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あなたが幸せであることを  作者: 卯月めい
第三章 想いの場所

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騎士からの密告

「副団長、これは歴とした講習ですから」

「アリシア嬢と手を繋ぎたいという気持ちだけではないですから」

「あ、はは……では、オドを送りますね」

「いつでもどうぞ!」

「……真面目に受けろ」

「俺たちはいつでも真剣です!!」


 昨日とは打って変わり騎士団での賑やかなマナの講習。始終楽しそうに講習を受ける騎士様達、そして少し不機嫌なようなルシウス様。

 何故このような状況になったのか……その理由は昨日教会で行っていたマナの講習中まで遡る。


 やはり聖属性者だからだろう、勿論魔力量と同じように個人差はあれどスムーズにマナの取り扱いについての講習が進んでいる。

 この講習を始めて一月が過ぎようとしていた。皆少量ではあるけれど、マナを取り込むコツを覚え少しずつではあるが放出量が増えている。かなり上達が早いと思っているのだけど、だとするとミランダやルシウス様はやはりかなりの逸材だったのだろう。


「では今日はここまでにしましょう。皆様本日もお忙しい中お集まりいただき本当にありがとう御座います」

「そんな、お礼が言いたいのは私たちの方だわ。アリシア、いつも本当にありがとう」

「俺も礼を言いたい。護衛の関係とはいえ騎士なのにこの場で稽古をつけてもらって……本当にありがとう」


 ミランダの眩しいくらいの笑顔にルシウス様の柔らかな笑顔。二人の後ろには他の成人や聖女もいて皆が微笑み掛けてくれるのだ。

 マナの事、取り扱いを伝えているだけなのに、この時代で役に立てていることがとても嬉しい。

 明日からもまた頑張ろう、この場にいる皆がきっとそう思ったであろうその瞬間、背後にある扉が勢いよく開かれた。

 私は瞬時にルシウス様に抱き寄せられ、彼の剣の切っ先は扉を向く。


「アリシアじょ、うわっ!」


 勢いよく扉を開け放ち入ってきたのは、ジョエル様だった。


「ジョエルか、突然入ってくるな。皆驚くだろう」


 ルシウス様は剣を戻しながらそう伝える。


「はは、申し訳御座いません。ただ、私ではなくてですね……団長が扉を……」


 ジョエル様が用件を言い終わる前に部屋の中に楽しそうに笑うグスタフ様と、ややげっそりしたナフタック様が入ってきた。


「いやー、驚かそうと思ってだな」


 グスタフ様のこの言葉に彼を知っている皆は納得したように笑った。ナフタック様がなんだか疲れているのは、きっと真面目な彼だけが止めたのではないだろうか。ケイオス団長よりも豪快なグスタフ様にたじたじになっているに違いない。そう考えると、少し広角が上がった。


「ところで、ルシウス。いつまでもアリシア嬢を抱き締めたいのはわかるが、もういいんじゃねェか?」


 にやにやと、揶揄って遊ぶことも忘れない。そんなグスタフ様の行動に最近は少しなれてきてるのは私だけではないようで、ルシウス様も「失礼しました」と私をはなしてくれた。

 「護衛ですので」と言うとグスタフ様はつまらなそうに「ちぇ」と声にした。まるで思春期男子の行動だ。


「で、ジョエルにナフタック、団長まで……一体どうしたんですか?」


 全うな質問だ。

 この時間は騎士団でマナの講習が始まって間もない時間なのではないだろうか。そんな時間に、講師にあたる二人と現場のトップがこの場所にいるには、間違いなくなにかしらの理由があるのだ。


「あー、なんだ、野郎共からルシウス、お前への不満だ」

「は……?不満、ですか?」

「あー……はい。俺とジョエルが講師役を受け持つむさ苦しい状況下にいる団員、かたや副団長はアリシアや聖女達がいる部屋で学んでいると……」


 申し訳なさそうに話すナフタック様とは反対に団長は楽しそうだ。

 騎士様達からはせめて副団長とナフタック様からの講習であればまだいいのに、という意見も出てるらしい。ジョエル様は護衛業務上事前に私に講習を受けて呑み込みがはやく講師役という設定なのだ。どうやらそこも騎士様達は食わないらしい。


「ジョエルが優秀なのはわかるが悔しいしこいつだけアリシア嬢から指導を受けたのが納得いかない……とまあ、そういう訳だから、明日だけ講師役を交換しようと提案しに来た」

「交換、ですか?」


 頬に手を当てそう言ったミランダのお嬢様らしさと言ったら、全てを見習っても私には到底出来そうにない。


「ええ。明日は私とナフタックが教会で講師役を、アリシア嬢が騎士団で講師役をと考えています。突然、私たちになってしまって、ミランダ嬢にはご迷惑をお掛けするかもしれませんが、ご協力願えますか?」

「え、ええっ! もちろんですっ」


 ミランダ嬢の頬が心なしか染まっているように思えるのは、彼女の気持ちの先を私が知っているからだろうか。

 無意識に広角が上がりそうになったが、寸前のところで表情を整えた。


「教える私たちが変わることによって、其々に今よりも効率的な伝え方が見つかるかもしれませんね。では明日、私とルシウス様は騎士団にお邪魔しますね」


 ーーそして翌日。この状況に至るのだ。

 ルシウス様は護衛となっているので、勿論私と一緒に騎士団へ来たのだけど……この状況だ。

 

「俺たちはいつでも真剣です!」


 騎士様達があまりにもルシウス様を揶揄うようなので、ここはルシウス様は手を握るだとかそんなことは気にしていないと言うことを、私からも伝えるべきだろう。

 諸事情により恋人ではあるが、実際の所は利害関係の一致、なのだから。そう浮かんだ瞬間、何故だか胸が重くなるような不思議な感じが。

 その不思議な感覚をぐっと飲み込んで、騎士様達により正確な状況を伝えた。


「私が何方と手を繋いでも、ルシウス様は気にしたりはされませんよ」


 その言葉に騎士様達は驚きの表情を見せる。

 あまりにも以外な表情が返ってきたので、逆に驚いてしまいルシウス様に視線を移すと何故だか視線を反らされた。

 だってルシウス様にとって、真実のところ私は令嬢避け兼護衛対象なのだ。


「もしかして副団長、言ってないんすか?」


 一人の騎士がそう言った。


「言ってない? 何をですか?」

「……アリシアは気にするな」

「副団長カッコつけちゃって、あんなにソワソワしてたのに」

「ソワソワ?」

「ナフタックの入団前だから……ひと月程前っすね」

「始まりはそこだけど、同郷のナフタックが来てからも、だ……はは」


 騎士様はごまかすように笑って黙ってしまった。彼の視線の先には、ルシウス様がこれでもかと威圧してるのが見てとれる。


「休憩だ! 散れ!」


 ルシウス様のその掛け声に、逃げ出すように散る騎士様の姿。おかしくて思わず小さく笑うと、部屋を出たはずの一人の騎士様がひょこっと現れた。


「副団長の機嫌を直せるのはアリシア嬢だけです、よろしくお願いします!」


 そういってあっという間に走り去ってしまった。

 何の事だかいまいちわからず、ルシウス様を見ると、視線を反らし誤魔化されてしまう。

 騎士様は私だけがと言っていたし、今後の彼らのパフォーマンスに関わるのだったら、そして私がお役に立てるのであればルシウス様とお話をするべきだろう。


「ルシウス様、此方へ」

「ん……ああ」


 はっきりしない返事ではあったが、一緒に来てくれるらしい。

 近くの部屋に入る。逃げられないように、勿論私が扉側だ。出口は塞ぐに越したことはない。

 とここまで考えて、私の護衛でいるルシウス様が逃げるなんてあり得ない事だと気付いたけれど、それであればもうどちらでも良いのだから関係ない。


「ルシウス様、騎士様達がおっしゃってた事、何だったのですか?」

「……あれは、別に」

「私が何かしてしまいましたか?」

「いや、そう言うわけでは」

「ルシウス様」

「………………好いて、いるのか?」


 少しばつが悪そうに、ルシウス様はそう言った。

 好き? 誰が? 誰を?


「え?」

「アシリアは……ジョエルを想っているのか」


 この既視感は何だろう。

 同じような事をひと月以上前に聞かれた気がする……あれは一体いつで誰との会話だっただろうか。

 そもそも何がきっかけでこの話をされたのだろうか。


「隠さなくていい、俺との関係はお互いの、利害一」

「あっ、ミランダっ!!」


 不意に出た大きめの声。慌てて口元を押さえたがルシウス様には「今はミランダ嬢の話をしているのではない」と言われてしまった。

 でもこの既視感の正体は間違いなくあの時のミランダとの会話だ。だってあの時もミランダが、私がジョエル様に懸想していると勘違いをしていたのだ。


「安心してくれ、ジョエルには黙っているよ」

「え、待って、違うんです!」


 ルシウス様の右手を両手で握ったのは、無意識だった。ただ、伝えなければと必死だったのだ。


「ジョエル様は勿論好きです、でもそれは信頼関係からなるもので、懸想などでは……」


 自分で握ったはずの手が熱を持つ。

 しっかりとルシウス様を見てそう伝えた。彼も目を反らさなかった。


「実はミランダにもそう言われたことがあって……私はその、ルシウス様の恋人……役ではありますが、周囲もその周知でいると思っていたので、何故そんな考えになったのか聞いたら……その……」

「部屋で抱き合った、と」

「抱きあっ、ち、違います違います!」


 あまりの衝撃的なワードに握ってた手を放し、手も頭もぶんぶんとふって否定した。それはもう必死に。令嬢らしさとか、そんな事欠片も思い付く暇がなかった。


「あれは何と言うか、その、抱き締められたのは事実なんですが、私としては落ち込んでいる子供をあやす母親と言いますか、えっと、ジョエル様もジョエル様で私を抱き締めているというよりは別の誰かをっ……あ……」


 早急に誤解を解くべく早口で喋っていて、気付いてしまった。あの時はジョエル様の事情は知らなかった。でも今は違う。本当に少しだけ、表面上の話だけではあるけど、聞いたのだ、ジョエル様本人から、だから気付いた。

 あの時、彼が誰を思って泣いていたのかを。

 あの記憶が、誰のものだったのかを。


「……今、気付きました、あの時ジョエル様は私と同じ(まりょく)の、私ではない900年前の護衛すべき女性を思って……そして、あの記憶はきっと……」


 そこまで口にして、目の前が滲んでいることに気付いた。


「……ジョエル様の知り得なかった彼女の記憶……」


 大粒の涙が溢れた。


「アリシア……」


 ルシウス様の手が私の頬にふれ、優しく涙を拭ってくれた。


「あの時の私が、ジョエル様の辛い記憶を上書きしてしまったのでしょうね……」

「アリシアのせいではない」

「でも」

「あの時は、ジョエルが過去から来たものだと誰も知らなかったんだ。だから泣くな。それともこの涙は、彼の想いの先が違った事実が原因なのか」

「ち、違います!! ただ、ジョエル様のが辛かっただろうと思ったら……」

「そうか……もしかしたらジョエルはまだ……」


 今笑顔でいるジョエル様の心が、どの程まで穏やかなのかは私にはわからない。だけど、これからの彼には幸せでいて欲しいと心から思える。


「……えっと、なので……あの出来事は、あれは不可抗力と言いますか」

「ああ、理由はわかった」

「でも、おでこにキスはふざけてされたかと……」

「……は?」

「……え?」

「キス、だと?」

「あ、れ……聞いてませんでした、か?」


 まずい、何か墓穴を掘った感じしかしない。

 ルシウス様の回りの空気が淀んでる気がする。魔力云々の関知ではないが、絶対によくない空気になっている。


「あ、あの、ルシウスさま?」

「………………はぁぁぁぁ」


 私の呼び掛けに、まるで体の中の空気を全て出しきるように大きく大きく息を吐いた。


「アリシア嬢」

「はいっ」

「ジョエルに懸想しているわけではないんだな?」

「はい!」

「では、一応私たちは恋人なので、外聞も考えて行動して欲しい」


 私の何気ない行動が、ルシウス様の評判に傷をつける原因になるかもしれないのだ。事情はあれど、安易な考えで行動することは恋人役としても貴族令嬢としても失態でしかない。


「考えが及ばず申し訳ございませんでした。以後気をつけます」

「ああ。でも、これは俺にも落ち度がある」

「ルシウス様に落ち度なんて」

「いや、ある。そもそも俺が恋人として接せて居なかったから、アリシアの意識がなかったのだろう。それにナフタックも来た」


 突然出てきたナフタック様の名前に思わず首をかしげた。話の流れにナフタック様が登場する意味がまったくわからなかったからだ。

 そんな私の反応をみてルシウス様は「アリシアは……そうだな」とクスクスと小さく笑う始末だ。


「とにかく。俺もアリシアに意識してもらえるように頑張ることにする」


 恋人役として意識しないわけがないのに、今のルシウス様の表情ときたら、少し前までの不機嫌はどこへやらの甘い笑顔だ。


「では、手始めに……私も抱き締めていいだろうか」


 何が吹っ切れたのか、彼が大きく手を広げた。

 これは私に腕のなかに入れと言うことだろうか。それしかない。

 ルシウス様には何度も助けられている、そのときに抱き寄せられたりすることだってあった。でも、いざ改めてそんな事を言われたら、どう反応していいのかわからなくなる。

 ばくばくと鼓動が早くなり、頬は熱を持つ。


「え、あ、ええと……はい」


 私のその返事を待っていたかのように、ふわっと優しく、宝物でも扱うかのように彼の腕が私の背に回る。

 きっとのこの鼓動は彼にバレてるに違いない。恥ずかしさと不安からゆっくりと視線をあげる。


「ルシウス様……恥ずかしいです」

「ジョエルの時も恥ずかしかったか」

「あの時はそんなこと」

「そうか」


 何故だろう、すごく満足そうに広角をあげている。私としてはばくばくと鳴る心音が恥ずかしすごて、この音をどうにか誤魔化したい。

 身動きとれず、ルシウス様に抱き締められているこの状況にどうしたらよいのか頭はフル稼働しているようだ。

 そんな中、ふと背中に触れる温もりがひとつ放れた、そう思ったその時だ。ルシウス様の手が私の額に触れ、そのまはま前髪をすいた。

 控えめなリップ音と柔らかな感覚を額に感じた。

 もう完全にキャパオーバーだった。


「アリシア、顔、赤いな」


 クスクスと意地悪に笑うその笑顔さえ、私の心拍数を上げる材料でしかない。


「これで、俺も少しは意識してもらえただろうか」


 こんな事をされて意識しない方がおかしい。

 それも相手はルシウス様なのだ。


「してますっ、外聞の件は本当に申し訳ございませんでしたっ。ちゃんと意識しますから、その、恥ずかしすぎて、もう」


 両手で顔を覆った、その手をルシウス様に開かれる。羞恥で目元が滲む。


「もっと意識して、アリシア」

「ル、ルシウス様、いい加減にして下さい! このまま揶揄われたら、変になってしまいます!」

「はは、すまない、揶揄いすぎた。でも、ちゃんと忘れないように」


 満足そうな彼が、腕を解き手を伸ばした。


「さあ、講習に戻ろう」

「……はい」


 まだ火照る頬のまま、彼の手をとって歩き始めた。

お読み頂きありがとうございます。

来年もアリシア達を見守って頂けると嬉しいです。

ありがとうございました!

良いお年を♡

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