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 魔道具というもの

「隣は空き部屋だが、その隣は俺の部屋なので困ったことがあれば訪ねてくるといい」

「ご迷惑ばかりお掛けして本当に申し訳ありません」

「気にするな。では」


 扉が閉まり、改めて部屋を見渡す。

 窓からの月明かりで多少は見えるが、やはりまだ明かりは足りない。


「ーーライト」


 こんな時、回りを照らせる魔法は少し便利だ。聖魔法の一種なのでオドの消費も限りなく0に近い。

 暖かみのある明かりが、ふわふわと宙に浮かぶ。手前の部屋には4人くらいで談話が出来そうなテーブルと椅子、その奥に扉が二つあり、ひとつは寝室、もうひとつは浴室とトイレになっていた。寝室側にも浴室に繋がる扉がついているのは少し嬉しい。他にも装飾品などもあり、私の知っている宿舎とはかなり違うので実は少し驚いた。

 それと言うのも、団長、副団長が使う部屋と同等だからだとボルド様が教えてくれた。

 もちろん、そんな豪華な部屋でなくても通常の騎士が使ってる部屋の空きで良いとことは伝えたのだけど、ボルド様には即却下されたのだ。それでもごねる私に降ってきた一言が、この部屋を使用るす決定打になる。


「通常の部屋だと、浴室は他の騎士と共用だが?」


 この部屋だと、付いている浴室は自由に使っていいという。

 先ほど、この部屋に来る前にお城の使用人棟に寄り、支給されている寝衣、セパレートタイプのシャツとスカート等を調達してもらえた。

 さすがに一番小さいサイズだといえブカブカな男性用のシャツやパンツは動きずらかったので助かった。

 着替えを寝室にある机において、大きなため息とともにベッドに倒れこむ。そのまま目を瞑り何度か深呼吸をしてゆっくり目を開けた。

 本当に微かな期待を込めたが、残念なことにそこには変わらず見慣れぬ天井が見えるだけだ。


 400年の時を一瞬で移動したなんて、にわかには信じがたい。ただ、彼らが嘘をつく理由も必要性もないのだ。なにより、ニコラウス殿下はきちんと話して下さった。私がセドリック殿下の名前を出す前に、既に殿下の中では私の”スパイ”容疑は晴れていて、別の何かだと思われてたそんな気がしてならない。ちょうどそのタイミングで殿下の表情が少しだけ変わったから。でも、その後の私の発言から今に至る。

 結果としては両者思いもしなかったな現実が可能性として上がってきてるのだけど。

 不安しかないが、これ以上考えて何か変わるわけでもない。この現状が何か変わるとしたら、それは事実がわかってから、今ではないのだ。


「……お風呂、入ろう」


 考えたら、昨日の魔人と対峙、そのまま砦の見張り、ボルノ跡地に来てからはごろつきのような男達に服を剥がされ……最悪の事態にはならなかったが、兎に角身を清めたい。

 折角浴室付きの個室だ、ゆっくりとした癒しが必要だと思う。

 起き上がり、ぐーっと両腕を伸ばす。浴室のドアを開け中を見ると、湯浴みに必要な道具は一通り揃っているようだ、唯1つ大切なものを除いては。


「あれ……お水ってどうするの?」


 何処かから汲んで来るにしても場所を聞いていない。魔法で水を貯める事は出来るけど、個室に付いてる浴室だ。そんなことをする必要があるのだろうか。そもそも水魔法が苦手な人はどうするんだろう。

 疲れているし汚れてるし、今すぐにでもお風呂に入りたい。一番早いのはこのまま水魔法で水を貯める方法だけど、万が一何かの禁止事項に引っ掛かってしまっては事だ。例えば宿舎内は魔法禁止、とか。

 部屋をお借りしている身としては好き勝手は出来ない。しょうがなく部屋を出てて、2部屋となの扉をノックすることにした。

 コンコンコンと扉を叩く音が廊下にも小さく響く。


「アリシアです。ボルド様、大変申し訳ございませんが、少しお時間よろしいでしょうか」


 室内から聞こえる足音がだんだんと近づいて来た。重い扉が開くときのような木が擦れる音共にボルド様が出てきてくださったのだが……先程と髪型が変わっている。

 最後に見た髪型は片側をかき上げたようなものだったが、今は両側とも下ろしている。まだ水気を含んだそんな髪型にどきりとしてしまうのは、あの容姿だ、もはや仕方がない事だと思う。


「こんな格好ですまない。どうした?」


 お風呂も終えて寝る支度をしていたのだろう。訪ねてしまった事が申し訳なくなってきた。こんなことだったら、こっそり水魔法を使っておくべきだったか。


「おやすみ前に大変申し訳ございません。浴室の事でお聞きしたい事がありまして……」

「ん? どうした?」


 優しく返され、申し訳なさが余計に膨らむ。身長の高いボルド様をチラリと見上げ、目が泳ぐ。


「あのお聞きしたい事なのですが……お水は、どこから汲んで来たらよろしいのでしょうか?」

「……は?」


 ボルド様はあからさまに呆気にとられている。


「あっ、やっぱり魔法で貯めるようでしたか? ごめんなさい、もしも宿舎内魔法禁止なんて規則があったら申し訳ないなんて考えてしまい、使わずにいたのですが、大丈夫だったんですねっ」

「……魔法で? 水を?」

「え、あ、やっぱりダメでしたかっ。もしかして水汲み場の案内を私が聞き逃してーー」

「落ち着け。まず大前提に俺は迷惑だとは思っていないのでそんなに焦らなくていい」

「ーーありがとう存じます」

「……それで、水だったか……出てこないか?」

「出てこない、とは?」

「触れたら、水も湯も出るだろう?」

「……え、っと、どこに触るのでしょうか?」


 2人して首を傾げるようなこの状態。このままでは一向に話が進まないと判断したボルド様が一旦部屋まで来て状況を把握する事になった。

 自室に向かい扉を開けると、月の光が再び部屋を照らし出す。先程よりも少しだけ暗くなった窓のそのからの光に「”ライト”を」と声がした。

 先ほどのライトは部屋を出るときに消してしまったのだ。


「はい、ただ今。ーーライト」


 前に出した右手の手のひら上にポワっと暖かな光が浮かぶ。その光をスッと上に上げると部屋全体が明るくなる。もちろん私が移動すれば一緒に移動するので、浴室もバッチリ明るくなる。


「……”ライト”とは言ったが、まあ良い。それで、浴室だが……」


 なぜか今一納得していないボルド様を浴室まで案内する。お借りしている部屋で案内するって言うのもなんだか変な話だけれど。


「此処と此処に触れる場所があるだろう?」


 浴室に入って、バスタブにある金属の管の付け根と天井の方に延びる管の付け根、それぞれ丸く平たい金属がついた部分を指差す。そう言われて見れば触れる為の場所のような作りになっている。


「これは魔術具だ。ここに少しの魔力を流すと水でも湯でも自由に出せるようになっている。城下町にもあるのだが……」


 もうこれには驚く他なかった。だって自分が全く知らない道具が目の前にあって、それが更に凄く便利なものだと言うのだから。


「触れるだけ、ですか?」

「ああ、魔力があるものだったら誰でも使える」

「魔力ってどっちの……あ、誰でも使えるのですよね」

「ん? ああ」


 誰でも、尚且つ街の人達もと言ったらオドだろう。マナは貴族でも使えない人もいるのだから。


「お水が出るんですね」

「ああ、湯も出る。だから、水でなくちゃんとーー」

「ひゃっ」


 全ては私の好奇心のせいだ。ついでに言うと、立っていた場所も悪かった。

 ボルト様の話の途中に天井に延びる管についた丸い場所に手を伸ばしたのだ。それはもう躊躇なく。

 私の頭のなかではバスタブに水が出てくる予定だったのだが、触れた瞬間に頭上という予想もしなかった場所から水が出てきたのだ。結果、私とボルド様は雨に打たれている。


「……アリシア嬢」

「も、申し訳ございませんっ! 今止めますっ!」

「ああ……あ! 待て!」

「え? うわっ」


 止めようとしたボルド様の声は間に合わなかった。慌てて触れ魔力を流した、止めようと思ったのだ。だがそれは雨を大雨へと変えただけだった。


「申し訳ございませんっ! えっ? これ、どうやって止めればっ」

「……くっ、ぷはっ、はははっ」


 以前やまない雨に打たれながら、焦る私とは対照的にボルド様が声を出して笑い始めてしまった。

 顔に感情がでないわけではないが、こんなに笑う人だなんて思っていなくて、思わず見いってしまった。笑っているボルド様は大人の男性なのにどこか少年のようで少し可愛いかもしれない。


「いや、すまない。まさかこんあ事になるなんて。止めるときは流した魔力を抜き取るんだ、ほら手を」


 そう言われて、私の手がボルド様によって誘導される。

 触れた金属から先ほどの流した魔力を抜いた。その瞬間雨がピタっと止む。


「すごいっ、便利なんですね!」

「使い方さえ間違えなければ、だ」


 からかうように笑われて、少し耳が熱い。そのままお湯の出し方を聞いてお礼を伝えた。

 冷静になると2人ともずぶ濡れというなんとも残念な状況だ。私はこれからお風呂なのでまだ良いが、ボルド様に関してきっと2度目が必要になってしまう。


 「すみませんでした、タオル使って下さい」


 複数おいてあったタオルの1つを渡した。「気にするな」と受け取って下さったものの私と目があったその瞬、今度はまるでピシっと音でもなったかのように固まるボルド様の姿。

 なんだろう。徐々に染まる頬が確認できた時にはぐるんと背を向けられてしまった。


「……失礼。アリシア、服が」


 そういえば私も同じく頭から水をかかっていたんだ。そう思いふと視線を下げると、借り物のシャツがぴったりと体に張り付いている。


「ひあっ」


 思えばボルド様には昨日からお目汚しをしてばかりだ。慌ててしゃがみこんだ頭上から、ふわっとタオルを掛けられた。


()()()汚くないだろう」


 昨日の同じ状況を浮かべたのはどうやら私だけではなかったようだ。ボルド様の発言に2人して笑い声が少し漏れる。


「ありがとうございます。2度に渡るお目汚し失礼しました。そしてタオルでもマントでも、ボルド様の優しさ、どちらもとても嬉しく存じます」


 恥ずかしさに染まった頬のままニコリと笑顔を向けると、彼もまた「そうか」と微笑んでくれた。先ほど見た少年のような笑顔とはまた違う、優しい男性の表情。心の奥がふわっと暖かくなるのを感じた。


ーーこんな状況で会えたのが、ボルド様で本当に良かったな、別の方だったら、今ごろ私はどうなっていたか……


「明日の朝、朝食は食堂でとることになる。案内するので7の刻に訪ねよう」

「はい。お願いします」

「では、必ず湯を使うように。ああ、それと……”ライト”も同じ魔術具だ」


 いたずらに小さく笑い「それでは良い夢を」と残したボルド様が歩いて行く。すぐに部屋のドアが閉まる音がした。

 そのままタオルを掛けて、鍵を閉めに向かう。浴室に戻り、今度はバスタブに繋かるであろう起動箇所に触れた。

 バスタブからは湯気が立ち上がった。





お読みいただきありがとうございました。

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