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あなたが幸せであることを  作者: 卯月めい
第二章 生きる場所

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閑話 あの日の後悔 ナフタック視点

「失礼します。ケイオス団長、お時間頂きありがとうございます」

「やあ、ナフタック」

「ジョシュア師団長……」

「おう、俺が呼んどいた。いた方がいいだろう?」

「お心遣い感謝します」


 扉を閉め、団長達がいるテーブルの近くに向かう。

 卓上にはワインのボトル2つとグラスが2つ。団長達も魔人の討伐を祝してなのか、ボトルの中身は1つは空で、もう1つも半分を切っている。

 砦も少し前まで祭り騒ぎだった。恐れていた魔人の討伐を終え誰もが喜びに酒を酌み交わし、生きている今を楽しんでいた。

 少し前まで俺もその中にいたわけだが、他の騎士との感情差に耐えきれず割り当てられた自室に戻り、一人あの時の事を考えていたのだ。

 魔人討伐後すぐ、ケイオス団長には今晩少し時間が欲しいことは伝えていた。

 その時間が来て、自室からケイオス団長の部屋に向かったところジョシュア師団長もいた、というところだ。


「んで? 話ってなんだ。……まあ大方予想はついてるんだけどな」


 ケイオス団長が椅子ごとこちらを向く。師団長は目の前のワイングラスを持ち上げ、口元でグラスを傾ける。こくりと小さな音が部屋に響く。


「俺の行いについて、です。隊長としての立場があるものとしてはもちろん、一人の騎士として、男として、恥ずべき行動でした。大変申し訳ありませんでした」


 深く頭を下げた。

 討伐後、この事以外が全く考えられなかった。俺が全てを乱した。何よりあのとき、俺はアリシアの命までをも軽い物として扱ったのだ。


「わかればそれでいい、なんて甘い世界じゃねェぞ。それもわかってんだろ」

「はい、もちろんです」

「……ナフタック、お前は降格だ。これからは下級騎士として国を守れ」

「……除隊、ではないんですか?」

「除隊なんて甘いな。責任とって、これからも騎士団で働いてもらはないと」

「ってなわけだ、魔人の似てねェ兄弟様がそう仰ってるので俺は逆らえん」


 「その設定まだ生きてたの?」とジョシュア師団長がケラケラと笑う。

 俺はというと、ただただ申し訳なくて情けなくて、返事が出来ずにいた。

 

「まあ、何よりお前が謝るべきなのは、俺たちじゃねェだろ。今日の事だけじゃない、毎回突っかかりやがって。謝ったのか、アリシアに」

「まだ、です」

「ああ、たしか今の時間、アリシアは砦の警備中だな。あと少ししたら交代だから、その後彼女の部屋を訪ねてみたらどうだろう」


 謝って、どうするんだろう。

 むしろ謝罪をさせてもらえるんだろうか。


「なーに難しい顔してんだよ。お前あれだぞ、部屋訪ねて謝罪だからな? 手なんて出すなよ?」


 ああ、この人は人が真面目に悩んでいるときでさえこんな事を言ってくるなんて。そう煩わしく思う気持ちと同時に肩の力が少しだけ抜けたのも事実だった。

 

「出しませんよ。そもそも俺には彼女を想う資格も……地位もありませんから」

「地位、か……。お前、まさかそれで今まで?」

「はぁ、青いな」

「な、なんですか、二人して」

「お前は一人の騎士だろ。アリシアだって同じだ。ジョシュア師団長の次に有能であることは事実だが、彼女だって一人の魔術師だ」

「アリシアが俺を越えるのはそう遠くないですけどね」

「だとしてもだ、公爵家の令嬢でもお姫様でもない、一人の魔術師を想うのに必要な地位ってなんだよ」

「確かに、将来衆望な魔術師である彼女の家、男爵家にはいろんな良家から声が掛かっていたようだけど。でも、彼女の両親は家柄で嫁ぎ先を勝手に決めたりはしないからね。何よりアリシアの意志を尊重したいって言っていたよ」

「大方、お前伯爵家の次男で騎士で自分には資格が……なんて思ってたんだろ」

「あー、確かにアリシアに対しての君のあたりが強くなったのってそのくらいだったかも」


 何でそんなに把握されているのか。情けなさに恥ずかしさまで上乗せで自分自身いたたまれない。


「っ、とにかくです。これからは下級騎士として学び直し、この国の役にたつよう誠心誠意頑張っていきます」


 「あらま照れちゃって」なんてケイオス団長の言葉は無視することにした。

 再び深く頭を下げる。「ほら、今日中に謝ってこい」と掛けられた声に礼を伝えて。部屋を出た。そのままの足でアリシアの部屋に向かうことにした。


 気付けは賑やかだった砦はひっそりといつもの静けさに戻っている。建物を出て少し歩くと、警備の騎士達がいる場所が見えた。魔術師はどこだろう。

 お馴染みの騎士服に混ざって、少し先の方に魔術師のローブが見えたが、あれは恐らくアリシアとよくいるノエルだろう。だとするともう交代したのだろうか。魔術師の使っている宿舎に戻ったのかもしれない。

 方向を変え、今出てきた建物の裏に当たる宿舎に向かうことにした。

 爵位を引き継ぐもの達が、アリシアを婚約者として希望してると言う話を実家に戻った際に聞いた。

 兄は既に婚約していたので、そんな話が出ているという程度の、家族からすれば共に国を守るもの同士、彼女を知ってるだろう? そんなことがあってるらしいぞ、程度の報告だったのだと思う。

 ただそれはその時の俺には()()()()の話では終わらなかった。

 密かに手に入れたいと思っていたものに急にてが届かなくなった。既にすぐに諦めのつくものでもなかった。それから俺がとったのは、届かなければ落とせばいいという何とも勝手な行動だった。彼女が孤児だと、事あることに悪態をつき、爵位持ちが少しでも寄り付かないようにと……馬鹿馬鹿しい。本当に、愚かで、浅はかで。

 そんなことを考えていると宿舎前にいる魔術師達が見えた。盛り上りが覚めなかったのか、まだ酒を片手に話をしているようだった。


「すまない、アリシアは戻ってきただろうか」

「アリシア? あー……そういや見てないな」

「平和を噛み締め散歩でもしてるんじゃないですか?」

「……そうか、すまない」


 背を向けた歩きだした背後から小声で聞こえたのは、もっともな内容だった。


「今さら謝りにでもいたのか? 情けねェよな、ははっ」


 情けない、本当にその通りだ。

 もうすぐ日付が変わる。砦から宿舎に行くための道を探すも彼女はいなかった。遠回りでもして歩いているのだろうか。

 夜もさらに更け、少し聞こえていた人の声さえもなくなり、辺りは驚くほどに静かだった。

 彼女は俺と違って討伐に参加し魔力も大量に使用している。部屋に戻っていたとしてもこの時間だ。きっともう寝ているだろう。

 日が昇ったら魔人の魔力の残滓を浄化すると聞いている。聖属性魔法が使えないものは対魔物メインで浄化隊のサポートだろうか。俺はサポートになるだろうから、仕事の前にはきちんと会って、謝罪をしたい。そう思い、騎士の宿舎への帰路についた。


 朝、早めに目が覚め外に出た。気持ちが落ち着かないのは、まだ彼女に謝罪が出来ていないからだろう。

 空はまだ少し薄暗く、誰もがまだ微睡みの中にいるような時間。見上げた空があまりにも澄んでいてため息が漏れた、そんな時だった。


「ナフタック様ー!!」


 聞き覚えのある声から呼ばれ、そちらに視線を向けるとノエルが走ってくるのが見えた。

 ゆっくりと静かな朝とは無縁な程に息を切らし、俺の目の前まで走ってくると荒い息どうにか落ち着かせようと肩が動く。息苦しそうに見上げてきた目元が潤んでいる。ずっと走っていたのだろうか。

 まだ整わない呼吸のまま、彼女が話し出した。


「アリシアっ……アリシアを、知りませんかっ」


 自分の頭の大半を埋めているであろう人物の名前が彼女の口から出てきた。普段だったら、ノエルがアリシアを探してることに何の違和感も覚えない。でも、今はどうだろう。何かがおかしい、指の先が冷えていく、とてつもない不安が襲ってくる。

 ドクドクと無駄に心音が大きく感じた。何故彼女はアリシアを探しているのだろう。こんなにも朝早い時間に、こんなにも息を切らして、泣きそうになりながら。


「アリシアが……どうかしたのか」

「昨晩見張りを交代して、そのまま……居なくなって……行方が、わからないんですっ」



 太陽はまだ完全に顔を出してない、当初の予定よりも早い時間だった。騎士、魔術師が集まり、団長たちから状況についての説明が行われた。警備交代後アリシアの行方がわからなくなった、と。

 アリシア自身は魔術師で、この場所は禁足地近くということもあり、通常、賊や魔物に遭遇して負傷などは考えにくいのだが、昨日は状況が状況なだけに魔力の残量もわずかだっただろう。ゼロといいきれない所が怖くもある。でも何よりジョシュア師団長が言った内容に理解が及ばなくなった。


「アリシアの魔力が関知できない」


 師団長の魔力関知はこの国で一番精確で、範囲も広域だ。その師団長が厳しい顔つきで言う、魔力が関知できないのその意味とはどのような事だろうなんて、考えたくもない。

 そして、師団長はさらに言葉を続ける。


「あと、これが一時的なのはそうでないのかは全く不明だが、今……マナが使えない。魔法はオドのみで使用するように」


 マナが使えない、それは一体いつからだったんだ。討伐後マナを使うような魔法を使ったものはまず居ない、もしも昨晩からこのような状態が続いていたとして、アリシアが魔物や賊などに襲われたとして……魔法が使えなければ騎士ではない彼女は、ただの女性でしかない。それは本当に敵うのだろうか。魔力が関知できないほど弱り、怪我被ったままどこかに倒れているのではないだろうか。

 昨晩、夜更けに非常識でもいいからきちんと彼女に会っておけば、きちんと探して謝罪してれば、俺が側にいたら、このような事態を防げたのはないだろうか。

 焦りと不安で、握った拳が震える。


「師団長、そういえば昨晩ナフタック騎士が夜中アリシアを探してました」

「俺も見ました。アリシアの事はナフタック騎士が知っているのではないでしょうか」


 昨晩宿舎前で酒を飲んでいた魔術師だ。

 一斉に俺に視線が向いたのがわかった。小声も集まれば大きく聞こえるもので、ざわつく反応のに聞こえてくるのは、明らかに俺を疑う声だった。


「無意味な考察はやめろ時間の無駄だ。ナフタックがアリシアを探してたのは半分俺の指示だ。それに、ナフタックはそんな腐った人間じゃねェ、それは団長である俺が保証する」


 こちらにそう視線をくれた団長に深く頭を下げる。ざわつく声は消えても、視線や敵意までは消えないものだ。それでも、これは俺の責任だ。

 その後団長と師団長から指示が降りた。魔人の魔力残滓の浄化は聖属性を主とした魔術師、一部騎士で当初の予定通り浄化隊として行動。魔物対策のサポート隊は、サポートと伴にアリシアの捜索も行う兼捜索隊として構成された。

 マナが使えない中での浄化作業は当初予定していた数日を遥かに上回り、2週間という期間を要することになった。もちろん、その間捜索隊も動いていたが、結局彼女が見つかることはなかった。


 魔人討伐から2週間と2日目の朝。

 青く澄んだ空の下、禁足地を領土と統べく派遣された俺たちは、当初よりも一人少ない人数で帰路へとついた。

 王都では、魔人と対峙し討伐した騎士・魔術師はその功績を称えられた、王国の強いては人類の驚異を()()()()()()()()()抑えることができた、と。


 降格後の下級騎士としての仕事は懐かしいものばかりだった。新人の頃のように雑用や稽古、街の警備、門の見張り……。

 事情を知る魔術師や騎士達がわざわざ足を運び、笑いながら見ていることもあった。でも、そんなことはどうでも良かった。与えられた仕事を無心でこなす日々だった。

 魔人討伐から2ヶ月。未だに使用できないマナに国民が慣れ街も城も大分落ち着きを取り戻してきたある日だった。

 久々に実家である伯爵家での晩餐でまたもや上がったのだ。いつかみたいに、国防として共に仕事をするもの同士知ってるだろう程度の話題として。


「そういえば……魔術師のマリージュ男爵令嬢、魔人討伐で亡くなったんですって? 男爵婦人がショックで衰弱しきってるって話よ」


 動揺でカトラリーが皿に触れ、カチャと音を立てた。


「おや、あの討伐では犠牲者は出てないと、陛下が騎士と魔術師を称えていた記憶だが……そうだろう、ナフタック」


 父と母の会話に、カトラリーを置いた。

 大きくなった心音がバレないよう、出来るだけ自然に微笑んだ。


「討伐で誰も命は落としていません。みんな無事です」


 母はわからないと首を傾ける。父は陛下の言葉に間違えがあるわけがないと、同じく理解が及んでいないようだった。

 これ以上、この話題を広げないでくれ。その話は、したくない。

 落ちそうな口角をどうにかぐっと持ち上げる。


「でも、兄さんもその場にいたんだし、そう言うって事はやっぱり犠牲はなかったんでしょう?」


 三男である弟が肩をすくめた。

 やめてくれ、もう答えたくない。


「討伐では、無かった」

「討伐では? ってことはその後の後処理で亡くなっ」

「死んでいない! 行方不明なだけだ!」


  兄の言葉を遮って出た大きな声に、自分でもハッとした。気付いた時には滲んだ視界から頬に一筋、涙が伝っていた。回りの視線に、さっと涙を拭うも、ぽろぽろと筋になり思うようには行かない。

 熱くなった目頭にグッと力を入れ目を瞑った。大きく息を吐き出して、ゆっくりと目を開ける。


「……取り乱して、申し訳ございません」

「ナフタック、貴方……」


 察したであろう母の目元が少しだけ滲んだ。


 翌日、俺は2ヶ月ぶりに禁足地にいた。

 討伐は済んではいるが、マナが使用できなくなった今、この地は再び禁足地として置かれることになった。唯一足を運べるのは騎士か魔術師か。

 あの時討伐に参加したものには漏れなく数日間の休暇の権利が与えられた。

 街も城も落ち着いた今、ようやく使用できるタイミングとなったのだ。

 2ヶ月だ。彼女は今どこにいるのだろうか。生きている、そう誰よりも願っている反面、彼女に繋がる何かーー遺品ーーを家族に届けなければと、絶望的な事も考える。

 あの時の浄化は主に砦付近を中心とした場所だった。禁足地の中心である場所には深くは行っていないのだ。

 理由としてはマナ異常にまだ対応しきれない時期だったという事、中心部付近でジョシュア様が魔力関知を行い、微弱な反応すらなかった事、なによりこのまま禁足地として据え置く事が既に仮決定していた為踏み入れなかったのだ。

 生い茂った木々で太陽の光は遮断され場所によっては薄暗くも感じる。かと思えば、木々が開き光が差し込む。神秘的な空間だ。

 遠く差し込む木漏れ日の中に、館のような白い壁が見えた。

 幸運な事に、ここまでの間とくに驚異になる魔物には出会っていない。魔力は温存できている。

 きっとれは、アリシアの隊が見つけて報告していた館に違いない。500年前の建造物、そして魔人が目覚めた場所。

 そこから数歩進んだところで、門扉があることに気付く。開いた扉に誘われるように進んで行くと、石畳であったであろう道が館まで続いていた。


「アリシアっ、ここにいるのかっ」


 風が吹き木々を揺らす。声に驚いたであろう鳥が近くの木から飛び立った。

 落ち葉と草に被われた石畳を進む。

 500年もの昔、当然ながらここには人が住んでいた、暮らしがあったのだ。そしてそれが、魔人によって壊された。

 石畳を歩いて、漸く館の入り口がはっきりと見えてきた。数段の階段後扉がある。木製の扉だ。500年もの間朽ちずに残るなんてあるわけがない。だとするときっとこれは魔人の影響なのだろう。

 そんな事を考えていたせいだろう、足元にあった水溜まりのような揺らぎに気付いたのは一歩踏み入れてからだった。

 ズドン、まるで底が抜けたような感覚に襲われ、地面に腰を打った。水溜まりのようなものに滑って転んでしまったと思った。でも、それは違った。

 起き上がって目の前にあったのは、先ほどの館とは別物のように朽ちたものだった。木製の扉はなく、石の基礎が口を開いたように残っている。基礎そのものも欠けたり崩れたりしているようだ。

 状況が飲み込めず、回りを見渡すと鬱蒼と繁った草木が一面を被っていた。

 石畳であったであろう足元はもうよくわからない。


「は……? 何だよ、これ……」


 全く理解が追い付かない。

 夢でも見ているのか? さっきまでの光景は幻想か何かだったのだろうか。

 ただ唯一わかるのは目の前の館には入ることはできないと言うことだ。

 館後方に回り、生い茂った草木を掻き分けて進んで行くと、広場のような場所にたどり着いた。

 アリシアは、いない。

 たいした魔物がいないのであれば、どこかで野宿をして引き続き明日も探そう。納得が行くまで。そんな日が本当に来るのかはわからないが、それであれば繰り返し、許されるまで。

 「よし」と心のなかで気合いを入れ歩き出した。そこから数分たった頃だった。見間違えかと思った、遠くに人がいるのだ。

 この場所はまだ禁則地のはず。もちろんルドルグス王国の領地内にはまだ入っていない。だとするのであれば、ユグナージュの者だろう。歩いて近づくと、団体であることがわかった。それに何だろう、見慣れないがあれはきっと騎士服だ。そして白いローブのような服を着た男女に関しては……魔術師、だろうか。

 今日この地に騎士や魔術師が派遣されるという情報はもちろんない。だとすると一体。

 少しづつ距離を積めていたその時だった。彼らの前方から風属性魔法のようなものが、打ちこまれ、ギリギリの所でローブの女性が障壁で防いだ。

打ち消した衝撃で爆風のような風が周囲の木々を揺らす。

 一体何が起きている? 

 先ほど障壁を出した女性は魔力の残量がすくないのか、なかなか次の魔法に移ろうとしない。回りの魔術師も何をしている、次が来る!


「クソっ!!間に合え!!」


 一気に魔力を練り、業火をぶつけた。

 

「うわあぁぁああ!!」


 放たれた水流は蒸発し、茶色いローブを着た者が燃え上がった。その光景にやっと気付いたのだ、マナが使えるようになっていることに。

 庇ったもの達の近くに駆け寄った。軽い怪我はあれど、重体者はいないようだ。

 そして、やはり騎士服だ。襟元を注意してみると、フェジュネーブの騎士服に刺繍されている獅子が見えた。


「貴殿らはフェジュネーブの民で間違いないかっ」

「ああ、そうだ! 騎士団と協会の者だ」


 見たこともない騎士達、”協会の者”なんて一体なんの事なのか謎でしかないが、民を守る騎士として選択肢は一つだろう。


「加勢する!」


 茶色のローブを着たやつらは、持っていた武器のようなもので魔法を使っているようで。それさえ壊れてしまえばさして驚異でもなんでもなかった。

 相手の勢力か燃え尽きた、終わりだろうと気を緩めた、その瞬間だ。

 甘かった。剣を持った俺の腕が飛ぶのが見えた。

 気付いたときには地面が針のように体を貫いていた。激痛が身体中を襲う。

 まずいっ、まだ一人いた。このままだと全滅だ。

 最悪の事態を避けるべく、今練れる魔力を瞬時に練り込んだ。幸い左手は生きている。魔力放出に使える。


「クソがっ!!!」


 その炎は業火とまでは行かなかったが、やつの武器と片腕を飛ばすには十分だった。

 見知らぬ騎士が魔法剣で追撃するのがうっすら見えた。これで彼らは大丈夫だろう。


「騎士様っ」


 薄れ行く視界に、ヒールの光がうっすら見えた気がした。だんだんと感じなくなっていく痛みはヒールの効果ではないことくらいは理解できる。

体の何処にも力は入らない。自分の呼吸音がやけに大きく聞こえる。でも、そんなことはもうどうでもいい。俺が知りたいことは……どこに……。

 アリシア、君は今どこにいるのだろうか。


「騎士様っ! お願いですっ! 意識をっ」


 叫んでる女性の声が段々と小さくなっていく。段々と回りが静まり返っていく。

 謝罪すらできなかった。あまり働かない頭で考える。俺は、どこから間違ってしまったのだろう、と。地位など関係なかったのに。全ては、己の愚かさが、稚拙さが招いたことだったのに。


 アリシアは、痛い思いを、していないだろうか

 苦しんでは、いないだろうか

 ああ、どうか……

 叶うのなら……そうだ……彼女の幸せをーー

アリシアが居なくなったその後のお話でした。

方向性がダメですが、彼は彼なりにアリシアを想っていました。

もしもその方向性が間違ったものでなければ、また違った未来があったのかもしれません。


お読み頂きありがとうございました。




X:@sheepzzzmei

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