魔術師リュシーの目的 3
「は……?」
リュシーから怪訝な声が漏れた。でも次の瞬間には彼はそこには居ない。後方の壁からドゴンと強い衝撃の音が聞こえた。訳がわからず音の方へ視線を向けると、うずくまっているリュシーの姿があった。
「アリシア!! 無事か! 怪我は……っ?!」
「ルシウス、様っ」
滲む視界にルシウス様が駆け寄ってきたかと思うと、すごい勢いで自身の騎士服の上着を脱ぎ私に被せた。
ルシウス様の匂い。抱き締められてるようなそんな錯覚を起こしてしまう。
私、助かったんだ。深く実感したせいだろう、今までの恐怖に身震いする。
ふと被された騎士服の隙間から見えるルシウス様が見た事もない程の殺気を纏っている事に気がついた。魔力も膨れ上がり今にも溢れ出て暴発でもしそうな勢いだ。
「失礼。アリシアはこっちへ」
ふわっと体が浮いた。ナフタック様に手早く抱き上げられ、ベッドから皆のいる方へ降ろされる。ナフタック様はそのままルシウス様の肩に手を置き制止した。
「副団長、抑えて下さい」
「何故止める」
「今のテンションで魔法なんざ放ったらここら一帯火の海だ!」
ルシウス様のマナの制御は完璧ではない。怒りに任せて放った場合にどのような惨事になるかはナフタック様の判断が正しいだろう。
倒れていたリュシーが少し動き床についた手がガサっと音を立てた。反射的に緊張で力が入る。
「はは、副団長は手加減が苦手ですからね。ここは私に任せてください」
消えた扉の前までは赤く染まっていた瞳も今は深い青に戻っていた。それでも魔力は荒々しいし、笑顔に反して声が冷ややかだ。
「いやいや任せられるか! お前に至っては国を滅ぼす前科持ちだっておい待て、また瞳の色変わりだしてんじゃねぇか!! 」
「前科? ああ、もう時効です。それに今はもうそんな莫大な魔力ありませんから」
「だぁぁあもう! とりあえず副団長もジョエルも落ち着け」
ジョエル様の魔力がない? どう言う事だろう、そう思った矢先、この場の責任者も現れ複数対一人という戦力差も相まってか緊張感が緩みだす。
「おーおー、盛り上がってんなあ。あ、とりあえず生け捕りな」
「あーもう団長は黙ってて下さい!!」
「ちぇっ」
「クッ、ふふ、ははははっ」
倒れた体制から、どうにか座り込んだリュシーが大きな声を出して笑っている。
状況は変わりないと言うのに、ずいぶん余裕があるように見えるのは何故だろう。気味が悪い程ご機嫌な笑い声に彼を少し覗き込むと、バチリと合った視線。思わずルシウス様の腕にしがみついた。
「んで、お前がエルダジアの魔術師であってんのか? っと、これ魔術具だろ? 使われたら何かと面倒そうだからすまんなっと」
グスタフ様が剣を垂直に突き刺した。落ちていた転移の魔術具をが砕ける音がする。
「ああ、歴史的に価値の高いものなのに。でも今はそんなものよりも黒髪の騎士、私は貴方の事が知りたい!! 貴方が欲しい!!」
「…………気持ち悪いこと言わないでいただけますか?」
ああ、なんだろう。ジョエル様が笑っていない。というよりもスンっと一気に表情が抜け落ちたような……。
「現存しないと思われた、闇魔法を見れる日が来るなんて……!! ああ、そうだ! アリシア嬢と私ではなく、黒髪の騎士、貴方が交配をすれば素晴らしい結果をだせるのではないでしょうか?! 現存する全ての魔法が使える彼女と、現存しないはずの属性を持っている貴方……ああ素晴らしいとは思いませんか?!」
この男は本当に魔法の事しか頭にないのだろう。自分の置かれてる状況も空気も全く読まず、ただただ私欲だけを満たそうとしているのだ。
ジョエル様がリュシーを指差し、にこりと私に笑顔を向けた。
「って言ってますけど……そうします?」
呆れ返ってのあからさまな冗談ではあるけれど、その発言に今まで一番冷静だったナフタック様が苛つきを態度にした。
「おいフザケンナ魔神野郎」
「はあ。本当に冗談が通じない人ですね、貴方は」
「揃いも揃って……お前らちゃんと冷静になれ。ルシウス怒りはわかるが生け捕りは絶対だ。殺さず捕獲しろ」
「……了解しました」
こんなに悠長にしていて、リュシーに反撃でもされたら、そう思ったのだけど彼にはもう全く抗う意志がないように見える。
ジョエル様がベッドに落ちている物を見つけた。魔法を打ち消す枷だ。ゆっくり手に取りそれを見ていた彼の表情が一瞬すごく辛そうに歪んだ、そんな気がした。
「……ジョエル、様?」
「はい、なんですか?」
「あの、どうされましたか」
「ああ、あの時の枷だなって……まあとりあえずこれはこうやって、っと」
ガシャンと小さく音がなった。
少し前まで私の腕についてたそれは、持ち主の腕にはまっている。これで彼は魔法が使えない。
魔術師であることの最大の武器を封じられてもリュシーは慌てる事はなく、寧ろ捕まることすら楽しんでいるようだった。
「ほらこれで魔法は使えないし、縛ってただ連れていくだけですよ」
その後は本当にあっという間だった。
リュシーは騎士様に縛られてそのまま連行された。この場に残る彼の所持品も回収されるそうだが、ぱっと見た感じこれと言ってリュシーがこの場所にいる目的に繋がるようなものは見当たらない。
騎士様達が部屋で回収等作業を行うので、私はルシウス様に手を引かれ部屋の扉……があったであろう壁を抜けた。出てすぐ右へ続く狭めの廊下、少し先が左に折れている。
窓のない部屋、外の音も遮断されていくらいだったのできっとここは地下なのだろう。だとすると、あの折れた廊下の先には階段があるに違いない。
ぼんやりとそんな事を考えていたその時。握られていた手がぐっと引き寄せられ、気付いたときにはルシウス様の腕の中にいた。
「すまない……っ」
とても苦しそうな声だ。ルシウス様の腕が力強く、それでいて壊れ物でも扱うかのように優しく私を抱き締める。
状況を理解したとたんばくばくと煩いくらい鳴り始める心音。ルシウス様の優しさに苦しいくらいに感じる彼への想い。
「助けて頂き、ありがとう存じます」
「……助けられてない。他の男に触れられ、力で押さえられ……怖かっただろう。本当にすまない」
少し緩んだ腕。そのまま見上げると、エメラルドグリーンが不安げにこちらを見つめ揺れていた。
「正直言うと、すごく怖かったです。でも……心の中でルシウス様に助けてって叫んだら、本当に助けに来てくれて……嬉しかった」
苦しそうに揺れる瞳。
助けてくれた、ルシウス様は悪くないのにそんなに辛そうにしないで。
安心させようとそっと手を伸ばし彼の頬に触れた。触れた瞬間瞳が大きく開かれたと思うと、すぐに弧を描く。頬に触れた私の手にルシウス様の手が重なった。
――コンコンコン。
壁をノックする音。その音のする方にナフタック様を見つけた瞬間、2人してビックリするほどの速さでバッと離れ各々姿勢を正した。
「あのー壁を挟んで俺らいること覚えてます? 副団長、アリシアとイチャつきたいなら夜に部屋でやってください」
「なっ……――ゴホン、失礼。では、アリシアに護衛をつけて部屋まで送り届けるようにしろ」
「はっ」
私も人の事を言えないけれど、ルシウス様も
顔が赤い気がする。恥ずかしさを誤魔化しつつナフタック様にチラリと視線を移すと、眉を下げて小さく笑ってくれた。
「おー愛の確認は終わったかー?」
グスタフ様がいつもの調子で揶揄いながら現れる。ルシウス様の眉間にシワが寄るも赤い耳がその威嚇効果を打ち消している。
「ルシウス、お前はこの場を取り仕切れ。俺とジョエルでアリシア嬢を部屋まで送ろう。部屋に帰る前に殿下への報告もしなきゃならんしな。悪いが、少し付き合ってもらう事になる。すまんな」
「いいえ、お気遣い頂きありがとう存じます」
そのまま部屋に戻るルシウス様の背中を見送った。その後はジョエル様が私が着れるものを急ぎで用意して下さり、着替えてから館の外に出た。ふと空を見上げると欠けた月に雲が少しかかっていた。
「ああ、せっかくの月明かりが」
ジョエル様も気付いたようで小さく声が聞こえた。
「そうですね……あ、雲に飲まれてしまいました」
「日中はあんなに天気良かったのにな。まあ、雲が晴れれば月は見えるさ」
薄暗い月明かりの中、私たちはお城を目指して歩いた。
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