チャームと想い
湯浴みを終え窓の外をぼんやりと眺める。結局あの後、月が雲から顔を出すことはなかった。
真っ暗な空を窓から眺めていると先ほどまでの殿下への報告が頭に浮かんできた。
私が拐われた先は王都の端にある子爵邸だったらしい。ここ最近子爵家が怪しい動きをしているとの案件で騎士団がマークしていたとの事だった。どうやら人を雇って灰色の髪の騎士のような男を探している、もしかしたら右手がないかもしれないとの情報まで丁寧に添えて。
ただ子爵が雇ったのがごろつきに近いような者達だったのか、誰彼構わず手当たり次第に聞き出すと言うそれはそれは大変お粗末な極秘行動だったようだ。
そこから情報を得た騎士団がエルダジアとの関係を疑ってマークをしていたらしい。そして誘拐当日、あの日は街でリュシーに似た男が目撃され、警備の強化と捜索の為にルシウス様達が街にいたとの事だった。
殿下の書斎について、グスタフ様から簡単にそう説明を受けた。
何故あの子爵邸に私がいると確信が出来たのか聞くと、私が拐われて少ししてから警備の体制が変わった事を子爵邸を見張っていた騎士様の報告から知ったと言う。
極めつけにその子爵邸に乗り込もうと言うタイミングで私の魔法信号が見えてナフタック様が確信を得た、との事だった。
やはりこの時代魔法信号は使用しないようで、他の騎士様だけだったら異常はあれど私とは思わなかった可能性があったのかもしれない。そう考えると、ナフタック様には本当に感謝だ。
殿下への報告はグスタフ様の役割、ジョエル様はおそらく900年前の魔法関係、そして私の役割は殿下にリュシーの話していた内容をお伝えする事だった……と思っている。
彼の興味が全部魔法に傾いている事や使用していた魔術具の事、あとは”目的”と言葉にしていた事を殿下にお伝えした。
当初の目的はナフタック様を見つける事で間違いないようではあるが、実際のところ騎士団にマークされる程に嗅ぎ回るだろうか。それに、偶然捕まえたであろう私を見て目的を果たせたと言っていた。
これに関して殿下やグスタフ様が騎士団の武力を集める事が目的なんじゃないかと言っていたが、実際集めた先でその数を削られたり等と言う実害もない。それであれば、他の地点を狙うためかと思われたが、あの時緊急連絡などは一切入っていなかったらしい。
結局のところ彼の目的が何なのかは未だにはっきりしないままだ。
そして、助けられたあの時から私が気になっていた事をジョエル様に聞くことも出来た。「莫大な魔力がない」あの時ジョエル様はそう言っていたのだ。
「これはこの時代に来て気付いた事なんですが、私の……魔人の魔力はどうやら回復するものではないみたいなんです」
少し眉を下げ、ジョエル様がそう話してくれた。
魔人として初めて意識が戻った時にはある程度魔力を放出し後だったとジョエル様が言っていた。その瞬間を確認したわけではないらしいのだけど、目覚めたときに回りに居た人や王都の人々はもう生きては居なかったから、と。そう話すジョエル様は悲しそうに笑顔を浮かべていて、胸が痛んだ。
魔力回復がない事に気付いたのは私たちの居た時代からこの時代に飛んだ時だったらしい。莫大にあった魔力が殆ど残って居ない、それからずっと回復もしないまま今に至ると言う。
属性魔法を使わなければ魔人の魔力が減ることはない、と。
気丈に振る舞ってはいたが、数百年ずっと一人で、誰一人自分を知ってくれる人も覚えて居てくれる人もいない場所で……感情を抑えて生きてきたのかと考えると、苦しくて苦しくて涙が止まらなかった。
そんな私に「ありがとうございます」と優しく声を掛けてくれる、ジョエル様はそういう人だ。魔人の魔力があるからって理由だけで利用されたり、不幸になったり、そんな事は絶対あってはいけない。
――コンコンコン
突然部屋のドアからノック音が聞こえた。
かなり遅い時間というわけではないが、緊急以外でこの時間帯に誰かが訪ねて来るという事は中々に珍しい気がする。
「はい」
そう短く返事をしてドアを開けると、そこにはフラン様が泣きそうな顔で立っていた。
「あら、フラン様。どうされまし」
「アリシア嬢っ、私の力不足で危険な目に遇わせてしまった事、心よりお詫び申し上げます。申し訳ございませんでした。本当に、本当に無事で良かった……っ」
深々と頭を下げ、掠れた声が少し震えている。
「フラン様、頭を上げてください! フラン様のせいではありません」
「護衛についていたのに、まったく役目を果たせなかったのは俺です。本当に申し訳ありませんでした」
確かにフラン様は護衛だった。
非がないかと言われたら、否とは言えない……と思う。でもそれは私にだって言えることだ。
騎士団が街中にいる時点でもっと警戒すべきだったのだ。
「今回の件で見習い騎士への降格が決まりました。でも、腐らずより努力し再び戻って来た際には、アリシア嬢、貴方の護衛として今度こそお守りしたいと思っております」
まっすぐを私に向けられた視線には決意が感じられた。
「ふふ、その時に私が護衛対象かどうかはわかりませんが、そうだった時は是非よろしくお願いします」
「はい! それと……お預かりしていたこれを」
フラン様から差し出された手のひらの上には緑のリボンが巻かれた白い小さな箱。
「チャーム! 持っていて下さったんですね、ありがとうございます」
「そろそろ副団長も戻られる頃かと思うので、今夜渡してみてはいかがでしょうか?」
フラン様が悪戯な笑顔を浮かべた。その笑顔につられそして何より渡すことを想像して、私まで表情が緩み頬が少し熱い。
「そう、ですね。頑張ってみますっ」
そう微笑んで彼から白い箱を受け取った、その瞬間。
「フラン、それは。このような時間にアリシアに何の用だ」
噂をすればなのだろうか、ルシウス様が戻られたようだ。でも何故だろう、声が、態度が、少し苛立っているようにも思える。私が拐われたせいで仕事が増え睡眠不足なのかもしれない。
カツカツとフラン様の前まで歩いてきたルシウス様は無言のまま彼に圧を掛けている。フラン様はと言うと「いえ、ははは」と笑って誤魔化そうとしているようだ。
「あの、えーっと、用事も済んだので俺はこれで失礼します」
そう言うと、目の前に立つルシウス様をスルリと交わして駆け足で逃げて行ってしまった。あまりの俊敏さに思わず小さく笑い声が漏れた。その私の行動が今のルシウス様の何かのスイッチを入れてしまったようで、フラン様の背中に向けられていた彼の視線が一気にこちらに向かった。
「何故笑っている」
その瞬間に箱を持ったてをぐっと引かれ、部屋に引き込まれた。バタンと閉められた扉が背中に当たる。
「ルシウス様……?」
見上げると、不安そうな瞳がこちらを見ていた。距離の近さに頬が熱を持つのがわかった。
「……そんな格好でフランと何を話してたんだ?」
「その、謝罪に来て下さいました。護衛だったのに、と。そんなお話をしておりました。この服はその湯浴みを終えてましたので……お見苦しくて申し訳ございません」
「そうではない、見苦しい等とは言っていない。……では、その箱は?」
きっとフラン様から受け取るところをタイミングよく目撃されていたのだろう。ルシウス様の声はすごく冷たい。
この箱はルシウス様への贈り物です! と、この雰囲気の中言えるわけもなく。誤魔化そうとあからさまに視線が泳いでいるのが自分でもわかる。
「えーっと、これは、私のではなくて……あの日フラン様とお買い物に行った際に購入したもので」
「ほう? フランと二人で出かけていたのか」
何だろう。すごく引っかかる言い方だ。
疲れているのかもしれない。それは私のせいで、その原因になった事件時にフラン様と買い物に出かけていたなんて聞いたら余計に苛立つのかもしれない。それでも、だ。フランと一緒にいるという事はルシウス様だってわかっている事なのに。
「二人って、だってフラン様は護衛をしてくださってたんですよ」
「その護衛の男と二人でプレゼントを?」
ルシウス様はフラン様と私の関係を疑ってるの?
頬の熱はひかないくせに、心の中がモヤモヤとした感情で覆われていく気がした。確かにお店の人にも恋人と間違えられたりもした、でも彼フラン様もきちんと自分じゃないと否定していた。こんな時間に部屋の前でやり取りしてる事も、外聞的には良くないのはわかるけど人の話もろくに聞かずに不機嫌をぶつけてくるのはおかしいと思う。そう思ったら疑われているのが悔しくなった。
恋人役でしかないのにこんな感情になるのはおかしいとわかっている。それでも、私は本当にルシウス様が好きだから。
「ええ、これは贈り物です。ただ、フラン様から頂いたわけではありません! ……私が贈るために買いました」
ルシウス様が滲んで見えだした。せめて涙がこぼれないよう精一杯目元に力を込めて耐える。
自分が口に出そうとしている事が怖い。この関係が終わってしまうかもしれない。それでも悔しくて悔しくて、この感情が抑えられそうにもない。
耐えきれず涙が頬を伝った。それに気づいたのルシウス様は握ってた手首をパッと放した。
「すまない、君を苦しめたいわけじゃないんだ。つい苛立ってしまって……」
ハッとしたように表情が変わった。悲しげな表情を浮かべているがいつものルシウス様だ。
「アリシアに想う相手ができたのであれば……この関係は解消しよう」
淋しげに笑ったいつもの優しいルシウス様がそう告げる。
想い人から告げられる言葉はこの気持ちを伝えずとも解消についてなのか。それであったら、もう。
持っていた箱をルシウス様胸に押し付けた。
「解消……ですね、わかりました。でも、これだけは勘違いされたくないんです。……これは、ルシウス様への贈り物です」
押し付けた箱をそのままの勢いでルシウス様に託す。
零れる涙を強く拭って、精一杯の笑顔を見せた。
「え?」
「ドックタグのチャームなんですが、いらなかったら捨てて下さい。あと、これからも魔術師として関わりが続くと思いますが煩わしくても今まで通り接して頂けると嬉しいです! お嫌でしたら私情にはなりますが殿下に相談してみますので」
「待て、そんな事はっ! それに俺宛というのは」
「そのままの意味ですよ。ふふふ、ルシウス様、鈍すぎます」
「いや、待ってくれ。だとしたら俺はっ」
――コンコンコン
背後の扉からノック音が響く。あまりの音の近さにビクリと肩揺れた。
「恐れ入ります。……フランに副団長がアリシア嬢と一緒にいると聞いて……こちらの部屋にいらっしゃいます? 団長から召集が」
「はい、すぐ開けますね」
ドアを開けると、申し訳なさそうに騎士様が立って居た。
こんな時間にグスタフ様からの召集なんて、何かあったのかな。休む時間が減ってしまうルシウス様には申し訳ないけれど、あのままだと涙をこらえきれずにみっともない姿を見せることになっていた、だから騎士様の訪問は正直なところ本当にありがたかった。
「ルシウス様、お時間頂いてしまい申し訳ございませんでした」
「アリシア! この召集が終わったらまた時間をくれないか」
「……ルシウス様がお望みであれば」
笑えているのだろうか。ルシウス様の表情は苦しそうなままだ。
視線を逸らすと、その先の騎士様が気まずそうにしていた。恋人としての認知であればこの空気感は明らかに喧嘩、だから。
「騎士様もお気になさらず。グスタフ様お呼びなのであればお急ぎ下さい」
「ああ、行ってくる」
「はい、お気をつけて行ってらっしゃいませ」
私の隣をすり抜けてルシウス様が部屋を出る。
呼びに来た騎士様と一緒に階段へ向かって歩き出したその姿を見送り、私はそっとドアを締めた。
読んで頂きありがとうございます。
お話には入ってませんが、フランが戻ってすぐ後にルシウスを呼びに行く途中の騎士さんと二人で少し情報共有があったんです。
フ「はぁ……怖かった」
騎「よお、フラン。ルシウス様ってもう部屋に戻られたか知ってるか?」
フ「あー……部屋のある階には、いるかな」
騎「へ? どういう事?」
フ「多分だけど、アリシア嬢と一緒。あとな……今すごく機嫌が悪い」
騎「…まじか」
ドキドキしながらアリシアの部屋に向かった騎士さん、案の定空気悪くて胃がキリキリだったと思います。笑
そして「あなたが幸せでありますように」はここから終盤へと入っていきます。
最後までどうぞよろしくお願いします。
X:@sheepzzzmei
最近たまにぼやいてます。笑




