魔術師リュシーの目的 1
視界がぐにゃりと歪む。その感覚が気持ち悪くてすぐにきつく目を閉じた。
先程までの街の喧騒が嘘のように静まり返っている。ゆっくりと目蓋を開くのとほぼ同時に抱き留められていた肩が解放される。
「あーやっぱり二人がギリギリですね。アリシア嬢手足はきちんと……あるようですね」
映り込んできた風景よりリュシーという男性の物騒な確認発言に、慌てて自身の手足の存在確認した。痛みもなければ傷も特についていない。強いて言うならば、片側のスカートの端の部分が千切れたかのように膝よりも少し上の辺りで消えてなくなっていた。彼の視線がチラリと足をかすめる。
「人数はわかりませんが、陣からはみ出してしまっている部分は発動時に消滅するみたいですね。勉強になりました」
ガチャガチャと外套や装備を外しながら喋る彼の笑顔にゾワリと寒気がする。
場所を把握しようと漸く周りを見ると机とベッド、簡易的な棚がある程度の簡素な部屋だった。勿論、光を取り込む窓の類はなく、ここがどこで時間は何時ぐらいなのかなどの情報は一切得られそうもない。
そんな私の様子に気付いたのか彼が変わらぬ口調で話し出した。
「ここはまだ王都ですよ。時間も先程と変わりないです」
「……何故それを教えてくれるのですか?」
「だって知りたかったのでしょう? それに知ったからと言って貴方にどうこうできるとは思えませんから」
手首に掛けられた枷を指差しクスクスと笑う姿はまるで人を小馬鹿にしているようだ。
「その枷はね、遥か昔に栄えていた王国の産物なんですよ。今の技術では到底作り出すことができない、そんな貴重なもの……すごいですよねそのような技術を持ちながら滅びてしまった王国があったなんて」
何かにひどく傾倒したような表情で彼は続ける。そのままこちらへ歩みより手首にはめられた枷を愛おしそうに撫でた。肌に触れられたわけでもないのに、その行動に彼の表情に肌が粟立つ。
「ご存知ですか? 古代の人々の魔力量は莫大で今の魔術師の比ではない威力の魔法を放てたと言います」
自身の感情通りに変わりそうになる表情をどうにか保ちながら彼に視線を向けた。薄い水色の瞳がゆっくりと弧を描く。
「当時属性魔法という概念があったかどうかもわかりませんが複数の魔法を使えたとか……それ自体は今も変わりませんけどね」
彼が差し出し手元からオドが小さく放出され土の塊を作り、かと思うと手のひらの上で風が巻き起こり土の塊は崩れ消えていった。彼の使用できる属性は、少なくとも土と風の2種類はあるのだろう。
再び目元が弧を描き「ね?」とその事実の確認を求められた。私は言葉にはせず小さく頷いた。
「でもね、ひとつだけ……とある属性魔法を使う者はそれ以外の属性魔法を使用することができないんです。逆を言うと、複数の魔法が使える者はその属性の魔法は使えないはずなんです。私の言ってる事、わかりますよね?」
間違いない、街で女の子の治療をした姿も悪戯に土魔法を使った姿も見られていたのだ。見られていてこんなことを聞いてくる相手に知らないしわからないなんて言っても、もはや意味もないだろう。
「ええ、知っています」
「では貴方は……アリシア嬢はなぜ聖魔法と土魔法を使えるのですか? まるで文献に残る古代人のように……ああ、私もそのような魔法を使ってみたい。一説によると魔力には私たちが使っているものの他にも、私たちには感じられないものが存在していて……――」
彼は頬を染め酔狂な程に傾倒した姿で古代の魔法を語る。彼から流れる文字を聞き取るにどうやら彼の国には古代の国の記録が少し残っていて、魔術具もその文献を元に作ったのだとか。
ただ、魔力の元であるオドやマナについて触れてないことから、魔術具作成者も全てを理解して作ったのではなく、残された術式を組み込んで試行錯誤した、と言った方が正しいのかもしれない。彼もまた、騎士を襲ったあの魔術具がどんな原理で威力を増幅させているのかきちんと理解していないのだろう。
不幸中の幸い、かな。
「……だから、私としては国がどうなろうと実際どうでもいいです。古代の魔法技術が得られるのならばなんだって! ああ、一説には魔方陣を体に埋め込んでいたとか、体に別の魔力を溜めている場所があるとか、はたまた血が関係するとか……何か知ってる事はありますか、教えてくださいその魔法の根源をっ」
勢いよく握られた手首が痛い。
魔法陣を体に埋め込んでいないし、オド以外の魔力を体に溜めているわけでもない、まして血なんて全く持って無関係だ。彼らがどんな古代文献をどのように訳しているのかは全く不明だが、正しく訳せてないことだけは窺える気がした。
「痛いです。手、放してください」
「ああ、すみません。いけませんね、あの日から恋焦がれていた貴方にようやく会えたと思ったらつい興奮してしまって」
解放された手首には赤く手形が残っている。
「だとしたら、申し訳ないのですが私はリュシー様が欲している答えをお出しする事はできません。この体に魔法陣を埋め込んだり、他の魔力とやらを溜めたりした事はありませんから。もちろん血だって、なんの変哲もない男爵令嬢です」
「へぇ、では何故貴方は聖魔法と土魔法を使用できたのですか」
「わかりかねますわ。私にはこれが普通なので」
にっこりと皮肉たっぷりにそう答えた。
「やはりエルダジアとフェジュネーブでは色々違いがあるようですね。何の変哲もない男爵令嬢に騎士団の護衛がつくなんて、ね?」
「護衛? なんの事でしょう?」
白々しく手を頬に当て令嬢お得意のわかりませんポーズをとった。
あちらが私の事をただの男爵令嬢と思ってるわけがないのは百も承知だ。でもここですぐに引いてしまっては彼が街に居た目的も、どこまでの状況把握をしているのかもわからないままだ。捕まってしまったのなら、少しでも情報を絞り出して逃げたい。
「おや、今日一緒だった彼もきっと騎士団なのでしょう? それに、初めて会った時に居たあの男は、間違いなくボルド公爵の子息、ルシウス・ボルドでした」
「ルシウス様は有名なのですね」
「ええ、魔力量も多く優れた剣の使い手でもありますから。……そんな彼に最近、恋人が出来たっていう事も有名なんですよ? 貴方でしょう、アリシア嬢。これはやはり血を繋げ次代に貴方の血を残す為の政略なのですか? だとしたら貴方の腹にはもう彼の子種を?」
「なっ、ちっ違います!!! 断じてそのような関係ではありません!!」
今まで取り繕ってきたのに、ここに来てとんでもない事を言い出すので全て剥がれてしまった。
さらされた頬が熱い。
「ははっ、男を知らないのは本当のようですね」
「……っ」
「ああでも政略的な婚約だとするのだったら、あの銀髪の男も対象に入りそうなのに……やはりフェジュネーブの者ではないのか」
少し小声でボソボソと喋るその内容。髪の男……もしかして……。
「そうそう、アリシア嬢。私は本来貴方を捉えることが目的じゃなかったんです。少し前にルシウス・ボルドが率いる隊と衝突した事がありましてね。ああ、フェジュネーブには素晴らしい聖女がいるんですね、自慢の魔術具の魔法を止められて驚きました。ただ、2発目は難しかったようで……でもその時に銀髪の見知らぬ騎士が火の魔法で防いだんですよ、エルダジアが誇る魔術具の魔法を。それも複数の魔術師と魔術具を焼き払うまでに膨大な魔力で」
ああ間違いない。ナフタック様だ。彼はナフタック様を探していたのだ。
「驚きました。魔力の底が知れないほど高威力の魔法を次々に放ち私たちを殲滅していくのだから。実はあの時私も片腕を持っていかれましてね。こうやって今両手が揃っているのも魔術具のおかげなのですよ。でもやはり魔力消耗は激しいようで私にヒールを掛けた術者は魔力切れの瀕死状態でした。……話が逸れましたね。あの銀髪の彼は尋常じゃない魔力量を保持してる、なのにあの瞬間まで騎士としての認知はなかったし、着ていた服もフェジュネーブのものではなかった。彼自体私の魔法でかなり重体だったのですが、あの光の盾を張れるレベルの聖女が複数人いるのであれば生きている確率が高い」
ナフタック様が着ていた騎士服は間違いなくフェジュネーブのものだけど、400年も前のものだと誰が考えるだろうか。この時代に一着だけあったあの服はもう存在しないのだから。
リュシーは私を見てにこりと笑った。
「貴方、何か知ってるでしょう?」
「この国の人でないとリュシー様が仰っていましたよね? それなのに何故私が知っていると?」
この問には流石に彼もそう思ったのだろう。くすくすと小さく笑い「確かに」呟いた。
「でも、貴方は関係者だ。私が度々母国の名前を口にしてもそれが当たり前で、前情報でもあったかのように何も言わない。……そういう事ですよね?」
失態だ。これにはもうニコリと皮肉を含めて笑顔を返す他なかった。
「まあいいんです。貴方を捉えても騎士はそれなりに動くと踏んでいます。……っと長話がすぎました。私は野暮用で出ます。夜には戻るのでその時には貴方の魔法の事を話してもらいますよ。早めに言ってしまうことをおすすめします。では」
ガザガサと荷物をまとめ再び外套を羽織った。彼が魔術具を手に持ち魔力を練ると、あの時の転移陣が浮かび上がる。光を放ったかと思うとすでに彼はその場所には居なかった。
使われなかったこの部屋の入口の扉を見る。間違いなく外鍵が掛けてあるであろうその扉をゆっくりと押してみた。その動作によって軋む音はなるものの予想通り鍵が掛かっているようで開きはしなかった。
リュシーはナフタック様を捉えてどうしたかったのだろうか。私に聞いたように魔法の事は話させたかったのだろうか。それとも、フェジュネーブの人間でなのであればエルダジアに引き抜こうとそう考えていたのであろうか。
静かなこの部屋に一人、色んなことが頭を巡り出す。
私が攫われてしまったあの時。ルシウス様達は何故街の警備に出ていたのだろうか。リュシーが滞在してると目撃情報でも入ったのだろうか。でもそれならばそんな中、当の本人があんなに近くをうろついてるわけがない。
彼は一体何をしようとしているの……?
扉を背にゆっくりと座り込んだ。
「ルシウス様……みんな……」
お読み頂きありがとうございます。
X:@sheepzzzmei




