市井料理を囲んで 3
もう遅い時間だ、ナフタック様もお疲れだろう。手早く片付けて、解放しなければいけない。
「食べ残し殆どないですが、あればこちらにまとめて下さい」
「ああ」
片付けをするなかで、ふと今この部屋に2人しかいないとう現実に気付いた。当たり前の事なのにいまいち気付かなかったのは、認めたくないけれどやっぱり多少酔っているからかもしれない。
400年前を含めてもナフタック様と一緒に片付けをしているなんて事はなかったので、この状況がおかしくて思わず小さく笑ってしまった。
「何を笑っている」
「いえ、ナフタック様と一緒にお片付けしているこの状況が……ふふ、なんて言うか不思議で」
今でこそ普通に話せるようになったが、以前は彼に嫌われていたのだから。人生何があるかなんて本当にわからない。
「入団当時のようにナフタック様とお話出きるようになって、本当に嬉しいんですよ」
「……本当に申し訳ないと思っている」
「いえ、せめたかったわけではなくて! あの頃のように話せてるのが嬉しいなって。それにこの時代で唯一400年前を知っている、そんな人がいるのがどれだけ心強いか……」
ナフタック様としては突然飛ばされた未来だが、私を知っている人がいる、それだけでどれだけ嬉しかった事か。
私を探してくれていたという全てにおいて、感謝で一杯だ。
「探してくださってという話も、すごく嬉しかったです。ただ、そのせいでナフタック様までこの時代に飛ばされ巻き込んでしまって……申し訳ございません」
「俺が勝手にやった事だ、気にするな。……まあ、予想外ではあったけどな」
あらかたテーブルの上が片付いて、ナフタック様が手を止める。近くの椅子に座って小さく息をはいた。それからこちらを見る。
こうやってナフタック様ときちんと話すのははじめてかもしれない。
「アリシアがいなくなったあの日、昼の事謝りたくて砦にお前を探しに行ったんだ。そしたらそこにはノエルしかいなくて。そのまま宿舎に行ったんだけど、他の魔術師にまだ戻ってないと言われた。一応砦までのみ道をまた探したんだけど居なくて……あの時、明日にしようと思わずにもっとちゃんと探してたら、この時代にくるのももっと早かったのかもしれないし、アリシアをもっと守れたのかもしれない」
「ナフタック様……ありがとうございます」
苦しそうに笑顔を浮かべる彼にきっとまだあの当時の罪悪感が残っていることは明確だ。入団当初もそうだった、ナフタック様は本当は優しいのだ。
「同じくらいのタイミングでこれてたら……俺が恋人役として守ってやれたかもな」
「ふふ、そうかもしれませんね」
「ルシウス・ボルド、か。公爵家の三男なんだってな、団員に聞いた」
「ええ、私は陛下への挨拶の際にご家族から聞いて驚きました」
「……なんだよ、やっぱ師団長の言う通りじゃねぇか」
「師団長?」
ジョシュア様の名前が上がって聞き直すも、「こっちの話しだ」とごまかされてしまった。気にはなるが無理に聞き出すのは良くないだろう。
そう考えていたら、急にナフタック様がビックリするくらい深く深く息を吐き出した。そして「よし」と声にした。
「……ナフタック様、どうされました?」
「別に。頭ん中整理してた、で、今終わった」
「そう、ですか?」
「んで?」
はじめて見る表情だった。
まるで悪巧みしたかのような、そんな表情。何を聞かれるのだろうと思わず身構えた。
「お前、役じゃなくて本当に好きだろ。副団長の事」
「……へ?」
考えてもいなかったような、ナフタック様の突然の質問にビックリするくらいに間抜けな声が出た。
ルシウス様を、好き? 私が?
質問の意味がよくわからずに、頭のなかでぐるぐる繰り返す。その感、ナフタック様の表情は図星だろと言わんばかりだ。
「あ、え? あの恋人役なので、好きとかそういう事では……それに好きか嫌いかであれば好きに決まってるじゃないですか」
「ほう。じゃあ、あの魔人野郎の事好きか?」
「ええ、もちろんです」
「グスタフ団長は?」
「好きですよ?」
「んじゃ……俺」
「ナフタック様も好きですよ」
「……」
「? 何なんですか」
質問の意図がいまいちつかめない。
好きか嫌いかだなんてみんな好きに決まっているのに。
「いや、嫌われているだろうと思っていたから」
「いつ私がナフタック様に嫌いと言いましたか? 寧ろはじめての遠征で助けて頂いた時には、騎士様って優しくて素敵だなとも思ったのに」
あのとき、一瞬死が過るような場面で助けてもらった事。騎士様の強さや優しさをはじめて感じたのだ。
「そうか……あーぁ、本当に何やってんだろうな俺は」
「一体何の話なのですか?」
「じゃあ、次。ルシウス副団長は」
「だから好きですってば!」
「その副団長だが、他の女と関係があるとしたら?」
「えっ……」
「さっきお前に触れた手が、別の女に触れているのであれば?」
「それは、私たちは恋人のフリですし……ルシウス様が想う相手がいるのであれば……」
「そうなると、副団長の性格上きっともうアリシアには触れてこないだろうな。いや、任務遂行として気持ちを圧し殺して恋人役に徹する可能性もあるか」
どきりとした。あの優しい手が他の誰かに差し伸べられている可能に。
この関係になる前に、ルシウス様は婚約者も想い人もいないと、そう言っていた。でも、よく考えればそれは今ではない。たとえ今、彼に想い人がいなくても明日はわからない。恋人役として私に優しく触れてくれる手は、本当に心から想う誰かを優しく抱き締めているのかもしれない。
そうであったとしても、私には何の権利もない。その場合はこの関係は解消になるだろう。私がいたらルシウス様は幸せにはなれない。その時私は、笑顔で彼の幸せを見届けられるのだろうか。
「……あれ……?」
ツーっと暖かい感触が頬を流れた。泣いているのだと気付いたのは、頬を伝う熱が次から次へと流れ始めたからだ。
今までに感じたことのない胸の痛みに思わず両手を胸に当てた。
「すまん! 泣かせるつもりはっ、あークソ! 本当にすまない、泣くなアリシア。君に泣いて欲しいわけじゃないんだ」
慌てたようなナフタック様がそっと涙を拭ってくれた。目があった彼はこれでもかと眉を下げて申し訳なさそうにしている。
「副団長に想い人がいると言う話は聞いたことがないので安心しろ。俺が作った例え話だ。だから、もう泣かないでくれ」
今度は自分で涙を拭った。ナフタック様があまりにも情けない表情で私を見つめるので、はじめて見るその表情に思わず口角が上がった。
「ふふ、申し訳ございません。でも、ナフタック様のお陰で……気付きました」
「ああ」
「私、ルシウス様が好き、です」
「おう」
気付いた今、自分の感情の全てが腑に落ちる。
利害一致で恋人役をしてくれている相手に恋をしてしまうなんて、この感情はどうするべきなのだろうか。勝手に本気になった私の気持ちをぶつけても、ルシウス様にとっては迷惑でしかないだろう。
そもそもルシウス様の中で、恋人役を除くと私はどういう人物として存在しているのだろうか。正直、誰かを好きになると言うことが今までなく頭のなかすら整理できない。
「はは、そんなに考え込む事か?」
「だって……こんなの初めてので……」
「そっか。ま、あんま考え込むなよ。考えすぎてバカみたいだったヤツを俺はよく知ってる」
そうナフタック様が笑った。
「400年前の騎士様にいたのですか?」
「ああ、そうだな……あの時にいた。よし。片付けも済んだし俺は戻る」
「え、待って下さい、私も戻ります」
ナフタック様が席を立つ。そのままド扉の方に向かって歩きだした。その後について部屋を出た。
「ナフタック様、昔みたいにお話できて本当に楽しかったです。お買い物も含め今日は本当にありがとうございました」
「おう、ゆっくり休め」
背中をむけたまま手を振られ、そのまま廊下を進み階段のある方へ歩いていった。足音が小さくなっていく。
私もそれを見届けて、ひとつ先の自室にの扉を開ける。部屋に入り椅子に腰掛けるのと同時に「はぁ」と息が漏れた。
気付いてしまった気持ちはあっという間に熱を持つ。今までもどきりとしてしまう事はあったが、この気持ちに気付いてしまってから、そんな出来事があるのに耐えられるのだろうが。ふと浮かんだのは今日ルシウス様が言っていた事。
ーー「他にもしならい一面は、次は俺に直接見せてほしい」
あの時ですら、鼓動がうるさかったのに。……ほら、思い出しただけで胸が苦しい。恋人役はいつまで続くのだろうか、役でないこの気持ちを伝えることはできるのだろうか。
それとも、彼に想う人が現れるのが先だろうか……。
考えれば考えるほど纏まりをなくし闇に潜っていく。その思考を止めるべく、声にして立ち上がった。
「よし!! 湯浴みして寝よう!」
言葉にして行動をとっても次の瞬間に行き着く思考に、効果は望めないと悟った。
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