魔道具の使い方を)教えてくださったのですが、結局二人とも濡れちゃって」
「ーーほう?」
なんだろう。何かがおかしい。
殿下は面白そうにニヤニヤとこちらを見ているし、グスタフ様に至っては、背を向けて小刻みに震えている。
「で、アリシア嬢。ルシウスはどうだった? 優しかったか? 仕事ばかりでその手の話は聞かんからなぁ。教えるのは上手かったか?」
仕事と魔道具の関係がいまいち掴めずチラリとボルド様に視線をやると、いつのまにかグスタフ様に押さえ込まれ、手で口も塞がれている。もがもがと苦しいのか、耳まで真っ赤だ。
グスタフ様はと言うと相変わらず小刻みに震えてはいるものの、口をぐっと固くつぐみ苦しそうに遠くを見ていた。
「ええ、初めてだとお伝えしたらとても優しく教えてくださいました」
「そうか。ふっ、くくっ。だ、そうだ。よかったな、ルシウス」
「ーーぷはっ! 殿下っ、ふざけるのもいい加減にしてください!」
グスタフ様から解放され、ぜえぜえと肩で呼吸するボルト様、それを見て苦しそうな程に笑い出す二人。
「あの、ボルド様一体これは……」
「君は気にしないでよろしい。昨晩の風呂での魔術具の使い方の話だ」
笑いが止まらない様子のグスタフ様、涙を拭いながらボルド様を宥める殿下、そして少し苛立ちを出しながらも昨晩の魔術具の取扱い状況について詳しく説明するボルド様。
状況がよく飲み込めないが、1つだけわかる事。それはきっとこの時点をもって私への警戒心は消え、民として見てもらえてるのだという事だ。
この騒動の詳細はこの書斎から出次第、ボルド様に確認しよう、そう思った。
お読みいただきありがとうございます。