収集と報告 3
その発言に、一気に戦闘態勢になり場の空気が冷たく感じた。グスタフ様は殿下を、ルシウス様は私を守るためそれぞれ立ち位置をとる。
ーー魔人? ジョエル様があのときの?
「待って下さい、ジョエル様に敵意は見られません! それに、魔人の瞳は」
「赤、ですよね。この時代にきて、属性魔法を使用しなければ瞳の色は私のままでいられるようになったんです」
「……ジョエル様」
数秒の沈黙。
じりじりとする空気の中、殿下が指示を出した。
「やめよ。ジョエルに敵意はないのだろ? 信じようではないか」
その言葉に一番驚いていたのは、誰でもないジョエル様だったに違いない。ずっと浮かべていた作った微笑みは消え、驚きに目を見開いた。
殿下の指示にジョエルさまの表情、判断材料はそれで十分だったのだろう、グスタフ様もルシウス様も警戒を解く。ただ一人、ナフタック様だけが未だに体勢を崩さずにいるのは、接していた時間と出会い方によるものが大きいのだろう。
「……殿下、私は……魔人ですよ。いいのですか」
「いいも何も、害のあるヤツがそんな許可をとるものか。そもそも、王国を滅ぼすことが目的であればいつだって出来たであろう?」
「……まあ、そう、ですね」
「では、改めて名を教えてくれるか」
その殿下の言葉に、深い青が滲んだように見えた。
ジョエル様はその場に膝をおる。そして、顔を上げ姿勢をただした。
「私は、今は亡きユグナージュ王国のルシュブル公爵家が長男。ジョエル・ルシュブルと申します。妃殿下の護衛に……なるはず、でした」
ユグナージュ王国……聞いたことがない国だけれど、場所はきっと……
「派遣で入ったあの禁足地……昔、あの一体に国があったと言われています。ジョエル様はその国の?」
「はい、その国の……人間でした」
「人間だ? 魔人風情が何を。その国もお前が一夜にして崩壊させたという話だが?」
「ナフタック様!」
私の声に、渋々警戒を緩める。
魔人討伐に一緒に居合わせたのは、私とナフタック様だけだ。あの感じたことのない強大で禍々しい魔力、恐怖。
この時代にきて知らずに接していたジョエル様とう人物。私にはその時間がある。でも、ナフタック様にとってはあの瞬間自体がジョエル様に直結しているのだ。
「その話は、本当です。結果的に次期王となるヤツを殺したのも、城や城下の多くの命を奪ったのも……私のようです。でも、そこだけ記憶がないんです」
これは本当ですよ、そう辛そうに笑った。
そこからジョエル様が話してくれたのは大まかではあったが、900年前の国が滅んだ出来事だった。
その日は、王太子殿下の結婚の義だったそう。祝福の夜に王座を狙った争いが起こり、殿下は腹違いの弟に命を奪われ、妃殿下は自害をされた。その出来事が引き金となり魔力が暴走したそうだ。
「……あの時、あの瞬間から数分なのか数時間なのか、数日なのかも全くわかりませんが、目が覚め気が着いたときには、場所は変わらず王の間で、回りには先ほどまで私に敵意を向けていた者達の変わり果てた姿がありました。城内はもちろん、城下にも生きている人は残ってはおらず……。絶望に剣を突き立てるも、痛みはするが命は絶てない。ふと窓の外の闇に目をやったときに、銀髪が黒く、青い瞳は赤く染まって居ることに気付いたんです。それはさながら伝承にある魔人そのものでした」
「伝承、ですか?」
「ええ、魔属性の極限の魔力暴走、それは魔人化です。私の国に古くからあるもので、誰もが知っている話なのですが、もちろん実例がないので物語のようなものだと小さい頃から聞いていました……はは、まさか自分が実例になるなんて……そこからもうこの体が朽ちるのを待とうと、そう思ってたんですけどね」
ジョエル様がと目が合う。私を見て悲しそうに、でもすごく優しく微笑んだ。
「アリシア嬢、あなたの魔力は妃殿下と同じなんです。400年前、ただひたすらに時が過ぎ朽ちるのを待っていた私が、妃殿下の魔力を感じとった。別人だとわかってはいたものの、確かめずにはいられなかったんです」
ああ、だからだったのか。
私があの館の門を潜った瞬間に大きな魔力の揺らぎを感じとったのは。殺意があるわけでなく、ただただボルノに向かってきていたのは。魔力の元を確認するためだったのだ。
「待て。じゃあなぜ姿を見せた後に殺意を向け国を滅ぼすほどの魔力を練ってきたんだ」
ナフタック様の質問に、ジョエル様の表情がフッと消えるのがわかった。そして冷たい笑みを浮かべ直し、その笑顔はナフタックさまに向く。
「あなたが、アリシア嬢を害そうとしたからです。妃殿下は私の護るべき人、その魔力を持った女性を騎士が押さえつけている」
「あ……あれはっ」
「……遠目に別人だとわかってはいたものの、500年前の怒りは全く消えていませんでした。気付いたら魔力が膨れ上がり、自分では制御が出来ないほどになっていたんです。もう魔力を押さえることが出来ず、せめてもう誰も死なないよう、何より、アリシア嬢。まだ名前も知らなかったあなたの無事と幸せを、大切な人と重ねて願ったんです。それが魔法を組み替えてしまったのようで、この時代に飛ばされました」
「じゃあ私が、あなたの魔力の残滓に触れ、ここに飛ばされたのは」
「膨大な魔力がアリシア嬢が幸せであるようにと働いた結果、です」
「私の、幸せ?」
「ええ、それが何なのかは私にはわかりませんが」
そう話終え、ジョエル様はゆっくり立ち上がった。
殿下の方を向き、拳を胸に当てて騎士然として伝えた。「これが歴史に残る魔人の目覚めと討伐の真実です」と。
その発言に殿下が小さく肩を揺らした。その瞬間みんなの緊張の解けたのかじりじりとした空気か一気に和らぐのがわかった。
「く、はは、これはすごいな。歴史的大事件はここのいる古代人二人のイザコザを魔人が勘違いして起こったなんて……なあジョエル、一度属性魔法を練ってみてくれないか」
「ええ、いいですが……」
ジョエル様が目を閉じる。次の瞬間、魔力を感じた。
あの日と同じ、でも大きく違うのは、禍々しさはない、純粋な魔力だということだ。
「すげぇな……これが魔属性の魔力か」
グスタフ様の言葉通り、普段は感じることのない魔力の感覚だ。ジョエル様の足元には金色の陣が浮かび上がった。まるで、転移陣のような模様だ。
魔力を練ったままゆっくりと目を開く、そこにはいつか見たルビーのような赤が輝いていた。
「……400年前のあの時も、不謹慎だってわかってたけど、思ってたんです。そして今もやっぱり……ルビーのようなすごくきれいな赤」
私のその言葉に、ジョエル様が大きく目を見開いた。そしてすぐに嬉しそうに笑った、発されたのは今までで一番弾んだ声だった。
「ほんっと、アリシア嬢には勝てないや」
ちらりとルシウス様に視線を送りそしてまた私に戻ってきた視線。その目元が弧を描くとうっすら覗いた瞳はラピスラズリに戻っていた。
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