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 殿下の書斎

「殿下、この者がーー」

「貴女が」


 ボルド様に殿下と呼ばれる男性から、珍しいものを見るような視線を受けた。

 ここは王都にある王太子殿下の書斎だ。

 昨晩、合流地まで馬で戻り騎士様の予備の衣服を借りて、そのまま王都に戻ってきたのだ。途中転移の魔法陣を使ったことで、日が昇って少しした頃には城下町まで到着していた。ただ、そのまましばらくの間待機を命じられたのだけど。

 殿下に会うと聞いて、私の知っている殿下とは全くの別人であることは、道中薄々予感はしていた……同じと言えば、王家に継がれる豪奢な金色の髪と碧の瞳だろうか。

 私が知っていようが知っていまいが、金髪碧眼の彼は王族で、王太子殿下なのだ。失礼のないようカーテシーを行うと「堅苦しいのはよい」とただされてしまう。


「……では、このまま名乗ることをお許し下さい。私はマリージュ男爵家長女、アリシア・マリージュと申します。この度は、ボルド様と騎士団の皆様にご迷惑をお掛けしましたこと心よりお詫び申し上げます。申し訳ございませんでした。そして、私のようなものを助けていただき、ありがたく存じます」


 顔を上げ殿下に視線を戻すと、ニコリと見た目優しい笑顔が返ってきた。


「ニコラウス・ド・フェジュネーブだ。話しはルシウスから聞いているよ、長旅ご苦労だったね。それに暴漢の件も、我々の管轄内で被害がでたのだから、こちらの落ち度だ。アリシア嬢が無事で良かった」

「お心遣いありがたく存じます」


 一瞬の沈黙が流れた。きっと私のでかたを窺っているのだろう。

 だとすれば失礼になっても私から状況をお伝えすべきではないだろうか。そう思い今まさに言葉を発しようとしたその瞬間だった。

 ほんの一瞬殿下の決断が早かったようで、まっすぐな声で問われた。それはもう、簡潔に。


「遠回しは好きではないからね、率直に聞くが……アリシア嬢はフェジュネーブの民で間違いないのだな?」


 ーーやっぱり疑われるよね。


「現状、マリージュなどと言う男爵位を持った貴族も領地もこの国に存在しない」


 碧眼の瞳が、私の目をじっと見つめる。見る、というよは観察されているような。そう言っても過言でないくらいに、じっと。


「ルシウスからの報告で、貴女の着ていた服は魔術師団のものだと、身分の証明にならなかと、申告あったと聞いている。しかし、ルシウスが既に答えたように、全くの別物だ」


 目を逸らしてはダメだ。何もやましいことはない。だって全てがーー


「それを踏まえた上で再び問う、嘘偽りなく答えよ。……アリシア・マリージュ嬢、貴女は我が国フェジュネーブの民で間違いないか」


 何度問われても変わること無い事実なのだから。


「申し上げます。私アリシア・マリージュは、フェジュネーブ王国の民であり、魔術師団に所属している事に偽りはございません」


 視線を逸らしてはいけない。

 見つめる先で、陛下の口角が僅かに上がった気がした。


「では、私が納得できるよう真実を述べよ」

「真実をの述べれば……許されますか」

「ああ、許そう」

「では失礼を承知で申し上げます。……私の知る殿下はセドリック・ド・フェジュネーブ殿下、ただお一人です。そして、ヴァレリス・ド・フェジュネーブ陛下こそが、私が知る我が国の王です」

「……私だけでなく、よもや父上までが偽物だと?」

「私の真実として、私が知る陛下と殿下のお名前をお伝えしたのです。今いっらっしゃる殿下が、さらには陛下が偽物だとは言っておりませんし、思ってもおりません」

「……どう言うことだ? 貴女はどこからきたのだ?」

「どこからと言う問いに関しては、この国で生まれ育ったのでそれ以上の答えは持ち合わせておりません……先ほどもお伝えしたように、魔術師団に所属し聖属性の魔術師として、ジョシュア師団長の元国を守ーー」

「待て。その師団長のジョシュアとは、ジョシュア・ルグンベルグ殿か……?」


 にこりとした愛想笑いが一転。やや驚いたよに眉間に皺が寄る。

 やっと共通の知人がいたのかと思えば、目の前の殿下は当たり前の事を、信じられない事でも確認するかのように聞いてくる。

 それでも、ジョシュア師団長をご存じなのであれば私の他国スパイ説も晴れるだろう。漸く証明できる自身の身分にふっと肩の力が抜けた。


「えぇ、ジョシュア・ルグンベルグ様です。良かった、ジョシュア師団長をご存じなのですね。でしたら、師団長に確認していただければ私が王国民であることが証明できるかと存じます」

「確認、か……」


 はぁ、というため息と共に「そんなバカなこと」と漏らした殿下はそのまま背もたれに寄りかかり頭を抱えている。先ほどまでの作り笑顔はもちろん、威圧さえも消えてくたりと椅子に座り何かブツブツと漏らしている。

 今一のみ込めない状況に、殿下の側に立っているボルド様に視線を移す。

 彼もやや視線を下げて何やら考えているようだ。


「あの、ボルド様もジョシュア師団長をご存じなのですか?」

「ああ……知っているには知っている、が……記録に残る中で最高の魔術師だと……」


 師が褒められているのに、なんとも歯切れが悪くあまり喜ばしいことに聞こえないのは何故だろう。

 もしや師団長の身に何かあったのだろうか。まだ彼らは砦にいるのだろうか。皆は無事なのだろうか。


「アリシア嬢。ジョシュア殿が偉大な魔術師だったのは、魔法を使うものである程度の教育を受けたものであれば、皆知っている」


ーーなんだろう、違和感を感じる。


 考えがまとまったのか、殿下が再び私に向き直った。先ほどの作り笑顔はない。私ときちんと話すために、向き合って下さっている。


「先ほど君は、ジョシュア殿に確認して欲しいと言ったね?」

「はい。殿下がご存じなのであればそれが一番の証明になるかと」

「それは無理だ」

「何故ですか、師団長に何かあったんですかっ」

「……ジョシュア殿は歴史上の人物だ。400年程前に亡くなられている」


ーー400年? 歴史上? この人のは何を言ってるの?


 ジョシュア師団長が400年前の人物なんて、そんな事があるわけがない。だってつい昨日騎士団も一緒に魔人と対峙したのだ。話していた、笑ってた、褒めてくれた。

 それに私だっている。ジョシュア師団長と同じ時間を生きてる、そんな馬鹿げた事はない。信じられない。


ーーでも、目の前の殿下が嘘をついてるようには……私には見えない。


「私は、今、ここにいるんです」


 そこまで考えて、頭が真っ白になった。

 目頭が熱くなる。不安を押さえようと左手の甲を重ねていた右手で爪を立て握っていたのは無意識だった。

 ボルド様が私の側寄り力の入った右手に手を添える。


「……落ち着くんだ」


 見ると爪が食い込んだのか赤く血が滲んでいた。

 目があったボルド様の表情が優しくて、こらえきれずに涙が頬を伝う。


「ルシウスがまた女を泣かせているな」

「断じて違います。それにそんな冗談を言ってる場合では」

「申し訳ございませんでした! ボルド様もお心遣いありがとう存じます」


 流れてしまった涙を慌てて拭ってボルト様にそう伝えると「気にするな」とだけ返し、再び彼の定位置に戻る。


「いくら共通の人物があったからと言って400年前から来たなんて事はにわかには信じがたい。アリシア嬢が話してくれた内容の詳細は早急に調べさせるが、先ずはだ。君の記憶の中で何かきっかけになるような出来事はなかったか教えてくれるか?」


 そう問われ、私は禁足地の開拓に派遣されたこと、そこで強大な魔力を関知したこと、その魔力が魔人と呼ばれる者の魔力であったこと、そしてジョシュア師団長達と一緒に対峙しその存在が消滅した事など一連の流れを話した。

 殿下達は信じられないと漏らしながら、時々固まり現実逃避しつつもおおよそ把握してくださっとようだった。


「史実にある魔人の目覚めと討伐を経験しているのか……もう考えるのがバカバカしくなってきたぞ」


 乾いた笑いを飛ばしながらも、彼らの真実に私の話す事実が重なる度、少しずつではあるが警戒心が溶けてきているようにも感じる。


「ーーそして、その水溜まりのようなものに踏み入れたとたんに、底が消え別の地面に落ちた、と。それがボルノ跡地だったということだな」

「はい。そして明日ーーなので本来であれば今ごろなのですが、魔人の魔力の残滓を浄化する予定だったので、私が踏み入れたそれは残滓で何らかの魔力の影響によりここにたどり着いた……いま考え得る可能性としてはこれが一番かと」


 可能性だ、まだここが400年後だと確定したわけではない。知りうる限りの報告を終え、殿下を見ると、余計に頭を抱えている。


「あー……今日は一旦解散だ。この件に関しては他言無用、口外法度。陛下には私からお伝えする。いいな」

「はっ、その場に立ち会った騎士達にもその様に伝えます」

「アリシア嬢、色々とすまなかった。この後はゆっくり休むといい。……といっても状況的に城の客間には置けぬしなあ……ボルド、騎士の宿舎であれば護衛も兼ね良いのではないか?」

「……殿下、いくらなんでも令嬢をあんな場所に」

「団長室や副団長室のならびに予備の部屋が余っていただろう?」

「ありますが、騎士の宿舎は男しかおらずーー」


 殿下とボルド様が言い合ってるのを聞いて申し訳なくなってくる。

 爵位は男爵な上に元々は孤児だ。それに魔術師になって遠征地で騎士や他の男性魔術師とともに過ごすことも、多くはないがあるにはあった。

 現時点で"400年前からきた謎の女魔術師"という怪しい存在を、見張りもなしにおくこともできないだろう。だとするのなら、騎士の宿舎は条件としてまさに、だろう。


「私は構いません。お部屋をお借りできるだけでありがたく存じます」


 私がそう言うと陛下が「みてみろ」と言わんばかりの笑顔をボルド様に向ける。それをみて、諦めたのかボルド様がこちらやって来た。


「騎士達にはこの事に関して箝口令をひく。が、それとは別に貴女は声を掛けられるであろう」

「魔術師団でもよく騎士団のかたとはお仕事ご一緒しておりましたので、問題はないです」

「……否、そういうことでは……まあ、とにかくだ。君も自身に関すること、箝口令に関わるようなことは口にしない事だ、いいな?」

「かしこまりました」

「そうだ、アリシア嬢。もしもルシウスに手を出されたら私に言ってくれればーー」

「殿下、下らない事を言うのはお止めください」


 殿下の冗談にピシャリと重ねられるくらいに2人の信頼関係は厚いのだろう。

 そんなやり取りに少し笑って気づいた。殿下なりに場を和ませようとしてくださったのだ。


「殿下、お心遣いありがとう存じます」

「よい。話の続きは明日だ」


 今度はきちんとカーテシーをして部屋を出た。前を歩くボルド様について、向かうは騎士様の宿舎。

 途中見える空はまもなくきれいなオレンジになろうとしていた。

お読みいただきありがとうございます。


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