市井料理を囲んで 1
今日の講習も終わりミランダ以外の聖人・聖女達は部屋を出ていく。ここ最近は講習後に少しだけミランダとお喋り、基、休憩をするのがひとつの楽しみになっていた。
本日の話題は私の中ではもう決まっている。チラリとルシウス様と目があった。
「どうした?」
「いえ」
にこりと微笑んで見せた。
本当はミランダに前回の講習の事について聞きたいのだ。講習の内容も勿論なのだけど、どちらかと言うとこの時間の話題としたいのはジョエル様とミランダの話で、ルシウス様がいる手前ぐいぐい聞くことができない。ルシウス様には本当に申し訳ないが、少しだけ別室にて待機をしてもらいたいところ。
実際そんなことは無理なので、講習をメインに色々聞き出すしかないだろう。
テーブルの上にミランダがお茶を用意してくれている。伯爵令嬢で、家ではきっと自分でやることはないだろうにあまりの手際のよさにうっとりしてしまう。
いくら教会に来ているからって、高位な上にこんなに美人で可愛い彼女にお茶の準備をさせてしまい何だか申し訳なくなってくる。
差し出されたカップから花のような香りが香ってきた。
「今日もお疲れさまでした」
「ありがとう」
こくりと一口。心がほっと穏やかになる。ふうとゆっくり息を吐き、心を落ち着かせる。
ルシウス様に不振に思われないよう、焦らずにゆっくりと、だ。まずは講習の事から聞くことにしよう。
「えっと、前回の講習なんだけど……その、ジョエル様とナフタック様の講習で新たな発見はあった?」
「そうですね、でもやっぱり私はアリシアの講習があってるみたい。お二人ともとっても親切に教えてくださったのだけど、騎士様の独自の感覚というのかしら? 私たちはその説明の理解になかなかついていけなくて」
ミランダが申し訳なさそうに眉を下げ笑う。
私は魔術師だ。そしてジョエル様達は騎士。当たり前の事だけど、魔術に関してはマナとオドを使って発動するので感覚も全く同じだと思っていたのだけど、どうやら少し違いがあるらしい。
そう考えるとミランダ達は聖属性魔術師枠だろろう、騎士様の感覚を共有するのは難しい。
「そうだったんだね。やっぱりあの二人は騎士団を担当してもらう方がよさそうね。逆を言えば、私じゃ騎士様の感覚に添えないもの」
「俺はアリシアの教えでマナを使えるようになったのだから、全てではない」
「ふふ、ありがとうございます。……えっと、それで、なんというか、ミランダ、他にはどうだった?」
ルシウス様をチラリと見て、ミランダにそう問いかけた。はっとして少し恥ずかしそうに口元を押さえた彼女の行動により、私の伝えたかった内容はきっと伝わったのだと思う。
「ええ、その……休憩時間に市井の食べ物のお話をして……今度食べてみたいなと言ったら、今度ごちそうしてくださると」
それはもちろんジョエル様がだよね!?
ここにきてまさかのナフタック様がなんて事はないだろう。彼女の表情からもジョエル様で間違いない。
思わぬ情報に緩む口元になんとか力をいれた。
「えっと、アリシアやボルド様は、市井の食事をご存知です?」
「そうね、私は」
「俺も騎士団で遠征に行った際などに」
ミランダは聖女だ。それも伯爵令嬢、遠征で騎士様のように自由に出歩いて過ごすと言うのは中々ないのかもしれない。そんなことを考えていたその時、扉をノックする音が聞こえた。そのノック音のすぐ後に聞こえてきた声は、今まさに話題に上がっているその人だった。
ルシウス様が許可を出すとゆっくりと扉が開く。そこには声の主のジョエル様、そしてナフタック様が立っていた。
突然の訪問に何か問題が起きたのかと構えたが、話し始めたジョエル様の声には緊張感はまったくないようだ。
「ミランダ嬢、アリシア嬢、突然の訪問申し訳ございません」
「なにかございましたか?」
ミランダがゆっくりっと首をかしげる。可愛い。緊張感がないのはお互い様のようだ。ナフタック様はというと一瞬目があったと思うと、大きなため息を付いてジョエル様に視線を移した。……きっと半ば強制的につれてこられたことが伺えて、少し面白い。
「ちょうど今、前回ミランダとジョエル様が話してたと言う市井の食べ物の話をしてたところなんです」
私がそう言うと、気のせいだろうかナフタック様の眉間にシワが寄った気がした。
「でしたら、ちょうど良かったです。実は私もそのお誘いをと思い稽古も終わったのでこちらに参りました。お二人とも今日はもう講習は終了ですよね。どうです? 市井の美味しい食事でも」
ジョエル様からのお誘いだ。突然の出来事にミランダを見るとあわあわと声にならない声を発している。話していた内容が今現実になろうとしているのだ。ミランダはきっと嬉しいに決まっている。
良かったね、楽しんできて! そう伝えようとしたその時、彼の発言が頭のなかでリピートされた。
そう、ジョエル様は言ったのだ「お二人とも」と。
できればミランダには二人で楽しんで来て欲しい。どうにか良い理由を付けて私は逃げ切るしかない。
「ミランダは空いてるよね!だったら、ジョエル様と一緒に」
そこまで言葉にして、急に柔らかな手がビックリするほど力強く私の手を握った。
「ア、アリシアもあいてますよね! ね!」
「えっ!?」
「空いているとちょうど話してましたよね!」
私の手を握りしめ、懇願してくるアリシアにNOとは言えない。まあ、実際用事があるわけでもないのだけれど。
「ええ、そうね」
「私たちも、市井のお食事に是非ご一緒させて頂きたいです! 私はすぐにお父様に外出の許可をもらって参ります」
「あ、それなんですが」
まるで今すぐにでも走り出しそうな勢いのミランダをジョエル様が止める。
胸元でパチンと合わせた両手はそのままに、ミランダはジョエル様の言葉をまっているようだ。
「この時間から女性が市井に外出となると外聞も良くないので、私たちで購入して、部屋でワインなど持ち寄って食べるのはかがでしょうか」
そうか、そういう事だったんだ。ナフタック様がこの場所にいる理由。
「ーーお買い物隊?」
思わず小さく笑いながら言葉にしてしまいその瞬間、キっと鋭い視線が私をとらえた。
「それももちろん。私がいろんな意味で先輩なので後輩と仲良くしようと考えた結果でもあります」
「よく言う。強制的につれてきやがって」
「ふふ、でも折角だったら大勢の方が楽しいですよね」
「……だが、ミランダ嬢は俺たちがいぐふっ」
何やら余計なことを言いそうなナフタック様の口を両手で塞ぐ。ミランダが隠していることを易々と発しそうなのはこの口か。
「そうだよね! 多い方が楽しいよねっ」
口元を塞いだままナフタック様をムッと見上げると、苦しかったのか妙に頬が染まった彼がこちらを見ていた。
ふと大きな手が延びてきて私の手をナフタック様の口元から引き剥がす。ルシウス様だ。
「失礼。アリシア、ナフタックが苦しいだろう?」
「申し訳ございません」
「いや、苦しかったわけでは……」
濁すように消えた声に首をかしげるも「問題ない」と切り上げられてしまった。ルシウス様は私の手をはなすと、何事もなかったように先ほどまでの立ち位置に戻る。
「では、買い物は私たちが行くとして……そうですね、ナフタックの部屋で食べましょうか」
「はぁ!? ふざけんな! 勝手に決めんなよ、どう考えても狭すぎるだろ」
「俺の部屋よりは荷物がなさそうだと思ったんですが……ま、部屋の作りは同じですよね」
「だったら、アリシアの部屋でいいだろ? 俺らの部屋より広いって言ってなかったか?」
私の部屋。団長や副団長が使用するレベルの部屋を割り振ってもらっている関係上、確かに広い。
テーブルやソファーもあるので食事をするには問題はない。返事をしようと思ったその時、先日のルシウス様との会話がふと浮かんできた。そう、恋人役としての適切な行動だ。
恋人がいる女性が、未婚男性を部屋に招き入れる……二人きりでなくても褒められたことではない。
「あの、私の部屋は……」
ちらりとスシウス様に助けを求めようと視線を向けると、その意図に気付いたのか少し広角が上がっている。
「あー、まあ、外聞ですよね」
「は? 外聞?」
私たちのやり取りに気付いたのかジョエル様が助け船を出してくれた。でも、これで話しは振り出しに戻ってしまった。そう思ったのだが「じゃあ」と名案だと言わんばかりの笑顔でジョエル様が続けた。
「副団長の部屋にしましょう」
「……は?」
これに一番驚いたのは間違いなくルシウス様だった。確かにルシウス様の部屋であれば私の外聞も問題ない。
「副団長もこの後は上がりですよね?」
ジョエル様がにこにこと問いかけた。
「…………はぁ。あまり騒ぐなよ」
お読み頂きありがとうございます。
評価して頂いた事、数日前に気がつきました!本当にありがとうございました。とても嬉しかったです。
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